蒼白い顔に、ひと筋、涙のあと。 乱れた前髪をそっと直し、毛布を肩までかけてやる。 手を伸ばし、額に触れた。熱はない。 さっき抱き上げた体も、そっと握った手も、凍えたように冷たかった。 あんな格好で、暖房もつけずにキッチンにいたのだ。 （何をやっているやら・・・） だが、脈も、呼吸も安定している。 おそらく、貧血のような状態になっただけだろう。 大したことはなさそうだ。 アルベルトは、ほっと安堵のため息をついた。 その合図を待っていたかのように、彼女はゆっくりと目を開けた。 「・・・大丈夫か？」 ええ、とフランソワーズは小さく頷いた。 「ごめんなさい。・・・立ちくらみがしただけ」 無理に微笑を浮かべようとする。 「ったく・・・」 また、ため息が出た。 「君らしくないな」 「ごめんなさい・・・」 彼女は静かに睫を伏せた。 「フランソワーズ・・・」 しばらく続いた沈黙を破って、アルベルトは口を開いた。 「君らが喧嘩したら・・・俺は、全面的に君の味方をする。もし・・・」 　その原因が君だったとしても。 「たとえば・・・そうだな・・・君が浮気したとしても、だ。それは、君にそうさせたアイツが悪い。２００％、な」 どう考えてもありえないたとえ話だが、と彼は笑って言った。 その笑顔に釣り込まれるように、フランソワーズの口元も小さくほころんだ。 「だいたい、君とジョーが喧嘩するのを見たのも、今日が初めてだしな」 そうだった。 いつもは、喧嘩にならないのに。 ジョーは、私に感情をぶつけたりしない。 優しくて、何でも受け止めてくれて。 今回だけ。あんなふうに・・・ ―――ジョーがあんなに怒ったの、初めてかもしれない。 でも・・・ 「でも、フランソワーズ。・・・今回だけは違うぜ」 「・・・？」 フランソワーズはじっとアルベルトを見つめた。 彼は優しい目で、蒼い瞳を見つめ返した。 「君には悪いが、今回は、俺はジョーの味方だ」 「アルベルト・・・」 「君の気持ちも・・・わかる。だけど・・・」 愛するものを失う辛さを、俺は知っている。 自分の目の前で。 ましてや、自分の力不足で。 守りたかった。 自分の命を捨ててでも、守りたかったのに。 まだ柔らかい体。 何も変わらないのに。 頬には一筋、涙が伝っていた。 呼びかけたら、目を覚ましそうだったのに。 なのに。 叫んでも叫んでも、瞳は閉じられたままだった。 そして―――少しずつ冷たくなっていった。 俺の腕の中で。 アイツには、同じ思いをさせたくない。できることなら。 「どれだけジョーが心配したか・・・もう少し、わかってやれ。たぶん、君が思っている以上に・・・」 アルベルトの横顔が、ふっと緩んだ。 「あの時のアイツの顔・・・」 とてもじゃないが今の君には見せられない、と彼は小さく笑った。

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