「なあ、ホントに勘違いなのか？」
背後を歩いていた００７が、ぼそっと呟いた。今閉まったばかりのコックピットのドアを、意味ありげに振り返りながら。
彼が何を言わんとしているか、もちろん俺にもわかっていた。
だが俺は立ち止まらず、そのままハッチに向かって通路をどんどん歩いていった。
「なあ、００４。お前さんはどう思う？」
慌てて００７が追いかけて来る。
「どう思うって、いったい何のことだ？」
ドルフィン号の外に出ると、俺は一気に地面に飛び降りた。
潮の匂いの充満した洞窟。
ここがこの艦のいつものねぐらだ。
「何のことって…もちろん、あの２人のことさ」
「あの２人？」
俺はあくまでとぼけてみせる。だが、今日の００７は相当粘り強い。
「さっきギルモア博士が言ってただろう？中身まで本物そっくり、とか何とかさ。そもそもコンピュータは、恋愛感情の処理は苦手だとしても、情報の収集と分析はお手の物だろうが。だいたいアイツは、そんじょそこらのコンピュータじゃないんだし」
そう言いながら００７は、まだ「あの２人」がいるはずのコックピットの窓をじっと見上げた。
「２人を見てそう判断した、って博士言ってたよな？つまり―――少なくとも博士には、スフィンクスがそう判断すると推測するだけの材料があった、ってことだろ？」
「さあな、ミスターボンド。役者の次は、探偵か興信所でもおっ始めようってのかい？」
俺は思わず声に出して笑った。
「でも、だったらどうだって言うんだ？」
「いや…どうって…そりゃ…」
洞窟の外では、月明かりに照らされて海岸の砂浜が白い輝きを放っていた。
耳に聞こえてくるのは、ただ穏やかな波の音と、砂を踏む俺たちの足音だけ。
静かな夜だった。

新メカのモングランをドルフィン号に装着するために、俺たちは昼前にここを発ってエッカーマン博士を訪ねた。
コンピュートピアと呼ばれる実験都市に着いたのは、同じ日付の朝だった。
ほぼ半日あちらで過ごし、夕方には向こうを出た。そして戻ってきた今、日付は翌日に変わっていた。
時差の為せる奇妙なマジック。道理で長い１日だったわけだ。
結果的に、４０時間ほどぶっ通しで起きていたことになる。
さすがの俺も、少々疲労を感じていた。と言っても、それは実際の肉体の疲れというよりは、精神（こころ）が勝手に重く沈んでいくような感覚だけなのだが。

「別に…だからどうってわけじゃないけどさ…」
少し躊躇いがちに、００７は言葉を続けた。
温かみのある黄色がかった電球の光が、「家」の窓から零れている。
はやく皆に美味しい料理を食べさせるのだ、と００６は、真っ先にドルフィン号から飛び出していった。
あれからまだ１５分とたたないのに、あたりには胃袋を刺激するいい匂いが満ちている。さすが、プロの料理人だ。
「なんか…アイツ、ちょっと不憫だと思ってな」
００７は囁くように言った。
「アイツ？」
予想外の言葉に、俺はハッとして彼の顔を見つめ返した。
「不憫…？」
「あの『勘違い』野郎、がさ。そう思わないか？」
探るように、俺の目を覗き込む。
「きっと、勘違いであって欲しいって思ってるんだろうな、アイツ」
「ふん……」
俺は興味無さ気に肩をすくめてみせたが、心の中では００７の言葉に深く頷いていた。
そうだ。
勘違いしてるのは、たぶんお前のほうだぜ、００２。
不憫、か。
まだその自覚が無いだけ救いだと思うが。

と、その時。
まるで俺の心の呟きが聞こえたかのようなタイミングで、ログハウスのドアが開いた。
「おい、遅いじゃねえか。もう夕食出来てるんだから、早くしろよ。腹ぺこだぜ」
少し苛ついた声で００２は言い、そして首を傾げた。
「あれ？……アイツら、どうした？何かあったのか？」
ちら、と００７が俺を見た。
「ああ、大丈夫だ。もうすぐ来る。心配ない」
―――心配ない？
一体、何のどんな心配があるというのだ？
何の気なしに出たその言葉に、俺はつい自分で反応してしまった。
慌てて誤魔化そうとして咳き込んだ俺を、００２は不思議そうに見つめた。
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