２８．告解

細心の注意を払って閉められたドアの音を、ジョーは背中でぼんやりと聞いていた。 　隙間から細く射し込んでいた眩しい光の帯も同時に姿を消し、部屋は再び重い闇に包まれた。 　雷鳴は少しずつ遠ざかっている。だが雨は一向に止む気配はない。 　ジョーはベッドの脇の床に跪き、フランソワーズの手を呆然と握りしめていた。 　稲妻に打たれたような衝撃から、いまだに立ち直れていない。全ての感覚が麻痺しているようだ。 　目の前に横たわる彼女の姿も、激しい雨の音も、自分がここに存在していることもすべて、実体のない夢か幻のように思える。 　いや、本当にこれが夢だったら、どんなにいいか。 　そう呟いたジョーの意識と感覚を、フランソワーズの手の冷たさだけが、かろうじて現実に繋ぎとめていた。 　もうこれ以上の絶望を味わうことはない。 　ここさえ乗り切れば、今さえしのげれば、必ず次の道は開ける。そう信じて這い蹲ってきた。 　けれどひとつ乗り越えるたび、儚い希望もひとつずつ打ち砕かれた。 　どこまで突き落とされればいい？ 　この闇の底はいったいどこにある？ 　なぜ―――君が……こんな……。 　これ以上彼女を傷つけないでくれ！苦しめないでくれ！ 　僕自身のことならどんなことでも耐える。命だって差し出せる。 　だけど……彼女はもう……十分すぎるほど傷ついているのに。 　フランソワーズの手を握ったままの両手を、ジョーは祈るように額に押し当てた。 　今夜は落ち着いて眠っている、と安堵していたギルモア博士に、本当のことは話せなかった。 　フランソワーズの悲痛な叫び。激しく身体を震わせて呟いた、あんな惨い言葉。 　思い出すだけで胸が切り裂かれるように痛むのに、それを自分の口で再現するなんてとても無理だ。 　なぜ―――？ 　人を殺したなんて。 　この優しい手に銃を握りしめ、人を撃ったなんて。 　なぜそんなことから思い出さなければいけない？ 『どうして言ってくれなかったの？』 『あなた……知っていたの？この手が血まみれだって』 　彼女は全身の力を振り絞ってジョーから逃れようとした。 　そして―――気を失う直前。激しい雷鳴と重なった消え入るような呟き。 『ああ……もう……わたし…………生きて……いられない……』 　なぜ……そんなことを？ 　どうして君がそんな言葉を口にしなければならない？ 　違うんだ、フランソワーズ！ 　君の手が汚れているんじゃない。 　君の手を汚したのは、僕だ。僕が君に人の撃ち方を教えた。 　この柔らかな手に銃を持たせたのは僕だ。 　銃を持たなければいけないような場所に連れ戻し、幸せな平穏な生活を奪い、君を生命の危険に晒したのも僕だ。 　そのことをもっと早く僕から君に伝えなきゃいけなかった。 　君がこうして自分を責めるくらいなら、僕に怯えていてくれたほうがずっとよかったのに。 　 　ぽた、ぽた、と音を立てて涙の粒がベッドに落ちた。 「フランソワーズ……！」 　ジョーはフランソワーズの手を握り締め直すと、そっと自分の頬に押し当てた。 　―――生きていられない、なんて。 　君が……そんな言葉を……口にするなんて。 　 　君を取り戻してから僕はいったい何をやっていたんだ？ 　君を救うことも、支えることもできずに、追いつめただけだ。 　 　僕がちゃんと話せなかったから、解くべきではない場所から縺れたままの記憶を引き出した君は、その糸に絡め取られるように逃げ場を失った。 　それでも―――そんなになっても、君は自分のことよりも僕を気遣っていた。 　人を撃ち殺したと話せば、きっとまた僕を悲しませる。 　でもそんな忌まわしい出来事をちゃんと話さないままにして、ここにはいられない。 　あなたを騙せない、と泣きながら「本当のこと」を僕に話したのに。 　 　僕は、君がそんな辛い記憶を取り戻してしまったことに打ちのめされていた。 　君は、狼狽している僕が「本当のこと」には驚いていないと気づいてしまった。 『最初からわかってたの？だから……だから……何も教えてくれなかったの？』 　いつかは話さなければならない。でも今は無理だ。もう少し君が元気になってから。 　そんな偽りの思いやりが、君をひどく傷つけた。 　僕は君を欺いたのと同じだ。 　君は思い出した記憶のせいで、自分で自分を許せないと思っている。そう思って自分を責めている。 　それだけじゃない。こんな大事なことを、早く本当のことを話そうとしなかった僕に、君は絶望したんだ。 　なんて冷たい手をしてるの？ 　こんなに冷たいのは、僕がこうして握っているから？ 　君にちゃんと話せなかった僕が、君に真っ直ぐに向き合えなかった僕が、君を凍えさせているのか？ 　でも……今、この手を離してしまったら、本当にもう二度と君を取り戻せなくなってしまう。 　君は、僕の手の届かないとこへ行ってしまいそうな気がするんだ。だから……。 　蒼ざめた透き通るような白い肌。 　穏やかな―――静かすぎる寝息。 　いつもパニックを起こした後は、夢の中でも記憶の残照に苦しめられていた。 　たった一人で闘って、懸命にもがいていた。 　目覚めている時には決して君が口にすることのない、救いのない言葉を呟きながら。　 　なのに今のフランソワーズは、ただ静かに横たわっている。 　力尽きて、心も折れ、自分の身を守るすべを失ってしまったかのように。 　今、君は本当に穏やかな眠りに包まれているの？ 　夜が明けて新しい朝が来れば、君は目覚めるだろうか？ 　辛いことがあっても、朝が来れば、また力が湧いてくる。 　君はそう言ったけれど、本当に希望はあるのか？ 　もしこのまま―――君が……。 　そんなことになったら、僕は……僕こそ、生きていられない。 　お願いだ、フランソワーズ！ 　目を覚まして。 　ここに戻って。 　僕たちがどうやって出会って、今まで何をしてきたか。 　うまく順番通りには話せないと思うけど、でも全部話すから。 　だから、僕のところに戻ってきて。 　手を握りしめ、涙に霞む目でフランソワーズを見つめ、ジョーは何度も何度も同じ言葉を呟き続けた。 　また雨の音がひとしきり強くなった。 　窓の外では、漆黒の闇が墨を薄めたような鈍色へと移ろい始めていた。折り重なった雲のグラデーションが空に重く垂れ込めている。 「フランソワーズ……」 　真冬の月の光のように蒼白かった顔も、薄明るさを取り戻した部屋の中で、ほんの少し穏やかさを取り戻したかに見えた。 　両掌で頬をそっと包む。だが、滑らかな肌にいつもの温もりはない。 　フランソワーズ、どうか目を覚まして。 　君の声を聴かせて。 　いつものように僕の名前を呼んで。 　うわ言のようなジョーの呟きに応えるように、長い睫毛が微かに揺れた。 「フランソワーズ、わかるかい？」 　右手を両手で握りしめ優しく揺さぶると、ゆっくりと彼女は瞳を開いた。 　覆いかぶさるように見つめるジョーの影が、蒼い瞳に翳りとなって映りこんだ。 　ひどい顔をしている、と博士に言われたとおり、思いつめた余裕のない茶色の眼がその中にいる。 　きっと彼女にはわかってしまう。こんな疲れ果てた顔をしていたら、また自分のせいでジョーを悲しませているのだと思ってしまうだろう。 （でも違うんだ。そうじゃないんだよ、フランソワーズ。だから心配しないで） 　とてもぎこちない、それでも今のジョーには精一杯の微笑を浮かべ、深く蒼い海を覗き込んだ。 「よかった……。目を覚ましたんだね。フランソワーズ、僕だよ。ジョーだ。わかる？」 　ジョーは優しく囁いた。だが美しい瞳は、ジョーの姿を透かすように遠くをぼんやりと見ていた。 　昨日までは、彼の声の在り処を懸命に耳で追って探していたのに。 「どうしたんだ、フランソワーズ？！」 　返答はなかった。微かに開かれた薄紅の唇は、それ以上動こうとしなかった。 　頬に震える手を伸ばしても、彼女は身じろぎひとつせず、蝋人形のように表情が変わらない。 「フランソワーズ？」 　凍えた細い身体を強引に起こし、胸に抱き寄せた。両腕は力なく身体に添ってベッドに落ちた。 　視線は、依然、ジョーをすり抜けて宙を彷徨ったままだ。 「フランソワーズ？！！」 　華奢な肩を掴んで揺さぶると、彼女の頭はその勢いのまま傾き、ゆっくりと後ろにのけぞった。 　不自然なほど大きく見開かれた瞳がそのまま揺れている。 「フランソワーズ！！！」 　そのあとの記憶がない。 　彼女の名を叫んでいる自分の声が何度も聞こえたような気がする。 　どのぐらい時間がたったのか。気づかないうちに部屋に入って来た誰かに声をかけられ、ジョーは我に返った。 「何があった？」 　……誰だ？ 　何を僕に聞いている？ 　いったい何の話をしてる？ 「はか……せ…………」 　まるでロボットの合成音のような声だ。意識とは全く別のところから反射的に出た自分の声。それをかき消すような激しい雨音を耳にした時、ジョーはようやく理解した。その途端、涙が止まらなくなった。 「フランソワーズが……」 　この場に博士がいる。ということは、この腕の中で起こっていることは夢じゃない。これは現実だ。 　昨夜からずっとここにあった現実だった。 「うむ、脈拍は正常じゃ。ジョー、いったいどうしたというんじゃ？」 「フランソワーズ！！……フランソワーズ！！」 　これは……罰なのか？ 　僕への罰？ 　だったら、なぜ―――？ 「フランソワーズ……僕だよ……お願いだ……応えて……」 　震える手で頬を撫で、そのままそっと包み込む。額に乱れ落ちた髪をかき上げ、細い身体を強く抱きしめた。耳元に唇を寄せ、真っ白な首筋にキスを落としながら、ジョーは何度も呟いた。 「フランソワーズ……！」 　なぜ……君が……こんなに苦しまなければならない？ 　君に銃を持たせたのは……人の撃ち方を教えたのは僕だ。 　なのにそれを僕は君にちゃんと言えなかった。 　僕は君の苦しみを一緒に背負おうとしなかったんだ。 　もう生きていられない―――そんな哀しい言葉を君に言わせてしまったのは、僕だ。 　やっぱり僕が君を壊してしまった。あの夢の中と同じように、君を粉々に砕いてしまった。 　僕は、どうすればいい？ 　―――僕は、君なしに生きていくことなんてできないのに。 　また頭の中が真っ白に弾ける。 　心が壊れるのはこんなに簡単なことだったのだ。 　自分の心など、こんなにも脆く崩れ去ってしまうのだ。 　でも―――フランソワーズは違う。 　ひとりで必死に耐えて、懸命に闘って、ここまで戻ってきたのに。 　僕よりもずっと強い。なのにその心を―――僕が……。 「ジョー！！」 　突然、大きな温かい手が肩を掴んだ。 　フランソワーズの上に覆いかぶさっていた身体をぐいと引き起こされる。 「いい加減落ち着くんじゃ！一度フランソワーズを横にしてやりなさい」 　ベッドに膝立ちになったまま、溢れる涙を拭おうともせずただ呆然としているジョーに、ギルモア博士は厳しい口調で言った。 「ちゃんと診てみよう。フランソワーズを離して、お前さんはそこをどくんじゃ！」 「フランソワーズ……」 　強引にフランソワーズから引き離されたジョーは、それでもまだ無意識に彼女の頬に手を伸ばそうとした。 「邪魔じゃ！」 　ジョーを押しのけ、ギルモア博士はベッドの縁に腰を下ろした。瞳にペンライトの光をあてて覗きこみ、肘を曲げ伸ばしして反応を探る。 「うむ……」 　眉間に皺を寄せ、ギルモアは思わず低く呻いた。 　今度は少し強い力でフランソワーズの小指を握る。しかし彼女の凍りついたような表情は全く変わらなかった。 　ギルモアは立ち上がるとベッドの足元に置かれた丸椅子に座り、しばらく思案するように黙り込んだ。 「……フランソワーズ……」 　枕元に駆け寄って跪いたジョーは、力なく投げ出されたままの右手を取って両手で握りしめた。 　瞬きさえほとんどしない、虚ろな瞳。 　思いつめた表情でそれを見つめているジョーの憔悴しきった横顔に、ギルモアはやがて遠慮がちに声をかけた。 「ジョー、昨日は何かあったのか？」 　うなだれたジョーの長い前髪が揺れた。 「やはり……雷に驚いただけではなかったんじゃな」 　穏やかで優しい口調に、ジョーは俯いたまま小さく頷いた。身体を震わせながら何かを言おうとして口籠り、嗚咽を押し殺すようにぎゅっと目を閉じた。 「記憶が……」 　声が震えた。 「記憶？……戻ったのか？」 　ジョーは曖昧に首を振り、握りしめた手に涙に濡れた頬を寄せた。 「ほんの……少しだけ……断片的に……。でも……」 　また声が震え、琥珀の瞳から涙がどっと溢れ出した。 「そうか……」 　ジョーは握りしめた白い手の甲と指に何度もキスを繰り返し、懸命に嗚咽をこらえた。 「余程、辛いことを思い出したんじゃな？」 　張りつめた沈黙。 　突然、不規則に上下し始めた肩にギルモアはそっと手を伸ばし、なだめるように優しく包んだ。 「もういい……。無理をせんでいいんじゃ、ジョー」 「博士……」 　茶色の瞳を揺らしながらジョーは振り返った。 「フランソワーズが……」 　打ちひしがれた目がすがるようにギルモアを見つめる。 「……銃を持って……人を………………撃ち殺した……と」 「何じゃと……？！」 　 　フランソワーズの手を抱え込むように突っ伏したジョーの肩を、ギルモア博士は何も言わずゆっくりと撫で続けた。 　嗚咽が啜り泣きにかわり、やがて静かになると、ギルモアは優しく声をかけた。 「……相当なショックを受けたんじゃな。可哀想に……。無理もない……」 　痛ましげに何度も頷く。そして今度は声を明るくして言った。 「だが、フランソワーズがこうして反応せんのは、むしろ正常な心の働きだと言えるかもしれんぞ」 　ようやく頭を起こした栗色の髪が左右に小さく揺れる。これが正常だなんて、と掠れた声が震えた。 「そんな大きなショックを受けて、平然としていられるほうがおかしい。今は心が痺れたようになっておるんじゃ。痛みも苦しみも感じておらん」 　むしろもっと早く、こうした空白の時間―――何も考えず、何も感じずにいられる時間を作って、身体と一緒に彼女の心も休めてやるべきだったのかもしれない。 「イワンが起きていれば、そのあたりはうまくやってくれたんじゃろうが……」 　まだ昏睡に近い眠りに落ちたままの００１の寝顔を思い浮かべ、ギルモアはジョーに気づかれぬようにそっと肩を落とした。 「何にせよ、皆が早く元気になってほしいと願っておるのを感じて、フランソワーズは頑張りすぎたんじゃ。そうは思わんか、ジョー？」 「博士……」 　柔らかに髪が揺れ、茶の瞳がゆっくりとギルモアを振り返った。 「いつも周りを気遣って、その思いを優先しようとするコじゃからな。自分のことは後回しにする。そういうところは全く変わらん。記憶を失ってもフランソワーズはやっぱりフランソワーズじゃ」 　目を細めてフランソワーズを見つめ、慈しむような笑みを零したギルモア博士に、ジョーも微かに表情を緩めて頷いた。 『少しでも眠って、元気にならなきゃ』 『元気になって欲しいんだ』 （そう言って、そう心から願って、僕は君を励ましていたつもりだった。だけど……） 　知らず知らずのうちに急かしていたのかもしれない。 　身体が元気になれば、きっと元のフランソワーズに戻ってくれる。そんな周りの思いに応えようと彼女は必死だった。彼女自身もそう望んでいた。そうすれば自分が本当は誰なのか、きっと思い出せる。 　だから無理をした。 　一瞬の躊躇いの後、表情を引き締めたギルモアは低い声で言葉を続けた。 「……彼女の心には、辛い記憶の断片が記憶全体を封印する楔のように、まだ何本か打ちこまれておるのではないかとワシは思う」 　 表情の変わらないフランソワーズの顔を愛しげに見つめていたジョーの背中がぴくりと反応した。 「その楔を強引に抜こうとすれば、傷口は開き新たな血が噴き出す。しかし放っておけば傷は疼き続け、いつかは心を壊してしまう」 　まだ何本か……？ 　―――まだ何本も？ 　そう言いたげに強張った背中に、諭すようにギルモアは言った。 「楔を抜くのは彼女自身にしかできない。そばで見ておるのがどんなに辛くともな。だが、何があって、どんな記憶を取り戻したとしても、フランソワーズがフランソワーズであることにかわりはない。お前さんやワシたちは必ず彼女を受け入れる。そのことをちゃんと伝えて、わからせてやらねばならん」 　たとえ生きる気力を失うような記憶を取り戻しても、自分には寄り添ってその痛みを分かち合おうとする者がいる、それがわかれば、きっと辛い記憶も受け入れられるようになる。 「分かち合う……」 　ジョーは視線をゆっくりと上げた。 「そうじゃ、人の苦しみや悲しみは、誰にも消し去ったり追いやったりすることは出来ない」 　愛する者には苦しみも悲しみもない人生を歩んでほしいと誰もが願う。だが実際には、悲しみのない人の一生などあり得ない。 　人にできるのは、その悲しみや苦しみに寄り添い、それを分かち合いながら生きていくことだけだ。 「そうじゃろう、ジョー？」 　ギルモアは目尻を大きく下げてジョーを見つめた。 　今までそうやって歩いてきたのだろう？ 　００９と００３として。 　そしてジョーとフランソワーズとしても。 　それでいい。 　そのままでいいのだ、これからも。 　少し休んだら、きっとまた一緒に歩き出せる、とギルモアの眼差しが優しく頷いた。 「だからお前さんも、いつまでも同じことに囚われておってはいかんぞ。フランソワーズは自分が何をしなければならないか、ちゃんとわかっておったんじゃ。たとえ―――その結果が望むものにならないとしても、自分を苦しめることになるとわかっていてもな」 　故郷から再び皆のところへ戻ってきたのも、自分の手に銃を持って懸命に闘ってきたのも、すべて彼女自身の意志だ。 　それはフランソワーズが自分自身で決めたことだ。 「お前さんが無理にそうさせたんじゃない。本当は分かっておるはずじゃ、ジョーも」 「博士……」 　冷え切っていた眼差しが少しずつ温んでいく。ジョーの瞳に輝きが戻りつつあるのを認めたギルモアは、声を詰まらせながら言った。 「そういうフランソワーズだからこそ愛しておるんじゃろう、ジョー？違うのか？」 　見開かれたままの蒼い瞳を優しく見つめたジョーは、自分の頬を温かな涙が伝うのを感じた。 　その滴が、白い肌を優しく撫でるようにフランソワーズの腕に幾つも伝い落ちていった。 「信じて待とう、ジョー。この時間は、彼女にとっても、今のお前さんにとっても必要なものなんじゃ。疲れ果てて凍えているフランソワーズを、ゆっくりとあたためてやりなさい。焦らずに、少しずつな」 　そうすればきっと彼女の感覚は戻る、とギルモアは穏やかな目に涙を浮かべて言った。 「記憶も同じじゃ。ワシはそう信じておる」 　静かな、だが揺るぎない決意に満ちた目で頷くと、ジョーはフランソワーズの手をそっと握り直した。

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