チカチカッと照明が激しく点滅した。次の瞬間、俺たちは重い闇に包まれた。
　耳に痛いほどの静寂。トリガーにかけた人さし指に思わず力が入る。
―――次はどこから攻撃してくる？！
　だが、３秒もたたないうちに、あたりはまた突然明るくなり、都市の機能は何事もなかったかのように再び動き始めた。俺たちを取り囲んでいた異常な殺気もいつの間にか消えていた。
とその時、固く閉ざされていた目の前のドア上部のランプが赤から緑に変わった。
「００３！」
仲間たちを押しのけるように駆け込んでいく００２に、銃を構えた俺たちも続いた。

　中は拍子抜けするほどがらんとしていた。だだっ広い部屋の中央に、こちらに背もたれを向けて置かれた椅子がぽつんと１つ。それを取り巻くように天井から数本のコードが垂れ下がっていた。
「００３！」
　予想どおりそこには彼女が座らされていた。ぐったりと頭を垂れ、意識を失って。
　だが―――思わず俺は息を呑んだ。
　俺の目を釘付けにしたもの。それは、亜麻色の髪を掻き分けるようにうなじに突き刺さった赤と青のコードだった。毒々しいほど鮮やかな原色が、彼女の肌の白さを妖しく引き立てている。
　あれは、さっき中央制御室でエッカーマン博士が００９に繋いだのと同じものだ。スフィンクスと人間を無理やり連結させるためのもの。
　咄嗟にそう判断し、注意深く彼女のうなじからコードを抜き取ると、先端には銀色に光る細い針がついていた。この機械野郎は、一体何を企んで、彼女に何をしたというのだ？
「おい、大丈夫か！００３？！」
　００２が少し乱暴に両肩を揺すると、００３はゆっくりと目を開いた。整った顔に怯えが走る。そばにいるのが俺たちだとわかると、彼女は表情を弛め、まだ焦点の定まらない目で不思議そうにあたりを見回した。
「み…んな……？どうして……？」
「助けに来たんじゃねえか！」
「助ける……？ここは…？」
「病院だよ。スフィンクスにまんまと捕まっちまったんだろ？」
「病院？スフィンクス……あっ？！」
００３は小さく息を呑んだ。再度視線を俺たち全員にめぐらせた後、蒼い瞳の翳がさっと濃くなった。
「…００９は…？」
少し上ずった声が小さく震える。
「ん？」
細い肩を掴んだまま、００２は首を傾げた。
「無事……なの？まさか……？！」
俺は、彼女の上に屈みこむように中腰になっていた００２の背後から、大きく頷いてみせた。
「ああ、大丈夫だ。今、博士と中央制御室にいる」
「そう……」
　蒼白い氷のようだった頬に薄く紅が差す。
「良かった……」
　安堵の溜息をつく００３を見やりながら、フン、と００２はわざとらしく肩をそびやかした。
「お前なあ、わかってんのか？他人の心配してる場合じゃないだろうが。そもそもお前が…」
「００２！」
　俺はその言葉を遮り、一歩前に出た。さりげない笑顔を彼女に向けて。
「君は怪我はないか？」
「ええ…大丈夫。ごめんなさい、心配かけて」
　小さく微笑を浮かべ、００３はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……こうしてナイトたちは無事囚われのお姫様を助け出しました。めでたし、めでたし。ってことで、早いとこ戻ろう。博士たちも待ってるはずだ」
　００７の道化た口調に頷き、俺たちは足早にエアカーへと向かった。ここに長居する必要は全くなかった。
「しかし、さっきは何で急にスフィンクスの攻撃が止まったアルかね？００９は何をしたアル？どうやってスフィンクスをやっつけたアルか？」
　最後尾を並んで足早に歩きながら、００６は懸命に背伸びして俺の耳元で囁いた。
「さあな、俺にもわからん」
　俺はぶっきら棒にかぶりを振った。聞きたいのは俺の方だったのだ。
　なぜだ？
　何があった？
　スフィンクスに自分を繋いでくれ、と言った００９。
　なぜアイツはそうすることで彼女を助けられると思ったのだろう。
　アイツはどうやってスフィンクスの暴走を止めたのか？
　あの瞬間、いったい何があった？
「それにしても、００９もいい迷惑だったな」
「……迷惑？」
　俺のすぐ前を、まだおぼつかない足取りで歩いていた００３が、ハッと立ち止まった。それに気づかず、００２は肩をそびやかして大股で前に進んでいく。
「何が神のように考えられるコンピュータだ。いい加減なもんだぜ。機械のくせに……早とちりというか、勘違いとはお粗末なもんだ。まあ『神』を持ち出すところからして胡散臭いとは思ってたが……。けどよ、そもそもこんな面倒がおこったのも、お前が一人でふらふら出歩くからだろ？ったく、もっと気をつけろよな」
　いつも以上に乱暴な口をきく００２に、俺は思わず苦笑した。
　さっきまであれほど心配していたのに、本人のいるところではそれを素直に表現できない不器用な男。こういう男の恋は、大概実ることはない。
「勘違い？……って……それ、どういうこと？ねえ、００２、待って！あ……」
　慌てて後を追おうとした彼女の姿が、突然視界から消える。俺は何が起こったのか理解する前に、床に崩れ落ちる寸前の華奢な身体を、この腕に抱きとめていた。
「００３！！」
　何かの花の香りのようだ。甘い匂いが鼻腔を微かにくすぐる。そして柔らかな温もり。そう、覚えている。この感覚。確かに以前、俺はこうやって彼女を腕に抱いた。
「どうしたアル？！００３、大丈夫アルか？！」
耳元で叫ぶ００６の声に俺は我に帰った。そっと揺さぶると、腕の中の００３は小さく呻き、やがて意識を取り戻した。
「大丈夫か？」
「ええ……大丈夫。ごめんなさい。ちょっとふらついただけ」
　青ざめた微笑に俺は舌打ちをした。迂闊だった。
　コンピュータに捕らえられ、精神（こころ）を直接攻撃された００３。目に見える外傷はなくとも、消耗しきっていて当然なのに。
　もしアイツがここにいたら、きっと……。
　アイツはちゃんとわかっていた。いつも彼女が―――最も改造度の低い００３は仲間たちに迷惑をかけまいと無理をしていることに。
　俺たちには造作もないことが、生身に近い彼女にはかなりの負担を強いているということを、つい忘れてしまう。
「大丈夫よ」
その柔らかな微笑に、すっかり騙されてしまうのだ。
　けれど、アイツは違った。そして彼女をさりげなく気遣い、自然にかばっていた。００９が能力的に最も余裕があるのだから当然だと言えばそれまでだが、もはやそれだけが理由ではないことは、仲間たちも十分承知しているはずだ。
　ただひとりの意地っ張りと、そしておそらく当の本人たちを除いて。
「００９だっていい加減お前のわがまま勝手な……ん？お、おいっ！！どうした？」
ようやく背後の異変に気づき、慌てて駆け寄って来る００２を目で制し、俺は００５に声をかけた。
「頼む！」
「あ、もう大丈夫よ。そんな……自分で歩けるわ！」
「無理するな。顔色が悪い」
　低い声できっぱりと、しかし優しくそう言うと、００５は驚くほど繊細な仕草で００３を抱き上げた。
　太く逞しい腕から、柔らかな亜麻色の髪がさらりと流れ落ちるのを、俺はぼんやりと見つめていた。
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