「フランソワーズ・・・」
一番見つかりたくない人に、見つかってしまった。
「何を・・・してる？」
怒りを含んだジョーの声。
「ジョー・・・どうして？」
手にしたトレイを慌てて背中に隠す。今、見られたら・・・せっかく・・・
「―――どうして？それは僕のセリフだよ。どうしてこんな時間に起きてるんだ？」
「あ・・・あの・・・でも、もう・・・大丈夫よ」
「大丈夫って顔じゃない。そんな・・青い顔して。いったいここで、何を・・」
仕方ない。
もう誤魔化せないわ、とフランソワーズは観念した。
「明日・・・あ、もう今日ね。バレンタインデーでしょ？だから・・・」
「フランソワーズ？」
ジョーの眉尻が微かに上がる。
「去年も、ちゃんと渡せなかったでしょ？だから・・・チョコレートを・・・」
「フランソワーズ！！」
だんだんジョーの声が大きくなる。
ますます怒らせちゃったわ、と心の中でため息をついた。
（どうしよう・・・最悪ね）
ジョーは低い声でうめくように言った。
「君がそんなに馬鹿だなんて知らなかった」
「・・・だって、あなたに・・・渡したかったの」
「どうして・・・今・・・そんなこと！！フランソワーズ！こんな時に何してるんだよ。僕は、そんなもの、欲しくない！」
ジョーは顔を歪めて叫んだ。
「そんなに・・・怒らないで」
「怒ってないよ。呆れてるんだ！」
「怒ってるじゃない。怖い顔してる・・・」
ジョーは肩で大きく息をした。
「そうだ。怒ってるよ。あんな無茶をして・・・。あの時、僕がどんな気持ちだったか、君には全然わかってない」
「わかってるわ。でも・・・あの時は・・・」
「馬鹿げてるよ。あんなふうに飛び込んでいくなんて！自殺行為だ！」

あの夢が本当になったかと思った。
夢でもあんなに辛かったのに。
目が覚めて、それが夢だとわかってからも、まだ僕は衝撃から立ち直れていなかったのに。
なのに・・・夢と同じ光景が、目の前に・・・。
僕が抱きしめたら、君は・・・
君を失ったら・・・僕は・・・もう・・・

「・・・ジョー・・・」
「なのに・・・どうして・・・！！」
グイ、とジョーが右肘を掴んだ。
「あっ！！」
カチャン！！！
背中に隠していたトレイが、弾みで落ちた。
ハートのチョコは型から飛び出し、パキン、と砕け散った。
「あ・・・」
呆然とするフランソワーズの足元を、トリュフがコロコロと転がる。
「チョコレートが・・・」
「そんなもの、いいからっ！来るんだ！」
「離して！！」
フランソワーズは腕を振り解いた。
「どうして？」
「フランソワーズ？」
「 あの時、動けるのは私だけだったでしょ？
　なのに、どうしてそうしろって言ってくれなかったの？」
　私は・・・あなたが何をしようとしてるか、ちゃんとわかってた。
　なのに・・・。ジェットになら・・・任せられるのに？
　私じゃダメなの？どうして？！
「フランソワーズ！ジェットと君とは違うんだ」
「何が違うの？一緒だわ！！」
フランソワーズは叫んだ。
　あの時は・・・誰かがそうしなきゃいけなかった。
　それはあなただってわかってたはずよ。
　ううん、あなたが一番わかっていた。
「フランソワーズ・・・でも・・・」
「あなただって、わかってない。私の気持ちなんて・・・」
フランソワーズは肩で荒く息をつぎながら、じっとジョーを見据えた。
「全然・・・わかってない・・・わかってないわ！！」
　もし、あなたが・・・あんな風に・・・あの夢みたいに・・・。
　私の目の前で・・・
「そんなの・・・嫌よっ！！」
激しい口調に、ジョーは一瞬ひるんだ。
フランソワーズは明らかに興奮していた。なのに、顔色は真っ青。
このままじゃ、駄目だ。
「フランソワーズ・・・・もういいよ。・・・さあ、部屋に戻るんだ」
「嫌っ！離して！！」
強引に掴んだジョーの腕を、彼女は振りほどこうと必死にもがいた。
「聞き分けのないこと言わないで。さあ・・・」
「嫌ッ！！あ・・・」
ジョーが腕に力をこめた時、小さな叫び声を上げて、彼女は床に崩れ落ちた。
「フラン・・・ソワーズ・・・？」
―――夢と同じ。
（やっぱり・・・僕は・・・君を・・・）
呆然と立ち尽くすジョーの肩を、誰かが後ろから、グイ、と掴んだ。
「何ぼさっとしてるんだ！退けっ！！」
「・・・アル・・・ベルト？」
ジョーを押しのけるようにして、アルベルトは床に倒れたフランソワーズに抱き起こした。
「ったく・・・真夜中に・・・重症の怪我人相手に喧嘩するほど、お前が馬鹿だとは思ってなかったぜ」
吐き捨てるように言うと、アルベルトは彼女を抱いたまま、階段を上っていった。

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