| 「オハヨウ、ミンナ」 のんびりとした声がいきなり降ってきて、３人は弾かれたようにして頭上を見上げた。 ふよふよと浮かぶ揺り篭から、おしゃぶりを咥えた赤ん坊がひょこっと顔を出して、こちらを眺めていた。 「早速ダケド、オ腹スイチャッタ」 フランソワーズの表情が綻ぶ。 「待ってて、イワン。すぐ持ってきてあげる」 彼女がキッチンへ引っ込むと、残されたオトナの男２人はバツが悪そうに互いから視線を逸らした。 それを観察してしたイワンが、 「ネエ、じょー。ぎるもあ博士ニ届ケナキャイケナイモノガアルンジャナイノ？」 「…あ」 「ソレ、博士ノオツカイデショ？」 「う…うん」 息苦しさを感じていたのか、それから解放されることに安堵したように小さくホッと息をつきながら、ジョーはキッチンを振り返った。 それからチラリとアルベルトを見、僅かに唇を噛んで…やがて、振り切るように踵を返した。 『…サテト』 イワンが残った１人を見やる。 それに気付いたアルベルトはチッと舌打ちした。どうやら自分だけに《話しかけて》いるらしい。 『狙って出て来たろう？』 『ダッテ、本当ニオ腹スイテタンダモン。一悶着起キテ、僕ノみるくノ時間ガ遅レルノハ嫌ダッタシ』 ソレト、と繋いで、 『じょーッテバ珍シク頭ニ血ガ昇ッテタカラネ。彼ト君トノ喧嘩ハ、コノ邸ノタメニモ絶対避ケタイシ。何ヨリふらんそわーずガ悲シムノダケハ御免ダモノ』 アルベルトがやっぱり、と苦笑する。 『それにしても…せめて目線で言ってくれないか。上からモノ言われるのは余りいい気分じゃない』 『嫌ダヨ。イイトコロ邪魔サレタモンデ、君、機嫌悪イモノ。オッカナイ』 一瞬呆気にとられ、ククッとアルベルトは笑った。 『笑ッテル場合ジャナイヨ。君モトットト着替エテクレナイカナ。ソンナしゃつ見セラレテ僕モイイ気分ジャナインダカラサ』 ―――まったく。口の減らない赤ん坊だ。 機嫌が悪いのはどっちだ、と心で呟きつつも、ここは一応退散した方が良さそうだと判断して、アルベルトはビデオテープの入ったカバンをひょいと抱えた。 キッチンへ顔を向ける。 「フランソワーズ、君の友人の好意、有難く受け取るよ。返却日は約束出来ないって伝えといてくれ」 「え？―――あ…」 フランソワーズが慌てて哺乳瓶を手にやって来た時には、既にアルベルトの姿はなかった。 ジョーも消えていたので、彼女の視線は自然とイワンへと流れる。 どういうこと？とそれは訊ねていたが、イワンはしれっとしてその腕の中へおさまった。 アルベルトも気になるが、彼女の心に引っ掛かったのはジョーのこと。 （どう…思ったかしら？ジョー…） 先刻の彼の表情を思い出す。 驚いてもいたような、怒ってもいたような…よく判らない。 誤解、しただろうか。もしかしたら、嫌われたかもしれない。 『気ニナルナラ本人ニ訊イテミレバ？』 ミルクを飲みながらイワンが事もなげに語り掛けてくる。 「そ…そんなこと――別に気になるとかそういうんじゃ…」 心を読まれた恥ずかしさも重なって、フランソワーズはしどろもどろになった。 『…全ク、君達ッテドウシテイツマデタッテモソウナノサ？オカゲデ周リガ落チ着カナクッテ仕方ナイジャナイ。ソレデナクタッテ、今日ハ《特別ナ日》ナンダカラ』 「え？」 落ち着かないって？、との彼女の質問を無視して、イワンは呟いた。 『じょー、今部屋ニ戻ッタミタイダネ』 「…イワン…！」 赤ん坊の意図するものに気づき、フランソワーズは頬を、桜色に染めた。 |
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