| XVI． |
| 「シンディ、惚れ直したでしょ？」 まだ興奮が冷めやらぬ顔で瞳をキラキラさせたエリカが、シンディに言った。 「うふ♪確かにね！いい男だとは思ってたけど、予想以上だわ。男の中の男よ♪」 シンディは両手を胸の前に組んで、うっとりとした目でジェットの後ろ姿を見つめた。 「本当にカッコよかったわよね、ジェット！！」 恵理子とメグは手を取り合って、大きく頷いた。 「なんだかドラマの熱血教師みたいじゃなかった？元帥よりよっぽどジェットのほうがいい先生かも♪」 「ほんと！『俺たち４０人全員で卒業しようぜっ！！』なんてね〜！！キメ過ぎよ〜！！」 当のジェットは、難しい顔をしたハインリヒとピュンマと３人で教卓を囲み、何やら熱心に話し込んでいる。 『お前らを仲間と見込んで、頼みがある』 教壇に立ち、３７人のクラスメイトを静まらせると、ジェットは真面目な顔で演説を始めた。 『元帥の思い通りにジョーを退学させたいか、お前ら？』 ジェットが机を叩いた大きな音に驚いて取り敢えず黙ったものの、まだまだ極度の興奮状態にあったクラスメイトたちは、その言葉にようやく正気をとり戻し始めた。 教室はしん、と静まり返った。 『みんな、元帥が先にジョーを殴ったのは見たよな？』 皆は一斉に頷いた。 『じゃあ、問題はその前だ。なぜジョーが急に椅子を蹴って立ち上がったんだ？誰か見ていた奴いるか？』 ジョーの隣の席に座っていたピュンマがすくっと立ち上がった。 『元帥がフランソワーズの髪に触ったんだ。そしたらジョーが……』 『私も見たわ！撫でた上に指にくるくる巻きつけたのよ！信じられないわ！でも―――』 百合が座ったまま憤慨しながら叫んだ。 『先週までの席の時なんて、もっとひどかったのよ。フランソワーズが一番後ろの隅だったから他の人にわからないと思って、元帥ったら、肩を触ったり顔をくっつけようとしたり、好き放題してたわ！』 一番前の席に座っていたエリカが立ち上がり、キッと後ろを振り返ってクラス全体を見渡しながら言った。 『鈍感な男子たちは全然気づいてなかったでしょうけど、私たちみんな嫌な思いしてきたのよ。アイツすぐ馴れ馴れしく触ろうとするんだから。そんな奴のせいで島村くんがどうして退学にならなきゃいけないの？おかしいじゃない！』 メグも勢いよく立ち上がった。 『彼、フランソワーズが嫌がってるのがわかって、やめさせようとしたのよ、きっと』 『そうよそうよ！！』 教壇に攻め込まんばかりの女の子たちの剣幕に圧倒されながら、やっぱりそうか、とジェットは腕組みをして小さく舌打ちをした。 今日の席替えのせいか。 くじを引いた後、フランソワーズの後ろの席にジョーが座った時、第六巻が働いたのか、妙な胸騒ぎがしたのだ。 『そこで、だ』 今のジェットには、いつものおちゃらけた雰囲気は微塵もない。 青く澄んだ真剣な瞳がクラスメイトたちをゆっくり見渡した。 『お前らを、「仲間」と見込んで、頼みがある』 先程と同じ言葉を、今度は重々しく繰り返した。 『今回のいきさつは、ハインリヒがこれから職員室に行って、山田か誰かに説明する』 ハインリヒは苦り切った顔をしたまま、だが皆に向かってはっきりと頷いてみせた。 『もちろん、フランソワーズのことは「抜き」だ。わかるだろ？』 さっきのこと、と言いながら、ジェットは廊下の向こう、二人の姿が消えた階段に皆の視線を誘導するように顔を振った。 『知られてみろ。元帥はどんな卑劣な手を使ってでもジョーを学校から追い出すにきまってる』 『そりゃそうだろう。今だってやめさせようとしてるのが見え見えなのに』 これまで一度も見せたことのないような真剣な顔で、グレートが頷いた。 『フランソワーズとジョーが相思相愛だ、なんてことがバレたらエラいことだ』 『だから、あの二人のことは教師には絶対知られちゃダメだ。わかるだろ？ジョーだけじゃない。あの様子じゃ、もしジョーがやめさせられたりしたら、フランソワーズだって……』 ジェットは一人一人の顔を確認するようにゆっくりと視線を動かし、そして一番最後にハインリヒをじっと見つめた。 ハインリヒが溜息とともに頷くと、ジェットは教壇の上で力強く拳を振り上げて叫んだ。 『みんな！！俺たち４０人全員で卒業しようぜっ！！』 クラスから一斉に拍手が沸き起こった。 『３年間同じクラスなのは俺たちだけなんだぜ？あんな元帥の嫌がらせに負けるなんて悔しくないか？！』 『ジェット、大丈夫よ！』 『みんな、そんなことわかってるわ！！』 シンディとメグの言葉に、皆はまた頷いて拍手をした。 『そうだよな、俺たち、「仲間」だもんな！！！』 ジェットはいつもの陽気でノリノリな表情で叫ぶと、ハインリヒに向かってパチッと大きくウインクをしてみせた。 ６時間目の終わりのチャイムが鳴ると、皆は何事もなかったかのように下校し始めた。 ようやく打ち合わせがまとまったのか、ピュンマをその場に残し、ハインリヒとジェットが階段を下りて行った。 「フランソワーズ……どこ行っちゃったのかしら？」 心配そうにメグが言った。 フランソワーズの席にはカバンはもちろん、勉強道具もすべて置きっぱなしだ。 「島村くんも大丈夫かな……」 彼女の後ろの席。島村ジョーの机の上に広げられたままの数学のノート。それを何の気なしに覗いたエリカは、几帳面な字で記された答えが、授業で今やっている問題とは全く違うものであることに気づいた。 （これって、２年生か３年生の問題じゃないの……？見たことない記号がいっぱい……） 島村ジョー。いったいどうなっているの、この人？ その時、恵理子が深く溜息をついた。 「やっぱり……あの二人、そうだったのね」 「まさかあの組み合わせはないと思ってたけど、でも……こうなってみるとやっぱり、って感じもするわよね。さっきのキスシーンも全然違和感なかったもの……」 シンディのしみじみとした言葉に、我に返ったエリカも大きく相槌を打った。 「そうよ、稲川先輩より島村くんを選ぶなんて……ホントにまさか、だわ」 「だけど島村くん、カッコいいじゃん！！！退学になるかもしれないのに彼女のこと守ろうとしたのよ！エリカの言ったように、他の男子なんて全然そんなこと気づいてなかったわよね。でも島村くんは席替えした途端、ちゃんと気づいてそれを止めようとするなんて」 すごく素敵♪とメグがうっとりと言った。 「そうよそうよ！！『俺の女に手を出すな！！』って感じでね♪元帥を殴り返した時は、もうスカッとしたわ！！それに比べて稲川って人、最近なんか前より冴えない感じになったと思わない？妙におどおどしててさ」 恵理子の言葉に、確かにね、とエリカは小さく頷いた。 ずいぶん骨を折ったのに、稲川とフランソワーズとのデートは結局実現しなかった。せっかく学校で一番カッコいい男の子を紹介したのに、フランソワーズは全然興味を示そうとしなかったのだ。で、まさかこんな展開になるなんて。 そう、まさかあの二人がみんなの目の前で、あんなに堂々とキスするなんて。 ライオンか猛禽類のような眼にもとまらぬ動きで元帥に反撃した島村ジョーが、あんな優しい表情で、あんなに優しい声で、あんな優しい仕草でフランソワーズを抱きしめるなんて。 茶の瞳も、唇も、腕も、指も、彼女が大切でたまらないという島村ジョーの思いを雄弁に語っていた。 （島村くんって、いったいどういう人なの？） 彼がフランソワーズを好きになるのは―――女の子に興味があるようには見えなかったけれど、あり得ないことじゃない。 クラスの中で島村ジョーと話をしたことがある女の子は、フランソワーズだけだったし。 でも―――どうしてフランソワーズが？ ピュンマは「彼はみんなから誤解されているだけだよ」と言っていたけど、まさかあの島村ジョーがフランソワーズの心をかっさらっていってしまうなんて。 二人の間に、いったい何があったんだろう？ 「あ……じゃあ、じゃあ、金曜日、フランソワーズは島村くんにチョコレート渡したってこと？あの時言ってた好きな人って……！えええええ！！！」 突然叫びだしたシンディの声に、今度はメグが両手で頭を抱え小さく天を仰いだ。 「そうだっ！忘れてた！！どうなったのか、フランソワーズに聞かなきゃいけないって思ってたのに！」 今朝会ったら一番に、バレンタインのこと聞かなきゃと思って学校に来たのに。 フランソワーズにしては珍しく、遅刻ぎりぎりで教室に駆け込んできた。 薄く頬を染めて「ちょっと寝坊しちゃって。起きられなかったの」と恥ずかしそうに言っていた。 はにかんだ笑顔が一段と綺麗だった。 透き通った白い肌にキラキラ輝く瞳。彼女を色にたとえると、降ったばかりの雪のような純白。 そんなイメージを抱いていたけれど、今日の彼女はいつもと少し違っていた。 全身に淡い淡い桜色のオーラを纏っているような……どこか艶やかな感じがした。 そのあとは、1年生最後の席替えでみんな大騒ぎだったし、体育や移動教室の授業が多かった上、昼休みは委員会に出席していた彼女とゆっくりお喋りをする暇がなかったのだ。 そうこうしているうちに、６時間目になり、事件は起こった。 そういえば―――。 朝、フランソワーズが前の扉から教室に入ってきたのとほぼ同時に、後ろのドアから島村ジョーが姿を現したことを、メグは突然思い出した。 その時は大した意味のある「映像」だと思っていなかったから、全く気にも留めていなかったのだけれど。 「まさか……？！一緒に来たとか？」 金曜日にチョコレートを渡して告白して、もう月曜日には一緒に学校に来て、そしてみんなの前でキスする……って、凄すぎる恋愛加速度じゃない？ 「え？ちょっと待って！！チョコレートって、それ、どういうこと？！！！！あなたたちは知ってたってこと？」 恵理子が大きな声を上げた。ごめん、とメグとシンディは手を合わせて頭を下げた。 「実はこの間、チョコレートあげたい人がいるみたいなことを、彼女言ってたのよ」 「相手が誰かは、うまくいったら教えてくれるって。だからそれまでそっとしておいてって……。だから言えなかったの。ごめんね」 「え〜〜！！！！じゃあ、まさかフランソワーズから告白したってこと？？」 エリカと恵理子が顔を見合わせた。 「うっそ〜〜〜！！！！」 しいっと、メグが口に人差し指をあてた。 「それはびっくりだわ！！」 世の中、何が起こるかわからないものね、とエリカがしみじみと言った。 「いや〜〜どうだろう。島村くんもずっとフランソワーズのこと好きだったのよ、きっと。でなきゃあんなキスできるわけないじゃん！あんまり激しくてびっくりしちゃったわ！！」 「そうよね、そうじゃなきゃ、金曜日の今日で『俺の女に手を出すな！』な展開にはならないわよね」 ―――ちょっと待って。 メグが額に右手をあてて考え込んだ。 そうよ、さっきの二人のキス。 どう見たって、あれが初めてなわけないじゃない！！！あんな濃厚なキス。 音速で加速する恋―――だとしても、たった２、３日であんなことになるわけない。 二人とも当たり前のようにキスして、当たり前のように抱き合っていた。 じゃあ、もしかして―――やっぱり、もしかしたら？ ずっとひっかかっていたのだ。 シンディには笑われたけれど、あれは絶対絶対、島村くんだった。 あの雪の降る公園に佇んでいた人影。 ということは―――？ 「シンディ！！」 ジェットの良く通る声が響いて、メグの思考は中断した。 教室の入り口から顔をのぞかせた彼は、シンディを手招きしている。 珍しい。ジェットがハニーって呼ばないなんて。 長い金髪をなびかせて駆け寄っていったシンディに、ジェットは真面目な顔で耳打ちをした。 頷いたシンディは、これまた珍しく真面目な顔をしてこちらに戻ってきた。 「フランソワーズ、保健室にいるんだって」 「よかった！ちゃんと学校にいたのね？じゃあ、カバン持って行ってあげよう」 「そうね……。あ、島村くんのは……どうする？」 「メグ、さすがに勝手に触っちゃまずいわよ。このままにしておこう」 「彼は……どうしてるの？」 恵理子の問いに、シンディは小さく肩をすくめた。 「フランソワーズを保健室に連れて行って、そのあと自分から職員室に行ったんだって」 「えええええ？？？どーいうこと？？」 女の子たちは目を丸くして顔を見合わせた。 |
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