| viii．rejoin ―――００９との合流完了。アメリカ軍のミサイルが東京・六本木の高層ビルを攻撃するも、理由など詳細は不明。 研究所に簡潔な報告を送った後、フランソワーズはダイブギアのチャンネルを００６との脳波通信に合わせた。 ”よほ〜い、フランソワーズ！無事、任務完了あるか？” 待ちかねていたのか、即座に明るい反応が返ってくる。 「ええ、どうにか……。でも……」 モニターに向かって濁した語尾が、胸の中に重く沈んだ。 「今度は東京にミサイル攻撃よ。ついさっき、日本海に配備された米軍のイージス艦から、六本木の高層ビルめがけてミサイルが３発発射されたわ」 ”ミサイル？アメリカ軍が日本を攻撃するなんて、いったい何が起こったアル？” 「詳しいことは、まだわからない……。でも……」 自分の声がいつもより低く掠れ、微かに震えているという自覚はあった。懸命に心を落ち着かせながらフランソワーズは言葉を続けた。 「……ちょうどその現場にジョーが居合わせたの。危ないところだった」 ”間に合ってよかったアル。勿論、ジョーは無事アルネ？” ええ、と絞り出すように呟くと、フランソワーズは視線を微かに落とした。 攻撃の対象となったのは、偶然にも彼が住んでいたマンションの隣のビルとそれに付随する施設だった。ビルは倒壊こそ免れたものの、一帯はあっという間に火の海と化した。 もし―――数分早くミサイルが発射されていたら。 ジョーがビルの展望台に移動するのがもう少し遅かったら。 そして、自分がジョーの姿を見失ったままだったとしたら……。 タイミングが悪ければ、００９としての能力を封印されているジョーが炎に呑みこまれていたかもしれない。 あの様子では、かなりの死傷者が出ているだろう。 自分たちも切羽詰まった状況におかれていた。何より、今は表立った行動を慎まねばならない立場にある。 だが、あの惨状を前にして何の救助活動もせずそのまま離れてしまったことに、やはり良心の呵責を感じずにはいられなかった。 急に黙り込んでしまったフランソワーズに、張々湖が気遣うようにそっと声をかけた。 ”ところで……ジョーの記憶は戻ったアルか？” ハッと我に返り、フランソワーズは頷いた。 「ええ、００９としての記憶と能力は戻ったわ。私が『途中』で来たこともちゃんとわかっていた……」 だけど、というそれに続く言葉をフランソワーズはそのまま胸に呑みこんだ。 ”それはよかったアル！こっちも上首尾アルヨ。軍も警察も今は上海に総動員されているから、難なく港に潜入出来たネ” 「００６、油断は禁物よ。そのブロックの港湾施設には、ネットワークから接続できる通常型の監視カメラが全く設置されていないの。鮮明な衛星画像も入手できないし……。何か特殊な、厳重な警備が敷かれていると思ったほうがいいわ」 ”心配ないアルヨ。久々のワテの活躍を、期待して待っててチョーライ！” モニターの向こう、張々湖は満面の笑みで胸を張った。 博士からの召喚を知らせる通信を送ると、仲間たちからは次々とそれに応じるという返信が届いた。フランソワーズがイスタンブールを発つ時点で、未だ返信がなかったのは張々湖と、自力では回線を開けない状態にあるジョー、そして２７年間自らの意志でそれを閉ざし続けているジェットの３人。 イワンは、００６・張々湖が招集に応じるかどうかは五分五分だろうと見ていた。 ”例の裁判のことがあるからね。もっとも……当の博士は全くそんなことは気にしていないようだけど” 東京に向かうＡ４００Ｍ輸送機がユーラシアを横断して渤海湾に抜けた頃、ダイブギアのアラートが激しく鳴り、大量の情報が一気にフランソワーズの脳に送り込まれた。 「まさか……また……？」 世界の通信網が一瞬シャットダウンするほどの膨大なデータ量だ。何か異常な事態が起こっていることは間違いない。 ００６からの通信が入ったのはその直後だった。 ”とうとう３３件目アルよ” 「……中国で……？それとも……」 まさか……日本で？ フランソワーズの全身に震えが走った。 ”浦東のど真ん中がやられたアル！死傷者は数万人規模……もう無茶苦茶アルヨ！” 「浦東……上海で爆破テロが？」 中国政府は事件直後に国内のネットワークへの海外からのアクセスを遮断した。 事が起こったことはわかっても、今はどの国家も諜報機関も、中国が発表する公式の情報しか入手できない状態になっている。 だが張々湖は、国内の独自の情報網を駆使して、かなり正確に事件の概要を掴んでいた。 研究所にもこの脳波通信を送ってもいいかしら？とフランソワーズが尋ねると、もちろん、と彼は力強く頷いた。 ”もしかして、博士との裁判のことを気にしているアルか？それはそれ、これはこれアル。この一大事に比べたら、ほんの些細なことアルね！私も一刻も早くイスタンブールに向うアル！” 何のわだかまりも感じさせない、きっぱりとした彼の言葉を聞きながら、フランソワーズは今まで抱いていた疑問が氷解したような気がした。 もしかしたら、この泥沼のような訴訟騒ぎは、どんな形であってもギルモア博士との接点を持ち続けようとした張々湖なりの配慮であったのかもしれない。 そして両者の間でトラブルが続いているという認識があるからこそ、これまで―――特に２１世紀に入ってから、張々湖が研究所に支援してきた莫大な資金について、中国当局でさえ把握していなかったのではないか。 失敗を繰り返し、苦労しながらも次第に商売を大きく広げてきた張大人ならではの、したたかな抜け目のなさ。 ゼロゼロナンバー達がもはや昔の絆を失っていることを体現していると思われた張々湖が、実は誰よりも思慮深く「その時」に備え続けていたのかもしれない。 「大人……」 細い目をいっそう細めた張々湖をフランソワーズは胸を熱くして見つめながら、急いで通信回路を研究所に繋いだ。イワンがすぐにそれに応じた。 ”００６、ジョーと合流した後、その輸送機で君をピックアップすれば時間の短縮になるとは思うんだけど、君には中国でもう少し調べてほしいことがあるんだ” ”無問題アル！それより、フランソワーズ、帰りは中国領空を通らない方がいいアルよ。非常事態宣言が出ているネ” 確かにこの状況では、国籍不明の軍用輸送機が歓迎されることはあり得ない。無用の衝突は避けたいから、時間がかかっても、往路とは異なるルートを通るのが賢明だろう。 ”ところでフランソワーズ、ジョーの脳へのアクセスは復旧した？” 不安定だが、完全には切れていない、とフランソワーズが答えると、張々湖が心配そうに尋ねた。 ”どうかしたアル？ジョーに何かあったアルか？” 接続が途切れ、何度かジョーの居場所を見失った。イスタンブールから遠隔操作で記憶領域を再起動させようとしたが、うまくいかなかった、とフランソワーズは張々湖にかいつまんで事情を話した。 ”何てことアルか……。でも……今、回線が不安定なのは、きっと上海の事件の影響もあるアルよ。中国国内では通信は殆ど遮断されているアル” 張々湖の言葉を遮るようにイワンが言った。 ”本当なら、いつも通りのやり方で時間をかけて丁寧に記憶を戻したほうがいいのはわかってる。でも……今回だけは急いだほうがいい。だからフランソワーズ、辛いと思うけど……” わかっているわ、とフランソワーズは小さく頷いた。 その後しばらく続いた重い沈黙を吹き飛ばすように、張々湖が明るく言った。 ”フランソワーズ、ジョーと合流した後、必ず連絡を頂戴アル！” そして、今―――Ａ４００Ｍ輸送機は、００６のアドバイス通り、先島諸島上空からインドシナへと進路を向けていた。 夕刻に東京を発ったので、いわゆる南回り航路をとっても早朝にはイスタンブールに到着できる。時間的なロスは殆どないといっていい。 ”では、作戦を開始するアル！” モニターの中の張々湖は、その体型からは想像できない機敏な動きで、構内を移動するトラックに飛び移った。幌に斜めに張りついた状態のまま、遠ざかっていく監視カメラに笑顔を向けた。 ”でも……何はともあれ、これで一安心アルネ、フランソワーズ。みんなが揃うまで少しはゆっくり過ごすといいアルよ” さりげなく気遣う言葉に、張りつめ続けていた気持ちがほんの少し緩んだ。懐かしい優しさが心に沁みていく。 ずっと心配していてくれたのだ、張々湖も。 ジョーのこと―――というより、自分たち二人のこと―――むしろフランソワーズのことを。 大らかさと繊細な優しさを併せ持つ張々湖の温かい人柄は、今も昔も変わっていない。 「ありがとう、大人……」 ”イスタンブールに戻ったら、腕によりをかけてみんなのために料理を作るアル。腹が減っては戦は出来ぬ、アルからね！” 「ええ、楽しみにしているわ。でも……十分気をつけてね」 彼に届くのは音声だけだとわかっていたが、フランソワーズもモニターに向って微笑みを返した。 通信が切れるのを確認してヘッドセットを外し、ダイブギアの電源を落とすと、格納庫内が一気に暗くなった。席を立ちながら、視線は操縦室へと続くドアに引き寄せられる。一瞬の逡巡の後、フランソワーズは非常用照明の灯る格納庫後部に移動すると、壁に折りたたまれた座席を開いて静かに腰を下ろした。 確かにジョーは、００９としての記憶を取り戻した。 だけど……。 |
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