「なんじゃ・・・出かけとるのか。せっかく美味しいお菓子をもらったから、皆で食べようと持ってきたのに・・・」
落胆の色を隠しきれないコズミ博士に苦笑しながら、ギルモアは碁盤の一角に狙いを定め、パチリと小気味よい音とともに白い石を置いた。
「たった今、買い物に出かけたんじゃよ。００９とな。途中ですれ違わなかったかの？」
「何だ何だ、博士。そのお菓子、皆のために持ってきてくれたんじゃないんですか？」
ミルクティーの入ったカップを手渡しながら、００７がわざとらしく肩をすくめてみせる。
「え？」
「００３がいないからって、そんなに露骨にがっかりするこたあないでしょうが」
「い、いや・・・そういうわけじゃないんじゃが」
照れたように頭を掻くコズミの姿に、皆は吹き出した。
あの大きな屋敷で、やもめ暮らしをしてるコズミ博士。夫人には先立たれ、愛娘は結婚して海外で暮らしているという。１人でいても淋しいのだろう。始終このログハウスを訪れては、００３たちとたわいもないおしゃべりをし、ギルモア博士とエンドレスの囲碁に興じている。
「しかし、この家もだんだん家らしくなってきたなあ、ギルモア君。初めは何もなくて殺風景じゃったが、ずいぶんここも、居心地の良い部屋になったもんじゃ」
「００３がいろいろと心配りをしてくれるからな。やっぱり、年頃の女の子がいると違うわい」
明るい色のカーテン越しに燦燦と陽の光が射しこむリビング。出窓やチェストの上にしつられられたグリーンや可愛らしい時計。何枚かの趣味の良い絵画。確かに、ここはとても居心地の良い空間だった。
けれどコズミ博士が、この不自然きわまりない寄り合い所帯に、家族の団欒に似たぬくもりを感じているとしたら―――それはずいぶん皮肉な話だ。
思い思いに自由な時間を過ごしているメンバー達の横顔を、こっそりと覗いながら、ギルモアは胸にかすかな痛みを感じていた。
「そうじゃな。女の子がいるというのはいいもんじゃ。もし君ら全員が男だったら・・・ウフフ、ちょっと想像するだけで、恐ろしい気がするな」
それこそ、どれだけ殺風景だったことか。
コズミはそう言って笑った。
「今日も別に急がんのじゃろう？なら、夜までゆっくりしていけばいい。００３たちは夕食の材料を買いにいったんじゃ」
「じゃあ、また遠慮なく、プロの中華料理をご馳走になるとするかの」
「フフフ、今日の夕食は、２人が作ってくれるそうじゃ」
「ううむ、そう来たか。ギルモア君、最近えらく腕を上げたな」
数分前、ギルモアの置いた白い石の位置を、ようやく確認したコズミが低く唸った。
と、次の瞬間、面を上げて顔でギルモアを見つめる。
「え？・・・２人が作る？００３と００９が、かね？」
「そうなんじゃ。００６の手ほどきで、２人ともすっかり料理が上手になってな」
２人のそばに立ち、熱心に碁盤を覗き込んでいた００６が、チラ、と００２を振り返って、自慢気に言った。
「２人とも、誰かさんとは違って、とても素直アルからね。やっぱり人間、素直が一番ネ！初めは包丁の握り方から教えなきゃいけなかったけど、今じゃすっかり上達したアル。安心してダイドコロ、任せられるネ。ワタシ、太鼓判押すョ」
「ほう。そりゃ楽しみじゃな」
聞こえよがしな００６の言葉に、窓辺に立ってぼんやり外を眺めていた００２は、小さく舌打ちをした。
（ったく・・・オレだって密かに後悔してんだ。けど、今さら教えてくれなんて、カッコ悪くて言えねえしよ）
何だか旗色が悪くなってきたようだ。ここに長居は無用とみた。
コーヒーをいっきに飲み干し、自室に帰ろうと００２は階段を振り返った。
その時、ぽつり、とコズミが言った。
「なかなかお似合いじゃな、あの２人」
「え？」
「００３は、そりゃあもう見惚れるほどの別嬪さんじゃし、００９もハンサムじゃ。美男美女のカップルじゃないか」
「まあ、確かにな」
（ったく、そのへんの隠居ジジイが、孫の縁談に一喜一憂してるのと変わらねえな。2人とも、専門分野じゃ世界的な権威なんだろうが、ここじゃ、くだらねえことばかり言ってやがる）
心の中でまた舌打ちをして、００２はゆっくりと階段を上り始めた。

ただでさえ、のんびり過ぎていく、ここでの時間。
老人たちの、とんでもなく気の長い石並べ。
１つ石を置くのに、だらだらと１５分以上かける姿を見ていると、イライラや退屈を通り越して、気が重くさえなる。
何なんだろう。この毎日は。そして、この焦燥感は。
張り合いがないというか、メリハリがないというか。
戦っている間は、いったいいつまで続くのだろうと、絶望的な気持ちになっていたのに。
せっかくの平和で穏やかな毎日に、物足らなさを感じているなんて。
本当は、自分はどちらの生活を望んでいるのだろう？
なぜ、こんなにイライラしている？
その理由は―――
いつか、この日々は終わる。
ようやく手にしたこの安息の日々は、いつか必ず打ち砕かれてしまう。
闘いは、決して終わらない。そんな予感がしてならない。
だとしたら、こんな暢気な毎日を過ごしていて、いいのだろうか？
そんな焦りばかりが募っていくような気がしていた。

「2人は、殆ど同い年なんじゃろ？」
コズミは、ニコニコと満面に笑みを浮かべて、尋ねた。
「同い年？ん・・・ま、まあ・・・そうじゃが・・・」
ギルモアが一瞬言い澱んだ時、００７が口をはさんだ。
「お似合いったって、俺達はサイボーグなんだし・・・。それに実際の年齢から言えば、００９なんて、００３にとっちゃ孫みたいなもんだろ？」
「お、おいっ！！００７、何を言うんじゃ」
ギルモアの慌てた声。
思わずフリーズした００２は、階段の途中からリビングを振り返った。
「ダメね！！どうして００７はすぐそういうこと言うのかネ？それは禁句だって前にも言ったアル！」
００６が、珍しくキツい声で叫んだ。
「アナタ、ホントにデリカシーがないネ！あの時だって、００３にはぜ〜〜んぶ聞こえてたのに」
「あの時？・・・あっ！！ほ、ほんとかよ？」
焦る００７の前に仁王立ちになり、００６は大きげさなアクションで頷いてみせた。
「００９がそう言ってたアル。ドルフィン号の中で、皆が大袈裟に心配してるのが聞こえるって、海岸で００３は笑ってたらしいネ」
「え？！そ、そりゃ、まずいな・・・。でも、今のは大丈夫だろ？」
「さあどうだかネ。聞こえてたって不思議じゃないアル」
００７のすがるような視線を無視して、００６は素っ気無く言った。
「年齢とその人の知性というのは、往々にして釣り合わないもんだね。口は禍の元。気をつけたほうがいいよ」
リビングの隅で、熱心に本を読み耽っていたはずの００８が、追い討ちをかけるように、突然冷たく言い放った。
「いや・・・・その・・・」
その時、何かがシュッと音を立てて部屋を横切った。
「ひ、ひえっ！！」
００７の目の前をかすめるように飛んだそれは、ブスリと丸い的の中心に突き刺さった。
壁に近づき、黒い手袋が小さな矢を引き抜く。
振り返った００４は、唇の端に薄い笑みを浮かべて言った。
「そういうことだ。ホントに年上だと思うんなら、俺達第一世代には、それなりの敬意を払って接してもらいたいもんだな」
「アナタ、わかったアルか？二度とそんなこと言っちゃ駄目ョ！だいたい、アナタは・・・」
００６にこんこんと説教され、ひたすら身を縮める００７の姿に、皆は苦笑を洩らした。
一瞬、気まずさに凍ったリビングの空気が、次第に融けていく。
だが―――
「ギルモア君？」
右手に白い石を握り締めたまま考え込んでいるギルモアを、コズミ博士は怪訝な顔で見つめた。
（ふ・・・ん）
００２は肩で息を吐くと、小さく頭を振って、無言で階段を登っていった。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊


さっきからずっと迷っていた。
声をかけようかどうしようか、と。
皆が自室に引き上げたあとも、００９はぼんやりとリビングのベンチに座り込んでいる。
黄味がかったダウンライトを受けて、かすかに揺れる茶色の瞳。どこか淋しげな表情。
何度か小さく溜息をつきながら、彼はじっと何か思案に耽っている。
しばらく黙ったまま、その横顔を覗っていた００２は、とうとう意を決して尋ねた。
「おい、００９」
「なんだい、００２？」
ハッと顔をあげた００９は、微笑みを浮かべながら、穏やかな声で答えた。
「ちょっと、お前に聞きたいことがある」
「聞きたいこと？何？」
００９は小首をかしげた。
「ここじゃ、面倒だから、外へ出よう」
立ち上がり、ドアを開けると、ぷんと潮の香りがした。
「面倒って？」
訝しげな表情を浮かべながらも、彼はおとなしく００２の後について、ログハウスを出た。

暗い闇に、うっすらと灰色の雲が流れるのが見える。
月は細く光り、波の音が静かに響く。穏やかな夜だった。
「・・・何があった？」
波打ち際まで来ると、００２はおもむろに振り返って００９に尋ねた。
「え？」
真っ直ぐな瞳が、００２を見つめる。
（この目は・・・コイツは、人を疑うことを知らない。俺とは全然違う）
話の端々から覗える、「あの時」以前の彼の生活。
彼も肉親の愛情を知らずに育ったらしい。もちろん、自分ほど酷い生活だったわけではなさそうだが。
（コイツが・・・時々、あんな遠い目をするのはそのせいか？）
いつだったか、しみじみと彼は言っていた。
『こうやって、帰ってくる家があるっていいね』
夜、窓から外に漏れる明るい光を見ていると、心が温かくなる。
ドアをあけると、いい匂いがして。
誰かが「お帰り」って言ってくれて。
『ずっと・・・そういうことに憧れてたんだ』
昼間、コズミ博士も言っていた。ここには、家庭のぬくもりがある、と。
皮肉な話だ。
自分の意志とは関係なく、それぞれの居場所からもぎ取られるように攫われてきた人間の寄せ集めすぎないのに。
人間でなくなってはじめて、人間らしい穏やかな生活を得るなんて。
これまで味わったことのなかった、安らぎに満ちた空気が、確かにここにはある。

００９と自分は同い年だ。
育った境遇にも、共通点が多い気がする。
だが、性格は全く違う。彼は、自分とは違って、おめでたいほど素直だ。
もともと、とても優しい性格なのか、はたで見ていて歯痒くなるほど、彼は闘いに関して消極的だった。
（俺達の中で、一番優れた力を持っているくせに）
人を信じたい。
闘いたくない。
口癖のように、彼はずっとそう言っていた。
けれど、やらなければやられる。
生きるか死ぬかの瀬戸際。
自分達は、何度も、ギリギリの死線を、かろうじて越えてきたのだ。
そして悔しいことに、ここ一番という時に力を発揮してきたのは、やはり彼だった。
００１０との戦いでも。
スカールを倒した時も。
迷い、傷つきながら、００９は少しずつ変わってきたように見える。
相変わらず、闘いのあとは、見ていられないほど落ち込んでいるけれど。
彼を、変えてきたもの。
それは―――敵として向き合わざるを得なかった、ＢＧのサイボーグたちへの思い。
同じ立場なのに。
仲間になれたかもしれなかったのに。
なのに、彼らを倒さなければならなかった、行き場のない悲しみ。
闘いを望まないもの同士を、闘いへ追い込んでいくＢＧへの怒り。
そして―――

『・・・行こう』
ＢＧの基地へ突入した時、最後まで躊躇っていた００３の肩に、彼はそっと手を置いた。
ついさっき、「この期に及んで何を」と声を荒げたことを、内心後悔していた００２が、沈んだ表情の彼女に声をかけようとした、その矢先だった。
００３は悲しげな瞳で、しばらくじっと００９を見つめ、健気にも微笑みを浮かべて頷いた。そして２人は皆の後を追って、肩を並べて歩き出した。

いつもそうだ。
彼はいつも、彼女を支えようとしている。
自分の優れた力を、真っ先に彼女を助けることに使おうとしている。
最初に自分の意志で加速装置を使って闘ってみせたのも、そうだった。
あの崩壊する洞窟でも。
００１０との闘いで、限界まで加速装置を連続使用した時も。
彼以上に、闘うことを望んでいない彼女を、００９はずっと庇ってきた。
それは、意識的というよりは、むしろ本能的な行動に思えた。
彼は、自分でも自覚しないまま、何かに駆られるように、彼女を守ろうとしている。
それは、やっぱり・・・

「何が、って？」
００２のいつも以上に尖った口調に、００９は驚いた声を出した。
「お前、まさか、変なことしたんじゃないだろうな？」
「変なこと？何に？・・・何を？」
赤みがかった茶色の瞳が、大きく丸く見開かれる。彼には、００２が何を言おうとしているのか、想像もつかないようだ。
「いったい、どういうことだい？何のことだか・・・全然・・・」
「どういうことって・・・だからっ！！」
ったく勘の鈍いヤツだ、と舌打ちをしながら、００２は声をひそめて言った。
彼女に聞こえたら、事は面倒になる。
「００３に、だよ」
「ええっ？僕がフラ・・・００３に・・・変なこと？そんな馬鹿な！」
００９は小さく叫んだ。
「シッ！聞こえるぜ！！・・・だったら、なぜだ？買い物から帰ってきてから、彼女、ずっと様子がおかしいじゃねえか」
「え？」
一瞬、息を呑んで００２を見つめると、００９は視線をつっと足元に落とした。
溜息を１つ。
海を見つめたまま、００９はしばらく黙り込んだ。
打ち寄せる波の音が、ただ優しく響く。
柔らかな茶色の髪が、風になびいている。
（やっぱり・・・何かあったんだな？）
黙り続ける００９に、とうとう痺れを切らした００２は再び問うた。
「おい、どうなんだ？」
「やっぱり・・・君もそう思うかい？」
視線を移そうとはせずに、００９は呟くように言った。
「・・・やっぱりって・・・？」
いったいどういう意味だ？
「何が、あったんだろう」
（何があったんだろう、って、お前が一緒に行ってたんじゃないか！それは俺のセリフだぜ！）
叫びたくなる気持ちを押さえて、００２はつとめて穏やかな調子で尋ねた。
「・・・ホントに・・・お前が何かしたんじゃねえのか？お前が一緒に行ってたんだろ？！それしか考えられないじゃねえかよ」
「してないったら。・・・ひどいよ、００２」
振り返った濃い茶色の眉が、少し上がる。
（おっ？本気で怒ってるのか？）
珍しい。
００９がこんな不愉快な顔をすることは、滅多にない。
―――ということは
「僕も、ずっと気になってたんだ」
でも。
「思い当たることは何もない。夕食の材料を買って、それから・・・何軒か彼女の買い物に付き合って・・・お茶を飲んで。それだけだ。いつもと一緒だよ」
「彼女の買い物？」
「うん・・・。化粧品とか、アクセサリーとか・・・可愛い小物とか、そんなお店を覗いて・・・」
「お前ら、そんな寄り道してたのかよ？いつもいつも遅くまで、どこほっつき歩いてるのかと思ったら、化粧品だあ？」
ったく、サイボーグが化粧してどうする、と言おうとした時、００９が何かを思い出したように、くすっと笑った。
「でも、女の子の買い物って、ほんと時間がかかるんだね」
さっきとは打って変わった、無邪気な笑顔。
（お〜、お〜、なんて顔してんだよ、オマエは）
００２は、妙な疲労感を感じて、砂浜に打ち上げられた朽ちた流木に、静かに腰をおろした。
「ほら、覚えてるかい？以前、ドルフィン号に吊るしてたガラスのマスコット」

忘れるもんか。
コックピットの天井からぶら下がった、青いイルカ。
緊張感漂う戦場には、全く似つかわしくないその物体の存在に気づいた時、００２の全身からどっと力が抜けた。
万能戦艦に、ドルフィン号と名付けた彼女が、マスコットとして吊るしたらしい。
「ドルフィン号」だと？何てネーミングだ！
趣味がいいかどうかはともかく、『ブラックファントム』に比べて、弱っち過ぎるじゃないか！
言いたいことは山ほどあったが、彼女のことだ。言えば１０倍ぐらい言い返してくるだろう、と我慢して呑み下した。
けれど―――信じられないことに、他の連中は、その軟弱な名前を気に入っているらしい。１００年前からその名前がついていたかのように、皆、「ドルフィン号」「ドルフィン号」と連呼する。
ったく、紅一点だが何だか知らないが、どいつもコイツも彼女をちやほやしやがって。
ちょっと綺麗な女だからって、男ってのは全くだらしがないぜ。
いや、彼女がちょっとどころの美人ではないことは、さすがの自分だって認める。でも、それとこれとは話は別だ。
そんな彼のイライラなど、彼女は一向にお構いなしの様子で、零れるような微笑を浮かべて彼に命じた。
『お願い、００２。あなたは飛べるから届くでしょ？あのイルカの場所を、移してほしいの。もっとよく見えるところに』
馬鹿馬鹿しい。この忙しいのに、そんなことやってられるかよ！
そう叫ぼうとした。
だが、あの澄んだ瞳にじっと見つめられた瞬間、両脚は、彼の意思に反して噴射していた。

そうだったのか。
あのイルカも、最初にコズミ博士の家に厄介になっていた時に、２人で買い物に行って、それで・・・。
「あれを選ぶ時は、大変だったんだ。同じものが１０個以上あったんだけど・・・僕から見たらどれだって大して違いはないのに、これは顔が可愛くないとか、こっちは口が尖りすぎてるとか、チェックが厳しくて」
そう言うと、００９はまた優しい微笑を浮かべた。
（なんて目をしやがる）
茶色の瞳に宿る、柔らかな光。
００２は、思わず溜息をついた。
「結局、１つに決めるのに３０分くらいかかって。あとで比べたら、やっぱりそれが一番可愛い顔だったから、びっくりしたよ」
（オレって、もしかして惚気られてたりする？）
しかし、これで謎が解けた。
この２人が買い物に出たら、なかなか帰ってこないはずだ。
「今日は、００１のベビー服を一生懸命選んでた。色とか、模様とかいろいろこだわりがあるみたいで。でも・・・その時は、いつもと変わらなかった。それに、ずっと欲しかった物を買った、って言ってたし・・・」
なのに、帰り道になって、彼女はどんどん口数が少なくなってしまった。
理由はわからない。
その後も、ずっとそんな調子だった。
夕食の準備をしている時も、元気がなかった。
食事の時はそれでも、懸命に微笑を浮かべていた。
きっとコズミ博士は、気づいていないだろう。彼女がいつもと違うことに。
気づいてしまえば、ただただ痛々しい笑顔にしか、見えなかったけれど。
「何をどう考えたって、やっぱりお前のせいじゃねえか！」
「どうして？！」
００９の声が不満そうに、また大きくなる。
「だって、お前と一緒にいる時に、様子がおかしくなったんだろ？」
「そうだけど、でも・・・」
「百歩譲って、お前が何かしたんじゃないとして。他に何か変わったことはなかったのか？」
「何もないよ。彼女が嫌な思いをするようなことなんて。あ・・・迷子の男の子と出会ったけど」
「迷子？」
「うん。でも、ちゃんと家の人に出会えたから、心配ないし」
ふうん、と納得いかない声で、００２は唸った。
「じゃあ、なぜ・・・彼女は・・・」
２人が買い物から帰って来た時、００２はたまたまガレージの前にいた。
彼女の目は―――濡れていたように見えた。
（コイツがわざと泣かせたりするわけがないのは、わかっている）
じゃあ、なぜ？
（単なる気まぐれか？女ってのは面倒だからな。でも・・・）
むさくるしい男たちに囲まれて、居心地が良いわけがない。
紅一点だからと甘やかされるどころか、辛い思いをすることのほうが、ずっと多いはずだ。
けれど、彼女はそんな事はおくびにも出さなかった。今まで一度も。
なのに、なぜ急に、こんなふうに？
「・・・００２？」
黙り込んで考え込む彼の顔を、００９は不思議そうに覗き込んだ。
「何もないなら・・・なぜ・・・彼女は泣いてたんだよ？」
「えっ？！」
―――泣いてた？
００９は心底驚いた顔で、００２を見つめた。
　back　　　　　　　next

Back