”ジョー、怒ってるの？” 何度か脳波通信で呼びかけてみた。 けれど彼はチャンネルを閉じていた。 意識が戻ってから、もう３日目。 ベッドの上に体を起こせるようになったし、痛みも殆どない。 彼女を気遣って、入れ替わり立ち代り、仲間達が覗きに来てくれる。 だが、彼は１度も姿を見せようとはしなかった。 案外強情だったんだわ、とフランソワーズは声に出して笑った。 ずっとそばにいてくれたような気がしていたのに。 でも目を覚ましたら、アルベルトがここにいた。 （気の毒に、アルベルト。きっとジョーが押し付けたのね。 いつも・・・彼はそんな役目ばかり） 笑ったら、張り詰めていた気持ちが緩んでしまった。 途端に天井が滲み始めた。 （あなたは、きっと怒ると思ってた。でも、あの時は・・・） 私にしか出来なかった。 あの時、ジョーは近くにいたジェットを呼んだ。 でも、ジェットはジェットで敵と交戦中だった。 私にはわかったわ。ジョーが何を考えていたか。 こちら側から、敵の注意をひきつける人間が必要だと。 そう思った途端、体が動いていた。 こちらの思惑通り、敵は人質から目をそらした。 その一瞬の隙をつき、ジョーは人質を救い出した。 間に合った。ホッとした。 次の瞬間、鋼鉄の刃物が私の背中を切り裂いた。 痛みも何も感じない。 遠くなる意識の中、ジョーの声が聞こえた。 悲痛な叫びが胸に突き刺さる。 ごめんなさい。あなたを悲しませてる？ でも・・・あの夢よりはずっといい。 あなたの代わりになれるなら。 後悔してないわ。 同じ場面に遭遇したら、きっと私は何度でもそうする。 あなたがどんなに怒っても。 もう、あんな・・・思いは・・・したくないもの。 夢のあの１度だけで・・・十分。

「退屈してるだろ？」 翌朝、ひょこり顔を覗かせたグレートが、女性向けの雑誌を差し出した。 「今日は・・・何日なの？」 ２月の１３日だ、と言って彼はニコッとした。 「また今年も、姫にバラの花を贈らなきゃな。真っ赤なのをさ」 ぱらぱらとページをめくる。どこもかしこもピンクのハートでいっぱいだ。 いろんな種類のチョコレート。そしてそれに添える贈り物。 ネクタイ、時計、ペアのアクセサリ。それとも手編みのセーター？ ヴァレンタインの夜を過ごしたいレストラン。そして・・・夜景の見えるロマンチックなホテル。 （世の中の恋人達は、明日を楽しみに、いろんな計画を練ってきたのね） 自分達が、あそこで壮絶な戦いに身を投じていた間も。 羨ましいとは思わない。全然、別の世界の出来事だと思うから。 みんながそんな毎日を過ごせるようになれば、私たちの役目は終わるのね？ いつ、そんな日が来るかしら？ でも、きっとその前に・・・ 「どうしたアル？また具合悪いアルか？」 考え込んでいたせいで、ノックの音に気づかなかった。 心配げに顔を覗き込む張々湖に、大丈夫、とフランソワーズは笑顔で応えた。 「今から買い物に行くアルね。何か食べたいものあるアルか？何でも買ってくるアル」 ううん、と首を振りかけて、ふと思いついた。 ささやかな魔法をかけてみたい。 どのくらい効果があるかはわからないけれど。 ほんの少しでも、この空気の色が一瞬だけでも明るくなるなら。 「大人、お願いがあるの。わがまま言っていい？」 ページを１枚ちぎリ、小さくたたんで張々湖に渡す。 「みんなには・・・内緒にしてね」 まかしてちょーらい、と大人は胸を張った。

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