「夢・・・か」 ジョーの部屋を出た後、アルベルトの足は自然にリビングに向いた。 とてもこのまま眠れるような心境じゃない。 サイドボードから、ブランデーを取り出し、グラスに注ぐ。 ソファに腰をおろし、しばらくぼんやりと見つめていた。 右手に持ったグラスの内側を、琥珀色の液体がゆっくりと上っていくのを。 芳醇な香りに、眩暈がする。 ふと、可笑しくてたまらなくなった。 こんな作り物の手のひらなのに。 偽りのぬくもりに、このアルコールはまんまと騙されていやがる。 最後に夢を見たのは、いつだろう？ 悲しい夢も、いい夢も、見たのはもう思い出せないほど、ずっと昔のこと。 ヒルダがいつも言っていた。 お互いの胸の鼓動を聞いて眠れば、悪い夢は見ない。 それは究極の愛の子守唄だ、と。 一人の時には襲ってくる夢魔も、決して手出しは出来ない。 あの頃、俺たちはぬくもりを確かめ合い、互いの安らかな寝息を感じながら、共に眠りについた。 今、夢の中に、決して君は現れない。 君を失ってから、俺は悪夢さえも見ない。 君のことも、あの最後の瞬間を思い出すのも、いつも現実の中でだ。 俺のような、明日のない者に、夢など必要ないから。 いや、そうじゃないな。 ヒルダ、君が全部持って行ってくれたと思っている。 もう今の俺には・・・悪夢を防ぐ術はないから。 もし――― あの出来事を、何度も何度も夢で見なければならないとしたら。 腕の中で、君を死なせてしまったあの時を、何度も夢で突きつけられたら。 俺はきっと狂っている。 俺が君を失ったのはたった１度だ。 その１度で全て終わった。それでもう十分だ。人が、魂の抜け殻になるのには。 だけど・・・お前たちは、繰り返し向き合わなければならない。 愛する人を遺して死んで行く悲しみに。 愛する人を失う絶望に。それでも生きていかねばならない苦しみに。 そんな場面に、これからいったい何度遭遇しなければならない？ 現実には、たった1度ですべて終わるというのに。 でも、お前はきっと、俺の出来なかったことをやり遂げる。 でも、彼女も何度もそうしようとする。いくらお前が止めても。 俺は・・・それを、こんなふうに見守るしかないのか？ ずっと、そばで。 お前達を見ていると、俺は・・・ しかし、とアルベルトはため息をついた。 何であんなこと、言っちまったんだろう。 あれじゃあ、さすがのジョーだって・・・ ふと思った。 アイツ・・・とっくに気づいて、あんなとぼけた顔を？ まさか、な。 でも、彼女は？ どちらにしても、つまらないことを口にした。 これじゃあ、ますます眠れそうにない。 酒のつまみを漁ろうと、グラスを持ったまま、キッチンに忍び込む。 調理台の上のバットには、割れたり変形したトリュフが山積みだった。 これなら、ちょうどこの酒に合う。 「ヴァレンティンス・ターク、か・・・。ったく・・・現代でもしっかり頼むぜ、聖人さんよ」 アルベルトは小さな欠片を取って口に放り込むと、グラスの中身をグイと一気にあおった。

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