| 西の空に明るい月。 みんなが寝静まったころ、こっそり起き出した。 着替えずにパジャマの上にガウンを羽織ると、フランソワーズは階下に下りた。 起き上がるのは何日ぶりだろう。空中遊泳しているみたい。足元がふわふわする。 でも、大丈夫。もう、傷もほとんど痛まないし。 そっとキッチンのドアを開ける。 冷蔵庫の一番下に、大人が買って来てくれた材料が隠してあるはず。 焼き豚の塊の下敷きになっていた袋を取り出して、早速、彼女は作業に取り掛かった。 ミルクパンで生クリームを温めて、チョコレートを刻む。 まだ右手がうまく使えないから、ちょっと辛い。 奮闘しているうちに、ようやくボールの中に、とろとろした茶色の液体が出来上がった。 熱いうちにハートの型に流し込む。胸にいっぱいつまった気持ちと一緒に。 残りは少し冷やしてから、手のひらで小さい球に丸めていく。 １つ１つ、みんなへの感謝の思いをこめて。 イワンは、まだチョコレートは食べられないわね。 でも、全然ないのは淋しいから、この小さいのを１つ、あなたのために。 ジェット、ごめんなさい。今度のことで、あなたにまで嫌な思いをさせて。でも、あなたのせいじゃないのよ。 いつもありがとう、アルベルト。迷惑ばかりかけてるわね、私たち・・・。 優しいジェロニモ。あなたには、少し大きいのをね。 大人、謝々！ちゃんと全部揃えてくれたのね。 そして・・・グレート！あなたが持ってきてくれた雑誌のおかげよ。 ピュンマがチョコレートを好きなのは、ふるさとの香りがするから？ 博士、心配ばかりかけてごめんなさい。傷跡、残っても仕方ないわ。そんなこと気にしないで。 たちまちバットにいっぱいになった丸いチョコトリュフ。 ココアパウダーをまぶして・・・これで出来上がり！ 冷やしている間に、綺麗に片付けなくちゃ。 朝は、アルベルトが一番に起きて、コーヒーを入れる。 少しでも証拠を残していたら、彼にはきっとばれてしまうもの。 こんな時間に、ここで、こんなことしてたってわかったら、大変。 もしかしたら、ジョーより怒るかもしれない、とフランソワーズはひとりくすくす笑った。 ボウルや使った道具を洗い終わって、時計を見る。ちょうど２時を過ぎたところ。 もう、ハート型のチョコは固まったかしら？と窓辺に置いたトレイを振り返る。 ジョーのだけ、違う形。 みんな、ごめんなさい。いつも同じにしてたけど、今年だけは・・・。 大丈夫。固まってるわ。後は、上に文字を書くだけね。 その時、足元にすうっと冷たい空気が流れてきた。 （ドア・・・閉めるの忘れたかしら？） この匂いが２階に広がったら、みんなにわかってしまう。 慌てて閉めようとドアに向き直って、彼女は初めて気づいた。 誰かが入り口に立って、じっと自分を見つめていることに。 |