| Ｘ． |
| 「じゃ、ちょっと待っててね。私たち、このお花渡してくるから！」 ピンクの薔薇の花束を抱えたシンディに、ジェットとハインリヒは無言で頷いた。 ロビーは、たった今終わったステージの興奮を身に纏った人々で混雑し、むせ返るような熱気に包まれている。 そんな中、居心地悪そうに突っ立っている男２人を交互に眺めて、メグはいたずらっぽく笑った。 「アナタたちも行きたいんじゃないの？間近でフランソワーズのチュチュ姿、拝みたいでしょ？」 「あ……だったら一緒にいく？」 「でもそんなことしたら、２人とも鼻血出しちゃうわよ、きっと！」 キャハハ、とメグとシンディは声を上げて笑った。 「そうよねえ。ハインリヒはともかく、ジェットなんて舞台見ながら変なことばっかり考えてたみたいだし、うふっ！かなりアブナイかも！」 「馬鹿言え！」 真っ赤になってジェットは叫んだ。 しかし―――正直なところ、自分でも自信はない。シンディに見抜かれているとおりだ。 胸元も脚も露なチュチュ姿のフランソワーズ。あの抜群のプロポーションは、客席から見ているだけでも涎が出そうだったのに、あんな悩ましい格好ですぐ目の前に立たれたりしたら……。 鼻血ぐらい噴いてしまいかねない。いや、鼻血ですめばいいが、またさっきみたいに……。 脳裏にあの姿を浮かべただけで再び蠢き始めた邪な衝動に動揺しつつ、それを悟られまいとわざとぶっきらぼうにジェットは言った。 「何でもいいから、さっさと行って来いよ！俺、腹減っちまったんだから！」 女の子たちは肩を寄せくすくす笑いながら、楽屋へ続く通路に姿を消した。 残された２人はロビーの隅の椅子に腰をおろし、殆んど同時に大きなため息をついた。 ―――フランソワーズのバレエの発表会に、一緒に行かない？ そうシンディとメグに誘われた時には、２つ返事でＯＫした。 もちろん、報われない恋に身を焦がしている親友―――往生際の悪いハインリヒをさりげなく連れて行ってやるために。 だが、自分は大きな勘違いをしていたらしい。 たかが「発表会」だと思っていたのに、まさかこんなに立派なホールで、こんなに本格的なステージだったなんて。 眩いばかりのシャンデリア。煌びやかに着飾りさんざめく人々。立ち込める香水の匂い。 ２人の女の子たちはちゃんとお洒落していたし、ハインリヒも、地味だが仕立てのいいスーツをさりげなく着てめかしこんでいた。だが、ジェットのいつものスタイル―――着古した革ジャンにジーンズは、どうみても周囲から浮いている。 そして――― 『な、なんだよ！コ、コイツ！！！あの野郎じゃねえか！な、なんでこんなところに？！』 客席に座り、配られたパンフレットを開いて、素っ頓狂な叫び声をあげたジェットに、メグは呆れ果てたように肩をすくめた。 『ちょっとちょっと！そんなことも知らないで来たの、ジェット？』 『ちゃんと教えてあげたでしょ？フランソワーズが主役のオーロラ姫っていうのも凄いけど、ゲストがこれまた凄いのよ！って。もうっ！ジェットってば、いつもヒトの話、全然聞いてないんだから！』 シンディは憤慨してジェットを睨んだ。 ―――アイツ。 あの真っ赤なフェラーリで学校に乗りつけて来た、気障な奴。 まさかこんなところで再会するとは！ 鮎川哲哉。 女の子たちの話だと、彼は今一番注目されている若手バレエダンサーだという。 アイツが王子だって？何でだ？ そりゃあ、確かにどこからどう見ても王子だ。 風貌も身のこなしも、彼が乗っていた白馬ならぬあの車も。 それは俺だって認める。 だが―――。 『あ！！！！ほら、フランソワーズのお兄さんよ！！』 客席をきょろきょろと見回していたメグが、黄色い声を上げた。 『え？どこ？』 すらりとした長身。ギリシア彫刻のような整った横顔。 柔らかな亜麻色の髪に、チャコールグレーのスーツが映える。 『素敵ねえ……』 『カッコいいわねえ。見とれちゃう』 あの手のスーツをあれほどカッコ良く着こなせる男は、滅多にいまい。同性のジェットが見ても惚れ惚れするほどだ。 通路を爽やかに通り過ぎていく彼を、周囲の女性たちは蕩けるようなまなざしで見つめている。 『ほんと、大人の男って感じよね〜。忙しくて来られるかどうかわからないって、フランソワーズも心配してたけど、大事な妹の舞台にはちゃんと駆けつけてくるのね。ああ、いいなあ。あんなお兄さん欲しい！』 『あ〜んな完璧な男性がそばにいたら、男を見る目も厳しくなるわよね。彼女が未だに誰にもなびかないのも、無理ないわ』 ―――男を見る目、ね。 シンディの言葉に、ジェットは思わず溜息をつき、ちら、と隣の席を見やった。 だがハインリヒは、２人の会話になど全く関心がなさげな様子で、一心不乱にプログラムを読んでいる。 『でもさ、この舞台のお稽古で、ずっと鮎川さんと一緒だったんでしょ？実は、もうすっかりいい感じになってたりして！わざわざ学校に迎えにくるぐらいだから、彼のほうは相当お熱だったんじゃないの？』 しっ、とメグが唇に指を当てて、はしゃぐシンディを制した。 『ここには鮎川さんの目当てのファンもたくさん来てるのよ。そんなこと大声で言って聞こえたら、大騒ぎになるわよ』 声をひそめ、諭すように言う。 シンディは首をすくめ慌てて周りを見回したが、幸い、女性客は皆それぞれお喋りに没頭していて、彼女の言葉を気に留めたものはいないようだった。 『あ、そうそう、知ってた？あのアラン君！いやにフランソワーズになれなれしいと思ったら、２人は幼馴染なんですって』 『え？アラン君って、あの喫茶店の？幼馴染って……どういうこと？』 『彼、フランスからの留学生なのよ。フランソワーズの兄さんの大学の後輩なんだって』 『へええ、でもメグ、どうしてそんなこと知ってるの？』 『聞いたのよ、直接。アラン君に♪』 『え？また抜け駆けしたのね？！もう、アンタってばほんとに気が多いんだから！』 『うふふ。シンディだって人のこと言えないでしょ？でもね、フランソワーズと同じ学校だって分かったら、逆にアラン君から質問攻めに合ったのよ。恋人はいるのかとか、そりゃもういろいろと。もしかして、彼、フランソワーズを追っかけて日本に来たんだったりして』 『な〜るほど！可能性大有りね！ふうんん。でも、アラン君はお兄さんのお墨付きってこと？一歩リード？』 『う……ん。どうだろ……。何しろ、フランソワーズがあんなんだし。全然つれないのよ。バレエのレッスンが忙しいからって、アラン君が誘っても全然相手してくれないって、彼、ぼやいてたわ』 『ふうん。一体どんな男なら、うんって言うのかしら？難攻不落の彼女をどんな男が落とすのか、興味あるわよね』 ―――難攻不落ね……。 コイツら、あのことを知ったら何て言うだろう。 とどまることを知らない女の子２人のおしゃべりに、ジェットが大きな溜息をついたその時、２ベルの合図のパイプオルガンの音が鳴り響いた。 照明がゆっくりと落とされ、客席のざわめきが引き潮のように静まっていく。 その時、ジェットは何気なく後ろを振り返った。 『……！』 彼の目に映ったもの。それは……。 フランソワーズを楽屋に訪ねたまま、なかなか戻ってこないシンディとメグ。 隣に座っているハインリヒは、頬を微かに紅潮させ、膝の上で組んだ自分の手をぼんやりと見つめている。 「おい、風に当たろうぜ。ここじゃ息苦しくてかなわねえ」 空腹と退屈に痺れを切らしたジェットの言葉に、２人は連れ立ってホールの外に出た。 陽はすでに沈み、かすかな残照が街のシルエットを濃い紫色の空に黒く浮かび上がらせている。 身を切るような北風。その痛さがむしろ頬に心地よい。 ホールに充満していた香水の匂い。あまりにきつくて鼻が曲がりそうなほどだった。 冷たい新鮮な空気を胸いっぱい吸おうとジェットが大きく深呼吸した時、ふわり、と目の前を白いものが舞った。 「……？」 続いて、いくつも、いくつも。ふわふわしたちいさな綿の切れ端。 「雪か……。今年は、ホワイトクリスマスになるかな」 じっと空を見上げていると、妙な錯覚に襲われる。 雪がこちらに落ちてくるのではなく、まるで自分が空に吸い込まれてしまうような浮遊感。 街の喧騒のただ中なのに、今、ここだけ時間がゆっくりと流れているようだ。 次第に濃くなる闇の中で、大通りの街路樹を飾る金色のイルミネーションが少しずつ輝きを増していく。 空を見上げたまま、ジェットはぽつりと呟いた。 「……アイツ、やっぱり来てたな」 「……」 返事はない。 自分が何を言おうとしているか、十分承知しているはずなのに。 あくまで無関心を装うハインリヒの横顔を可笑しげに見つめ、ジェットは言葉を続けた。 「気づいてただろ？一番後ろの隅の席にいたぜ」 「俺は……知らん」 ぷい、と顔をそむけたハインリヒに、ジェットは小さく笑う。 （意地っ張りめ！ま、そういう不器用なところが、憎めないんだけどよ） 今さらじたばたしたところで、どうしようもない。 それがわかっていても諦めきれないハインリヒ。 馬鹿な奴だ、と思う。 でも―――それでも諦められないのが、だから余計に諦められないのが、恋ってもんだ。 息を詰めて舞台をじっと見つめていた姿は、いじらしくさえ思えた。 ただの完全無欠の優等生だとしか思っていなかった頃より、ずっと―――何というか、ハインリヒに対する親しみが湧いたというか―――ホントにいい奴だと思う。応援できるものなら、応援してやりたい。 だが、もう今さらじたばたしたところで、もはやどうしようもない。 いつ、どうやったのかはわからないが、アイツがフランソワーズを自分のものにしてしまったのだから。 アイツ。 来るだろうか？ ホールについてから、ジェットはずっと「アイツ」の姿を探していた。 他の誰かに見られるかもしれないという危険を冒してまで、アイツはここに来るだろうか？ 自分たちが来ることは、当然フランソワーズから聴いて知っているはずだ。 （俺以上に、この場に不釣合いだもんな、アイツ……） ホールにもロビーにも、その姿はなかった。 だが、客席が暗くなるのを待っていたかのようなタイミングで、彼は滑り込んできた。 そして。 ホール全体がカーテンコールの熱狂に包まれている中、あっという間に姿を消した。 おそらく誰も気づいていまい。 まさか島村ジョーがここに来ていたとは。 でも、とジェットはふと真面目な顔になって考え込んだ。 ―――平気だったんだろうか、アイツ？ 自分たちでさえ、これだけドギマギしたんだ。 あまりの刺激と興奮に、心臓が破裂するかと思うほど。 だいたい、バレエがこんなにエッチっぽいなんて知らなかった。 肌も露なスケスケの衣装で。あんなにも脚を開いて、高く上げて。 目のやり場に困ってしまった。 しかも男性ダンサーと来たら！！ あの衣装はなんだよ！マジかよ、あの股間！！！ つい噴きだして声を上げて笑ってしまい、シンディとメグに軽蔑のまなざしを投げつけられた。 しかし暢気に笑っている場合ではない。 そんな男たちが、フランソワーズの細い腰やら脚やらを抱えたり持ち上げたり、べたべた触り放題なのだ！ ムカツクというかうらやましいというか、「守る会」の会長としては―――今も守れているかどうかはともかくとして―――とても許せる行為ではない。 そしてトドメは、やっぱりあの野郎だった。 １００年間眠リ続けていた美しい姫に、王子が優しいキスを捧げ、姫は静かに目を覚ます。 そして２人は愛を誓い合い、結ばれてメデタシメデタシ。 『眠りの森の美女』がそういう筋書きだということぐらい、バレエに疎いジェットだって知っている。 だが、あの野郎！！！マジでフランソワーズの唇を奪いやがった！！ 隣でハインリヒがピクリと身体を強張らせた。そして客席も、一瞬どよめきと悲鳴に包まれる。 アイツは……？ さすがに後ろを振り向く勇気はなかった。 そりゃあ、とても自然で、綺麗で、うっとりするようなキスシーンだった。 ああいうのを、芸術的というのかもしれない。 でも。 いくら結婚する設定の王子と姫の役どころだって言っても、ちょっとやり過ぎじゃねえのか！ あの野郎の迫り方。抱き寄せ方。どうみても芝居を越えてるぜ！ 心拍数が異常に上がっている。喉はカラカラで、眩暈さえしてきた。 主役の２人が、繰り返されるカーテンコールの後、ようやく幕の向こうに姿を消すと、全身に相当の疲労を感じたジェットは椅子の背にぐったりと身体をあずけた。 今も目に浮かぶ。 あの時の―――体育館の裏でのジョーの怒りの形相。 フランソワーズにチョッカイを出そうとした相手を、本気で殺してしまうかと思うほどの剣幕だった。 あの時でさえ、あれほどの勢いだったんだ。それから考えると、今頃、アイツは…………？ 自分の周囲には全く関心がない。 淡々としていて、けれど決して誰もそばに近づけようとはしない。 彼のテリトリーをちょっとでも侵害したら、たちまち叩きのめされてしまうだろう。 そんな鋭い緊張感を漂わせている島村ジョー。 彼は最近喧嘩もやらかさないし、もちろん謹慎にもなっていない。 それは、表沙汰にならないように裏でうまくやっているからだ、とみんなは噂していた。。 そして、もう彼の喧嘩相手になれるツワモノがいないせいだ、とも。 体育祭以後、密かに女の子達の間で彼の人気は急上昇しているらしいが、自分から声をかける勇気のある者はいなかった。男子でも、せいぜいジェットかピュンマぐらいのものだ。 その彼が、あんな目でフランソワーズを見つめて、人目もはばからず抱きしめて、キスするなんて。クラスの連中が知ったらどれほど驚くだろう。 だが、フランソワーズと仲良しのメグとシンディでさえ、２人の仲については全く気づいていない。 （ったく、上手くやってるぜ。けど、もう時間の問題だと思うな） 退屈でたまらない授業中、今は教卓のすぐ横の席に座っているフランソワーズの後姿に見蕩れていると、ふっと亜麻色の髪が揺れ、彼女が肩越しに振り返る。 そして、一瞬の後、花のようなかんばせに零れる優しい笑み。 その視線の先には、言うまでもなくアイツがいて。 チキショー！！ その瞬間、机の上にうつぶせていた体を起こし、無造作に髪をかきあげたアイツ。 そしてほんの僅か一瞬、アイツは笑った。 あの目。 いつもは刺すような鋭い光を宿す茶色の瞳。 それが、信じられないほどの優しいまなざしで彼女を見つめる。 （なんて、目だよ！） そして、また微笑み返すフランソワーズ。 たった数秒間の、だが濃密な視線の絡まり。 そんなことが、最近は一日に何度もある。 （あれを見たら、ハインリヒの奴、また落ち込むだろうな） よりによって、今、ハインリヒはジョーのすぐ後ろの席だった。 恋焦がれている彼女が自分ではなく、すぐ前の席にいる別の男に向ける、極上の笑み。 （切な過ぎるよなあ。ったくよう……） おまけに―――１１月の模試では、とんでもないことが起こってしまった。 フランソワーズがバレエのレッスンで受験しなかった今回、何とハインリヒと島村ジョーが同点首位だったのだ。 あり得ない。 他の学校の生徒から問題と解答を見せてもらったに違いない、と職員室で元帥は喚き散らしたという。 まさか！ ジョーはそんな男じゃない。そんな面倒なこと、絶対するわけない。 そもそも休日にジョーが登校して模試を受けたこと自体、とんでもない事件なのだが。 それはともかく、ハインリヒがどれだけショックを受けたか、想像するに余りある。 憧れのマドンナを奪われて、おまけに成績ＴＯＰの座まで脅かされるなんて。 彼は本当の意味でプライドの高い男だから、決してその思いを顔に出したりしないけれど。 島村ジョー。 フランソワーズをかっさらった、ということを抜きにしても、どこか興味をそそられる男だ。 骨がある。本気で付き合うに値する奴のような気がする。 （でもな〜んか、美味しいところ全部アイツに持っていかれてるみたいで、面白くねえんだよな） ハインリヒに対する同情を抜きにしても。それがジェットの偽らざる気持ちだった。 だがジョーは、今日のステージを見てどう思っているだろう？ 自分の目の前で、フランソワーズが他の男にキスされて、黙っているだろうか？ まさか……鮎川哲哉を殴ったり……する……？ 「ごめんねえ！遅くなって！」 バタバタとメグとシンディが駆け寄って来る様子に、ジェットはハッと我に返った。 雪は相変わらずしんしんと降り続き、あたりを少しずつ白い世界に変えている。 「フランソワーズ、すっごく綺麗だったのよ！あなた達も行けばよかったのに……」 「そうよ、残念がってたわ。せっかく来てくれたんだから、逢いたかったわって。でもすごくたくさんの人が押し寄せてて、大変だった！」 ２人はかなり興奮気味で、頬を紅潮させ早口でまくし立てている。 「鮎川さんも素敵だったわよね！！サインしてもらったのよ！ほら、見て！」 「ねえ、すごくお似合いだったわよね、あの２人」 「彼、もうフランソワーズにベタぼれって感じで。押しかけてきてたファンの人たちも、くだらない文句言えるような雰囲気じゃなかったよね」 「ねえ。ほんとに……ひょっとしたら、ひょっとするかもよ」 「ほんと！学校に芸能レポーターとか来るかも！」 ふうん、とジェットはつまらなそうに鼻を鳴らし、ポケットに手を突っ込んだまま歩き始めた。 ４人がホールの前の横断歩道に差しかかった時、「あら？！」とメグが声を上げた。 「どうしたの？」 「う……ん。似てるなって思って。でも、違うわよね……」 「似てるって、誰に？」 ほら、とメグはホールの隣にある公園を指さした。 「あそこにいる人、なんか島村君に似てるなって思って」 （え？！） ジェットは立ち止まり、メグの指さす方向を目を凝らして見つめた。 「どれ？……う……ん。暗くてよくわかんないわ」 「でも島村君が、こんなところにいるわけないわよね。きっと人違いね」 「そうよ。でも、どうして島村君だなんて思ったの？こんなところには絶対いそうにない人なのに。あ……メグ……もしかして」 シンディは意味ありげな微笑を浮かべ、メグを見つめた。 「あなた、島村君を狙ってるの？こんな時にまで彼のこと考えてたりして、あやしい！！」 「もう、シンディったら！ちがうわよ！あのヒトは、女の子とは絶対付き合わないと思う。バリバリの硬派だもの。そこがカッコいいといえばカッコいいんだけどさ」 「ふうんん、でも彼、ハンサムだし、頭だっていいし、ただの不良じゃないでしょ。案外お勧めかも」 「う……ん。でも私はね、好きなヒトには大切に大切にしてもらいたいのよ。お姫様みたいにね。でもどう考えたって島村君じゃあ、手をつないだりとかキスしたりとか、絶対してくれそうにないじゃない。好きだ、とも言ってくれないかもよ。きっとデートしても、勝手にどんどん歩いていっちゃって置いてきぼりにされそうだし……。そんな恋人、つまんないもん」 「確かにそうね。日本人の男の子って、そういうところが物足らないのよね。ジェットはそういうの、得意中の得意だけど。それから考えると、鮎川さんて海外でずっと暮らしてたから、人前でキスしたりする仕草もサマになってるしさ、やっぱり素敵よね」 「そうそう！さっきだって、またフランソワーズにチュってしてたもんね。すごく自然で、いい感じだった」 ぺちゃくちゃとおしゃべりに没頭している女の子たちは気づいていない。 彼女らのかなり前方を黙々と歩いているハインリヒの足取りが、さっきより確実に速くなっていることに。 （ハインリヒの奴、怒ってるな。ま、フランソワーズに、チュ、なんて俺だって絶対許せねえけどよ） 鮎川哲哉、か。 （知〜らねえぞ、アイツにどんな目にあわされたって） ジェットは横断歩道を渡りきると立ち止まり、また後ろを振り返った。 公園のガス燈が、雪にぼんやりと煙って見える。 そしてその下に黒い人影―――あれは間違いなくジョーだ。 待ち合わせ、か。 誰にも知られたくないと言う割には、この２人、最近ますます大胆になっているじゃないか。 んでもって、このあとまたイチャイチャするんだろうな、とジェットは大きな溜息をついた。 （雪が降ったりして、最高にロマンティックなシチュエーションだしよ！ちぇっ！羨ましすぎるぜ！） 「ジェット！！！何してるのよ？！早くご飯食べに行きましょうよ！！」 通りの遥か向こうから、シンディが叫んでいる。 あ〜あ。同じデートでも大違いだ。 ま、シンディだって悪い子じゃないんだが。 彼女と比べるほうが酷というものだ。 「ああ、わかってるって！！」 何だか割り切れない思いを吹っ切るように大声で叫び返すと、ジェットは駆け足で３人の後を追った。 |