「電話！電話！」
慌しく００７が奥の部屋から飛び出してきた。
「もしもし？こちら張々湖飯店です〜。ええ、モデルが来ましたんで、お願いします。あ？先にヘアメイクさんが？はいはい。では、よろしく〜！」
勢いよく受話器を置くと、またせかせかとドアに向かう００７に、００９は躊躇いがちに声をかけた。
「あ、あの・・・００７」
「えっ？何だよ、忙しいんだから」
面倒くさそうに振り返る。目の前には、いつもと同じ服装のまま突っ立っている００９の姿。００７は、大きく舌打ちをした。
「００９！まだその格好のままかい？さっさと着替えてくれにゃあ。１０分もすりゃあ、メイクさんが来るんだぜ」
「あの・・・どうして・・・僕まで？」
今頃、何言ってんだよ！と００７は苛立った声で叫んだ。
「ブライダルパーティーのポスターなんだから！いくら００３が１人で絵になるモデルだって言っても、披露宴のポスターに新郎なしってわけにはいかないだろう？」
「そ、そりゃあそうだけど・・・でも・・・僕、写真嫌いなんだ」
「ほおお、そうかい。イヤだってのか？」
一段低い、冷ややかな声。
「だって・・・こんな・・・」
「マドモアゼルの相手役を務めるのがイヤだと？ふん。イヤなら、イヤでいいぜ。そのかわり、とっとと、アメリカかドイツにドルフィン号を差し向けて、００２か００４を連れてきてくれ。さあ、はやく！」
「ちょ、ちょっと待ってよ！！それも・・・困るよ」
「何で困るんだよ？お前、やりたくないんだろ、モデル！」
「そうだけど・・・」
「あの２人なら、きっと喜んでやるぜ。００８でもいいさ。本当はオレがやるのが筋だと思うんだが、００６がごちゃごちゃうるさいんだよ。イメージが違うって。さあ、どうすんだ？やるのか？迎えに行くのか？」
つめよる００７に、００９は言葉を失った。
（他の連中にフランソワーズの相手？とんでもないよ！でも、だからってこんな衣装・・・とても着られないし）
と、その時、００６が小走りに奥から姿を現した。
「何してるアル！！チェロチェロナイン！！！早く着替えるネ！！００７、先生、どう言ってた？」
「ああ、ヘアメイクの担当をすぐに寄越すって。全部準備できたら、また電話してくれ、ってさ」
だけど。
００７は、声をひそめた。
「００９は、００３の相手役するのが、イヤなんだと」
「何ぃいいいいいいいい？００３のどこに不満があるネ？」
みるみる００６の頬が紅潮する。
「あんな綺麗で優しい子に向かって、何てこと言うアル！！１００年早いネ！！」
００９は慌てた。
「ち、ちがうよ。ふ、不満なんて・・・そうじゃなくて」
「なら、どうして着替えないアル！！」
憤懣やる形無しの００６の表情に、絶望的になる００９。
「そ、それは・・・」
「じゃあ、俺ちょっと言ってくるわ。やっとその気になってくれたのにな。可哀想な００３。００９は君が相手じゃイヤだって言ってるって、彼女が聞いたら・・・」
うう、と目頭を押さえる００７の、嫌味な演技に、００９は声を上げた。
「そうじゃないったら！！違うよ！そんな変なこと、フランソワーズに・・・」
「なら、どうして早く着替えないネ？ずっと嫌がってた００３が、ウンといってくれたのは、チミがドレス姿を見たいって言ったからアル！！なのに今さら何ネッ！！乙女心を踏みにじるとは、見損なったアルよ、００９っ！！」
「待ってよ、００６！誤解だよ。僕は何も・・・」
フランソワーズに不満があるなんて、とんでもない。
ただ。
この衣装じゃ、死んでもイヤだ。
「このフリフリのピンクのシャツだけは、勘弁してほしいよ。今時こんなの、演歌歌ってる人だって着ないのに」
ほら、と、箱から取り出したシャツを、００７に手渡した００９。その表情は、まるで半べそをかいているように見える。
「ウ〜〜〜〜ム」
シャツを広げて、００７が低く呻いた。
確かに、これは趣味が悪い。
「これじゃあ、まるでオスカルさまだ」
「いくらなんでも、こんなの恥ずかしくて着られないよ。何とかしてくれないかな」
すがるような茶色の眼差し。だが、００６は素知らぬ顔だ。
「しっかし、００６も、どういうコンセプトで選んだんだ？これじゃ、まるで一昔前の劇団の衣装だぜ」
「００３のチャイナに合わせて選んだアルね。ボタンとラインのピンクにばっちりコーディネイトしたネ！」
「コーディネイト、ね・・・。ものは言いようだな。ま、今日のところは時間もないし、仕方ないな、００９。諦めるんだな」
００７は、ポン、とシャツを投げて返した。
「そんな・・・無茶だよ！」
その時、表で車のブレーキの音がした。
「あ？来たな！」
「ねえ、せめて、このシャツだけ・・・何とか」
しつこく食い下がる００９を振り切り、００６と００７は揃って表に飛び出した。
「ハイハイ、いらっしゃい〜！お待ちしてましたよ！ささ、こちらへ」
大きなヴァニティボックスを抱えた男性と、手ぶらの女性。００７は、２人をロッカールームへつながるドアへと誘った。
「チェロチェロナイン！！早く着替えるネッ！！００３のメイクが済んだら、撮影の先生来るから、急ぐアルッ！！撮影時間が延びたら、割増料金払わなきゃいけなくなるネ！！」
片手にピンクのシャツを持ったまま、困惑しきって立っている００９の背中に、厳しい声を浴びせ掛けると、００６はあたふたとドアの向こうへ姿を消した。