「お前がそんなだから、フランソワーズはあまり食べようとしないし、あれじゃあ回復がはかばかしくないのも無理はない」 聞いているのかいないのか。 それさえもはっきりしないジョーに、アルベルトは舌打ちをして言った。 「お前の気持ちはわかるが、もう済んだことじゃないか。無事だったんだ。いつまでも、そんな子どもじみた・・・」 拒絶する無言の背中。 窓の外を見つめたまま、しばらくしてようやくジョーは口を開いた。 「別に・・・今、話すことなんか・・・ないから。それに、もう大丈夫なことは・・・わかってるし」 おまえな、とアルベルトは声を少し荒げた。 「いい加減、意地を張るのはやめろ。ほんとは心配でたまらないくせに。ちゃんと目を覚ましてる時に行ってやれ」 こそこそ夜中に覗いたりするくらいなら。 バタン、とドアが強く閉まった。 その音を背後に聞きながら、ジョーはため息をついた。
	穏やかに眠ってた。 蒼い光。月が頬に影を落とす。 そこに、死の翳りはなかった。 でも、あの時は確かに―――もうあんな思いはしたくない。 夢だけで十分だったのに。 君の笑顔を見たら、僕は強く抱きしめてしまうだろう。 きっと、そのたびに思い出すんだ。 あの夢を。 それが現実になるかと思ったあの時を。 なのに、君は・・・いつかきっと、また同じ事をする。 そして僕は・・・今度こそ本当に君を・・・。 君に怒ってるわけじゃない。 ただ、僕がどうしていいか、自分で判らないだけ。 今夜も、白い氷のような月。 ついさっきまでこの窓から見えたのに、いつの間にか西の空に移ってしまった。 ゆっくりと振り返ったジョーに、棚の写真立ての中のフランソワーズが微笑みかけた。 いつもの笑顔。 そしてもう１枚。 俯き加減で、自分の手を眺めている。 彼が贈ったリングを、右手の人差し指でそっと撫でながら。 撮られていることに気づかずに、彼女は自然な表情で静かに見つめていた。 赤く輝く石の向こう側にあるものを。 繊細で優しい横顔。 それは、蜻蛉のようにはかなげで美しくて。 なのに、戦場では別人になる。そこでは、彼女は仲間なのだから。 君は僕よりずっと強い。 誰よりも強靭な肉体を持つはずの僕よりも、ずっと。 それはわかっているのに。 あの夢が・・・いつか本当になるあの夢が、僕を苛む。 忘れるどころか、日増しに現実味を帯びていく。 でも・・・いつまでもこうやって逃げてはいられない。 僕は、君を傷つけてるよね？ 僕の・・・この弱さで。
手にした写真を元に戻すと、ジョーは部屋を出た。 そっとノックする。返事はない。 腕の時計は、２時を指している。もう眠っていて当然の時間。 足音を忍ばせて中に入る。昨日の夜と同じように。 ベッドに近づき、そのそばに跪こうとしてハッとした。 いつもの赤いスリッパがない。布団の中は―――もぬけの殻。 「フランソワーズ？！」 ジョーは慌てて彼女の部屋を飛び出した。
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