「いやよ」
きっぱりと００３は首を横に振った。
「だから・・・頼むのことよ！！！」
「いや。恥ずかしいもの」
「お店の未来がかかってるのヨ！助けると思って」
００６が、両手を合わせて彼女を拝んだ。
こんな押し問答が、かれこれ３０分続いている。
００６の懸命な説得にもかかわらず、００３は頑として、受けつけようとはしない。
「またそれなの？お店の未来と、私がそんな格好することと、どんな関係があるっていうの？」
「だから、アナタの力、どうしても必要なのヨ！」
その時、ばたんとドアが開き、００７が００９を連れ、勢い込んで入って来た。
「おい、００６！連れてきたぜ！」
突然、００６は床の上に身を投げ出した。
「ネ！御願いだから！！助けると思って。このとおり、御願いアル！！」
哀れっぽい声。すがるような目。
「やめてよ、００６。だって私、写真のモデルなんて、したことないもの。恥ずかしいわ」
「イイのよ。アナタ、そこにドレス着て立っててくれるだけでイイのよ。いろいろモデルさん探したけど、値段ばかり高くて・・・。００３の方がずっとずっと綺麗アルよ！！アナタがモデルしてくれたら、この計画、絶対に成功するアル！そしたらモデル代とは別に、またたっぷりボーナス払うよ！だから・・・御願い！！このとおりアル！」
「そんな・・・お金のこと言ってるんじゃないの。とにかく嫌なの」
「どおしてね？綺麗なカッコして、お金もらえたら言うことないネ」
「だって、恥ずかしいし・・・それに・・・あんなの、今着ちゃったら・・・」
頬を薄く紅に染め、唇を尖らせている彼女を、００９は優しく見つめて微笑んだ。

商魂たくましい００６は、次々に新しいアイデアを取り入れて、張々湖飯店のさらなる経営拡大に、日夜努力している。
高名な料理評論家に評価を依頼したのも、その１つだ。おかげで００９は、食材探しのため、日本中を加速装置で駆け巡る羽目に陥ったのだけれど。
ケータリングサービスや、奥様向けの料理教室の開催。中華食材の通信販売。ついには、２階を改装して、ゴージャスなバンケットルームまで作ってしまった。
その宴会場の宣伝のポスターだか、パンフレットだかのモデルに、００３を使いたい。だが、肝心の彼女が、なかなかウンとは言わない。００６が困っている。説得するのを手伝って欲しい。そう００７に言われて、００９はここに連れてこられた。
「恥ずかしいの。だからいや！」
初めてチャイナドレスを着た時も、彼女はそう言って、とても嫌がっていた。
でも、本当によく似合っていた。
ずっと一緒にいても気がつかなかった、彼女の新しい魅力を発見した気がした。
００６が、モデルより彼女のほうが綺麗だと言ったのは、決してお世辞ではない。実際、雑誌やテレビに出ている女の子より、ずっと彼女のほうが魅力的だと思う。清楚で、透明感に満ちた美しさ。上品で、それでいて、ゾクッとさせるほどの色香もあって。
パンフレットに彼女の写真を載せたら、きっと評判になるだろう。もしかしたら、宴会場より、モデルに注目が集まってしまうかもしれないけれど。

「フランソワーズ、お店の宣伝のモデルぐらい、してあげればいいのに。君なら、絶対大丈夫だよ」
「ジョー、何を言ってるの？だって・・・」
彼女は００９の言葉にいっそう憤慨したようで、唇を尖らせて彼を軽く睨んだ。
「ほらほら、００３。００９がああ言ってるんだぜ。００６も必死なんだから、ここは仲間として、一肌脱いでやれよ」
一肌脱ぐ？
００３の細い眉が、ピクッと動いた。
００９の目配せに、００７は慌てて両手を振って否定した。
”おい、００９、誤解するなよ。そういう意味じゃないぜ。変なモデルじゃないんだから”
”当たり前だよ。でも、そんなつまらないこと言ったら、ますます彼女は嫌がっちゃうよ。いいのかい？”
００９は呆れ返って、溜息をついた。
「とにかく今度のドレス、着てみるだけ着てみてヨ！前のより、ずっとずっと綺麗アルから！御願いアル、００３！！このとおり！」
「だって・・・」
「さあ、さあ！写真を撮るかどうかは、また後で決めるとして。とりあえず着てみなよ、００３」
「でも・・・」
躊躇し続ける彼女に、００９はもう一度声をかけた。
「ね、フラソワーズ。僕も、もう一度見てみたいな、君のチャイナドレス」
「だろ？だろ？００９がああ言ってるんだから、話は早い！さあ、００３！」
「善は急げアルね！」
００６と００７に強引に両腕をとられ、ロッカールームへと連れて行かれながら、００３は困惑しきった表情で、小さく叫んだ。
「もう、ジョーったら！わかってるの？」
「え？」
わからない。
いったい、何をわかってなきゃいけないんだろう？
その時。
あ、そうそう、と００６が００９を振り返った。どうでもいいことを、何かのついでにふと思い出した、という顔で。
「００９、チミも早く支度するべしネ。その箱の中に入ってるから、適当にそこいらで着替えてチョウライ！」
バタン、とドアが閉まった。
「着替える？―――僕も？どういうこと？」
全く事情が飲み込めないまま、００９はテーブルの上に置かれた大きな箱を開けた。
中には-――
「えっ？！！こ、これって・・・まさか、僕が・・・？」
蓋を両手で抱えたまま、００９は呆然とその場に立ち尽くした。