| 翌日、１年９組の教室は朝から騒然としていた。 「ね、ね、聞いた？」 「聞いたわ！びっくりしちゃった・・・。まさか、ねえ」 「信じられないわね！あ、おはよう、フランソワーズ。例の件、聞いた？」 フランソワーズが姿を見せると、さっそくエリカが駆け寄ってきた。 「おはよう！え？例の件って・・・何かあったの？」 席についたフランソワーズのまわりに、いつものように賑やかなお喋りの輪が出来る。 「喧嘩よ、喧嘩！！」 「喧嘩？」 まさか、ジョーが？ 心臓がドキッとする。 そんなはずないわ。昨日はレッスンが終わる時間に迎えに来てくれたけれど、そんな様子は全くなかったもの。何かの間違いよ！ 「喧嘩っていえば、やっぱり島村くんでしょ？」 「えっ？！でも・・・でもそんな・・・そんなはずないわ！！ジョー・・・が・・・」 いけない！！ 誤魔化そうと、必死に言葉を探す。 「じょ、じょーだんでしょ？まさか島村くん・・・またなの？」 幸い、皆は興奮していて、フランソワーズの動揺には気がつかなかったようだ。 恵理子が屈託なく笑い、言葉を続ける。 「でもね、島村くんが喧嘩したって全然不思議じゃないでしょ？。違うのよ」 違う？ ホッと安心して、全身から力が抜ける。 あの時の先生たちの様子だと、今度謹慎になったら、ジョーはどうなってしまうかわからない。 このままじゃ―――本当に退学させられてしまうかもしれない。 でも、ジョーはあの時言ってくれた。ちゃんと約束してくれた。だから・・・ 「どうしたの、フランソワーズ？顔、赤いわよ？」 エリカが怪訝な顔をした。 「え？あ・・・駅から走ってきたからよ。で、誰が喧嘩したの？そんな大騒ぎになるなんて・・・」 慌てて話題を元に戻す。 その時、シンディーが、はあああ、と大きな溜め息をついた。 たった今気づいた。 なぜか今朝の彼女は、いつになくテンションが低い。 「シンディー、どうしたの？何かあったの？」 「それがね・・・喧嘩したのはジェットとハインリヒなの」 気の毒そうな恵理子の言葉に、シンディーはまた、はああ、といっそう肩を落とした。 「えっ？」 一瞬、聞き間違えたのかと思った。 ジェットはともかく、ハインリヒが？ 「ジェットとハインリヒが？誰と喧嘩したの？」 「違うのよ。ジェットと、ハインリヒが、喧嘩したの」 「え？嘘っ！！」 思わず大声を上げ、あわてて声をひそめた。 「どうして？ハインリヒとジェットが？」 「びっくりしたでしょ？まさかジェットとハインリヒが喧嘩するなんてね。私、偶然見てたのよ」 恵理子の話によると、事の顛末は次のようだった。 昨日の放課後、駅へ向かう道を２人は仲良く肩を並べて歩いていた。 突然、ハインリヒが大声で、ジェットを罵った。 周りにいた生徒は、彼が興奮する姿を見て、呆気に取られた。 熱しやすいジェットは即座に上着を脱ぎ捨てて、ハインリヒに殴りかかる。 凄まじいつかみ合い。殴り合い。蹴り合い。どちらも譲らず、果てしなく続く。 派手な立ち合いに、あっという間に人だかりが出来た。 しばらくして、３組の三友という生徒が仲裁に入ろうとした。 だが、２人は同時に三友を振り返ると、「黙れ！！！」と叫んで、彼に強烈なパンチをお見舞いした。 両頬同時に鉄拳を受けた三友の体は、勢い良く宙を舞った。 「やっぱり、謹慎よね・・・」 あ〜あ、とシンディーは情けない声を出した。 「昨日さ、デートの約束してたのに、すっぽかされて。夜になって電話かかってきた時にはびっくりしたわ。今朝、７時半に呼び出されてるのよ。ったく、何で喧嘩なんか・・・」 元帥にネチネチ言われるのが関の山なのに。 「だいたいさ、喧嘩と謹慎は島村くんの専売特許でしょ？そんなもの、彼に任せて置けばいいのよ。なのにジェットったら・・・」 シンディーの言葉に、思わずフランソワーズはムッとした。 （何よ、その言い方！） 「どうしたの、フランソワーズ？」 またエリカが怪訝な顔をした。 「あ・・・いえ・・・でも・・・理由はなんだったの？あの二人が喧嘩するなんて信じられないわ」 気を取り直して尋ねる。 「それがね、ジェットも、ハインリヒがどうしてあんなに怒ったのかわからないんだって。ずっと昨日は機嫌が悪くて、あれこれ気を使ってあげてたのに、いきなり切れたらしいの」 本当にどうしたのだろう。いつも冷静なハインリヒがいきなり怒るなんて。 しかも一番仲良しのジェットとの喧嘩・・・。想像も出来ない。 「三友君は怪我したの？」 「ううん、大したことないみたいよ。三友君が吹っ飛んだ瞬間、２人は憑物が落ちたみたいに我に返って、すぐに手当てしてたから」 でも、とエリカも気の毒そうにシンディーを見やってから、肩をすくめた。 「どう考えても、謹慎、よね。さすがに関係ない子にまで手を出しちゃったんですもの。ジェットはともかく、優等生のハインリヒが・・・ねえ。何が起こるかわらからないもんね。あ、ジェットだってあんなに要領がいいのに・・・災難よね」 「あ〜あ。やっぱり謹慎かあ。仕方ないわよね」 女の子たちは、がっくりと肩を落とすシンディーを見つめて、長いため息をついた。 ところが。 1時間目が始まる寸前に、ハインリヒとジェットは何事もなかったかのように教室に入ってきた。 どよめくクラスメイトたちにウィンクしながら、ジェットは悠々と席につく。 一方のハインリヒは固い表情をしていた。 「謹慎？まさか！心配するなって。だいたい謹慎になるなんて、よっぽどドジで間抜けな奴だぜ。俺たちはそんなヘマはやらかさねえよ」 陽気なジェットの声に、クラスの皆―――フランソワーズとハインリヒなど数人を除いて―――がどっと笑った、その時。 後ろのドアががらっと開いて、島村ジョーが入ってきた。 ジェットは慌てて口を押さえ、教室はしん、と静まり返った。 どうして？どうして謹慎じゃないの？ １時間目の英語の授業が始まり、鉛筆を握った右手を機械的に動かしながら、フランソワーズは完全に上の空だった。 ハインリヒとジェットが謹慎にならなかったことは、本当に良かったと思う。 シンディーもあんなに心配していたし。 でも、でもジョーの時とは違いすぎるじゃない！！ ２人は喧嘩しただけじゃなくて、関係のない子まで殴ったのに。 もしこれが、ジョーだったら・・・ 悔しくて、涙が出そうになるのを、唇を噛んで懸命に堪える。 でも・・・あんまりだわ！ひどすぎる。 ―――と、右前方の席のジョーが、ちら、とこちらを振り向いた。 （ジョー・・・） それは、教室では今まで見せたことのない微笑だった。 彼は、学校ではいつもわざとそっけないぶっきらぼうな態度をとる。 でも今は、２人きりでいる時と同じ目で、じっとフランソワーズを見つめていた。 つまらないこと、気にするな。 茶色の瞳はそう言っていた。 （どうして・・・わかるの？私の考えてること・・・） 心の芯が温かくなっていく。 今度はまた違う種類の涙が溢れそうになる。 俺にはお前がいるから―――だから、大丈夫。 ジョーはそう言ってくれた。 そうね。もうつまらないこと考えるのよそう。 さっきの私―――きっと、とっても醜い顔してたわ。 フランソワーズがいつもの微笑で応えると、彼は微かに頷いた。 ＊ ―――しかし、いったいアイツはどうしたんだろう。 ジェットは鉛筆を無意識に齧りながら、真剣な顔つきで考え込んでいた。 もちろん、あんな喧嘩ぐらいでハインリヒとの仲がこじれることはない。 自分はともかく、優等生のハインリヒが謹慎処分にならなくて心からホッとしている。 殴りかかったのは確かに自分のほうだし。 いざとなったら適当な理由を捏造して、アイツだけは謹慎にならないようにしよう。 そう思っていた。 でもやっぱりおかしい。どう考えても、あの時のハインリヒは彼らしくなかった。 （何があった？？） 昨日の帰り道、最初から機嫌は良くなかったが、ジョーの例の話題になった途端、いきなり切れてしまったのはなぜだろう？ もしかしたら―――ハインリヒはジョーが女と付き合っている事をとっくに知っていた？ そのことでずっと落ち込んでいた？ 何でだ？ ジョーが誰と付き合おうが、ハインリヒにはどうでもいいことじゃないか。 アイツはフランソワーズに惚れてるんだ。なのに、なぜ？ まさか・・・ハインリヒは・・・ホントは女に興味がなくて・・・でもって、ジョーのことを・・・？？ ま・さ・か！！！ ジェットは一瞬自分の頭に浮かんだ、とんでもない妄想に凍結し、次の瞬間吹き出した。 「こら！ジェット！！何笑ってるんだ！」 陰険な元帥の声。ジェットは肩をすくめた。 心配そうな顔で、２つ向こうの席のフランソワーズが自分を見ている。 （かっわいいなああ〜！この頃、ますます綺麗になっちまって・・・あの蒼いお目目に見つめられたらもうドキドキだぜ） パチっとウインクを返すと、彼女はにこっと微笑んだ。 いいよなあ。あの天使のような笑顔。 シンディーはいい子だし、そこそこに可愛いし、フランちゃんよりちょっと太目のダイナマイトバディだけどさ。 でもフランソワーズは特別だ。もちろん、自分のものになんてできっこないってわかっている。 （しっかし、彼女もいつまでも清純だなあ。男の影が全然ねえもんな） いったい、どんな男が彼女のハートを射止めるのだろう？ 上級生から同級生まで、ちょっと自分に自信のある男どもが今までも盛んにアプローチしてきたが、彼女は決してなびこうとしなかった。 だが、ここに来て事態は風雲急を告げていた。 シンディーの話によると、フランソワーズと仲のいいエリカが、彼女と稲川とかいう２年生との仲を取り持とうと躍起になっているという。 フランソワーズには全くその気はないようだが、エリカのほうはすっかり乗り気で、何とかして２人きりで逢わせようとあれこれ策を巡らせているらしい。 そう言えば―――今日の昼休みにも、「放課後ちょっとだけ時間を頂戴」とか結構しつこく迫ってたな。 稲川、か。 面白くない。 サッカー部のキャプテンで、財閥の御曹司だとか何とか言っているが、それがどうした？ あんな軟弱野郎に取られるくらいなら―――そりゃあ、ハインリヒのほうが百倍もマシだ。 でも今のところハインリヒは、「秘めたる恋」的シチュエーションに酔ってる風で、すぐ彼女に告白する様子はない。 ぐずぐずしてると誰かに取られちまうぜ、と言ってやろうとしたが、ジェットも本音を言えば、彼女が誰のものにもならない方がイイに決まっている。 （守る会の会長としては、できるだけ長く会を存続させる義務もあるしな。余計な虫がつかないに越したことはないぜ） ジェットは一人ごちた。 （ありゃ？珍しいじゃねえか！） ２学期の後半ですでにチンプンカンプンの数学の授業。 退屈しのぎに教室を見回しながら、ジェットはあることに気づいた。 元帥の数学の授業だというのに、クラスの席は全部埋まっていた。 つまり―――島村ジョーもいる、ということだ。 （どういう風の吹き回しだろう？） 彼が元帥の授業に出席してるなんて。それだけで事件といえる。 もちろん、そこにいるだけで、授業を聞いているわけでも、ノートを取っているわけでもなかった。 机の上に突っ伏して熟睡している。 （アイツ・・・ほんとに何考えてるのかわからねえな） とにかく、最近島村ジョーはほとんど学校をサボらなくなった。 喧嘩の話もとんと聞かない。 この間の山根との一件にしたって、本当はジョーは全く手を出していなかったらしい。 その上、元帥の授業に出てるとなれば、絶対おかしい。 （やっぱり、女、か） それしか考えられない。 そうだよな、この間の女。いい女だったもんな。 暗闇で、顔も姿もはっきりとは見えなかったが、でも何というか、こう・・・色っぽいというか、フェロモンむんむんというか。 チラッと見えた後姿から判断するに、相当遊んでいる女の子のようだった。 フランソワーズとは正反対の、所謂、魔性の女ってタイプだな。 ま、それはそれで魅力的ではある。 もちろん、ジョーはあの顔だから、普通ならモテるだろう。 でも―――アイツは普通じゃない。危なすぎる。 年上のお姉さま方からすれば、そういう男のほうが魅力があるのかもしれない。 ちょっと危険な香りのするワイルドな、でも可愛い顔した年下の男の子。 恋の上級者を自認する連中にはたまらないだろう。 しかし、あのジョーが入れ込むような、そんないい女がいただろうか？ この学校の生徒であることは間違いないはずだが。 う〜んん、と唸りつつ、ジェットはあれこれとめぼしい上級生を思い浮かべるが、どうもしっくりこない。 あの例の巨乳の２年生は、今朝、別の男とべたべたしていたから論外。 かといって、３年生のお局さまたちも、実際のところ、ぱっとしない。ジョーが相手にしそうにない。 結局、いくら考えても、これという人物は思い浮かばなかった。 だが、そもそもこの問題でハインリヒと喧嘩したようなものだ。 このまま解決しないわけにはいかない。 ―――となれば。 単刀直入のジェットといわれる俺様だ。 ここは直接ストレートで勝負。アイツをダイレクトに問い詰めるに限る。 （だが・・・喋るかな、アイツ） どこかで２人きりになれば、口を開かせることが出来るかもしれない。 こんなガサガサした教室では絶対に無理だろう。 じゃあ、どうやって２人きりになる？どこならいい？きっかけは・・・ アイツの警戒を解くには・・・そうだ！あの手があった！ ジェットが最高の妙案を思いついた時、グッドタイミングで６時間目の終わりのチャイムが鳴った。 ＊ 「なあ、ジョー」 ホームルームが終わると、ジェットはさっそくジョーに近づき、こっそりと耳打ちをした。 「ちょっと”一休み”しないか」 茶色の瞳が、胡散臭そうにジェットを見返す。 「いちおう体育館にお掃除当番しに行く、てことでさ。俺たちがサボると、委員長が悲しむだろ？」 でもほら、と胸のポケットをぽんぽんと叩き、体育館の裏手を親指で指した。 ふん、とつまらなさそうにしつつも、ジョーは微かに表情を緩めた。 それは、見ようによっては微笑に見えないこともない。 珍しいこともあるものだ。 先に立って歩き出したジェットの後に、ジョーは黙って続いた。 最高の妙案、とは言ったものの、まさかこんなにうまくいくなんて。勝算は五分五分とふんでいた。 今日はよほど機嫌がいいのだろうか。 （こうなったら、一気に疑問を解決しちまおう！） 砂利を踏みしめて歩きながら、周りに他の人間がいないのを確認すると、ジェットはジョーを振り返って、いきなり例の件を切り出した。 「なあ、ジョー、ちょっと聞きてえんだが・・・」 ―――と、突然、悲鳴が聞こえた。 「いやっ！やめて！！」 ジョーの顔色がさっと変わる。 「嫌っ！！離して！！」 突然、ドン、とタックルをくらい、ジェットは弾き飛ばされた。 びっくりして思わず声を上げた。 「う、うわっ！な、何すんだよ！」 だがその時には、ジョーの姿はすでに視界から消えていた。 いったい何事だ？ 慌てて後を追う。 体育館の角を曲がったジェットの目の前に、何か大きなものが吹っ飛んできた。 「おわっ！！！」 慌てて身を翻してよける。 その直後、ちょうどジェットが立っていた場所にどさっと落ちてきたのは、まぎれもなく人間だった。 「？？！」 何が起こったのかわからない。 だが、次の瞬間、地面に仰向けに転がった人間の上に、ジョーが馬乗りになって凄まじい勢いで殴りかかっていた。 ボガッ！！！！ドスッ！！！！！ 血飛沫が舞う。 全くの躊躇も容赦もない。まるで、ジョーは相手の息の根を止めようとしているように見えた。 「お、おいっ！・・・ジョー！」 コイツ、今度喧嘩したら、そろそろヤバいという話だ。 それくらい、自分が一番よくわかっているだろうに。 止めなくてはいけない！ だが―――ジョーのあまりの気迫に、ジェットは圧倒されて完全にフリーズしていた。 コイツをここまで怒らせた奴は、いったい・・・？ またジョーが大きく拳を振り上げた。その瞬間、泥と血にまみれた男の顔が見えた。 （ありゃ、稲川じゃねえか！！！） いつもお高く止まっている端正な顔が、まるで別人のように大きく歪んでいる。 まさか稲川が相手だなんて。 稲川とジョーの接点なんて、考えつかない。 ドス！！！ドス！！！ ジョーがここへ来たこと自体、偶然だったはずだ。自分が誘ったのだから。 （いったい・・・何が？） そう言えば・・・さっきの・・・悲鳴・・・は？ ようやく落ち着いてあたりを見回した。視界の隅に誰かが引っかかる。 真っ青な顔をして、震えながら立っているのは―――フランソワーズだった。 じゃあ、この野郎―――この稲川って奴、まさか！！！ その時、彼女が細い声で叫んだ。 「ジョー！もう・・・やめて！お願い・・・やめて」 ジョーは、はっと我に返ったように動きを止めると、切り裂くような視線で稲川を睨みつけたまま、ゆっくりと立ち上がった。 「二度と・・・彼女に手を出すな！いいな！」 低い凄みのある声。 そばで聞いているジェットの背筋までぞくりとした。 あれほど激しく殴りかかったのに、ジョーは息一つ乱していない。 優男で有名な稲川は、がたがたと震えながら、何度も何度も必死で頷いた。 「今度こんなことをしたら・・・これくらいじゃすまない。覚悟しておけ。いいな」 それから、とジョーはとどめを刺すように稲川を一瞥した。 「余計なことは、一切しゃべるな。もしお前が・・・」 今度は、懸命に首をブルブルと横に振る稲川。 いつもとりすましたキザ野郎が、人形みたいに怯えている。 痛快！こんな場面なら、笑いのひとつもこみ上げてくるところだ。 だが―――あまりに鋭いジョーのまなざしとその凄みのある声が、あたりの空気を極度に張り詰めさせていた。 と、小さな震える声がした。 「ジョー・・・」 ジョーはゆっくりと振り返った。 涙に潤んだ瞳で、フランソワーズも彼を見上げた。 ジョーは、さっきまで稲川の上で炸裂させていた鉄拳と同じ手とは思えないほどの優しい仕草で、そっと彼女を胸に抱き寄せた。 （まさか・・・？？？・・・こ・・・いつら・・・？！！） フランソワーズを胸に抱いたまま、ジョーは稲川に、行け、と命じた。 稲川はその声に弾かれるように、四つん這いになったまま必死で逃げていく。 「ジョー・・・」 消え入りそうな声。 「ごめんなさい・・・」 ジョーにすがりついたまま、フランソワーズは呟いた。 「ケガ、してないか・・・？」 ううん、と彼女はジョーの胸に頬を寄せるようにして首を横に振った。 ジェットは呼吸することも忘れて、ただ二人を見つめていた。 「ジョー・・・私・・・」 「フランソワーズ・・・」 コイツ、どこからこんな優しい声が出るんだ？さっきとまるで別人じゃないか。 しかも、あんなにぎゅっと彼女を抱きしめて。 「おまえら・・・いったい、いつから・・・なぜ・・・？」 ようやく金縛り状態から脱したジェットの口から、意味不明の切れ切れな言葉が零れた。 だが、２人にはジェットの姿など、全く目に入っていない。 ジョーの右手が、まだ少し青白いフランソワーズの頬に優しく触れた。 おずおずと、いや、甘えるように青い瞳が見上げる。 そして―――２人は当たり前のように唇を重ねた。 ―――ってことは？？？？ つまり・・・あの時の・・・公園の・・・２人も・・・この２人・・・？？ ジェットは、唖然とした表情を固まらせたまま、言葉を失い、その場に立ち尽くした。 |