３

　私の９人の仲間たち。本当はみんなとても頼もしい。
　でもなぜか、それぞれとても子供っぽいところがある。
　今日の２人のおふざけには、もう慣れっこのはずだった。だけど、それにイワンが絡むと始末に負えなくなる。
　何よ、まだ赤ちゃんなのに、あんなおませな口をきいたりして。
　寝室のドレッサーの前に座り、鏡に映る自分を見つめる。大きな声を出したせいか、頬も瞼も薄い桃色に染まっていた。瞳が濡れたようにキラキラし、自分でも驚くほど強い光を放っている。
　こんな顔、ジョーには見せられないわ。もうすぐ帰ってくるのに……。
私は目を閉じ、ゆっくりと深呼吸して気持ちを静めようとした。
　でも、こんなことで笑ったり怒ったりできる“今”―――退屈さえ感じられるような日常にいられるのは、どれだけ幸せなことか。
　数日前のことを考えると夢のようだ。あの激しい戦闘の中で、仲間の誰かが命を落としていたとしても不思議ではなかった。
　穏やかな人間らしい生活に戻れたことを、感謝しなければ。どうか、もうしばらくの間だけでも続きますように。

　―――と、背後に気配を感じて顔を上げると、そこにはジョーの姿があった。
　じっと私を見つめている優しい茶の瞳は眩しげで、眼を合わせるとなぜか恥ずかしくなってしまった。
　鏡の中の視線から逃れるように、私は慌てて後ろを振り返った。
「お帰りなさい、ジョー」
「ただいま、フランソワーズ」
　ゆっくりと近づいてきた彼は、間近に顔を寄せてじっと覗きこんだ。
「イワンたちが心配してたけど、何かあったのかい？」
　何かあったですって？心配してただなんて、よく言うわ。
「あれ……？」
　柔らかな茶色の瞳が愉快そうに踊る。
　ジョーは私の両腕をそっと取った。
「フランソワーズ、怒ってるのかい？」
　どうしてそんなに呑気なの？みんな、あなたのことをあれこれ言っていたのよ。あの三人、あなたに面と向かって言う勇気なんてないのに……。
　また漣が立ち始めた心を、私は懸命に抑えた。
「怒ってなんかないわ……いいの、何でもないのよ」
　私はジョーの手をそっと振りほどくと、立ち上がってベランダに出た。
　強烈なエネルギーを振りまいていた太陽はようやく表情を和らげ、西の空で黄金の林檎のように輝いていた。空も海も茜色に染まり始めている。薄いヴェール状にたなびく雲は少し紫を帯びて、これから訪れる夜の気配をひそやかに告げていた。潮風が髪をそよがせ、なだめるように頬を撫でていく。
「きゃっ！」
　急に後ろから抱きすくめられて、私は悲鳴を上げた。
「ん…もう、何するの？！」
「ちょっと怒った顔も可愛いけどね……」
　力強い腕の中でくるりと反転させられ、あっという間に唇を奪われる。
「ん…っ」
　息が止まりそうなほど苦しくて、私は懸命にもがく。けれどジョーは離すどころか、私の体の動きを封じるように腕にいっそう力を込めた。
「ダメよ、ジョー……やめて！」
「どうして？」
「どうしてって……みんながいるわ」
「大丈夫だよ。あの２人、足りない材料があるから、イワンを連れて買い物に行って来るってさ。君のことをよろしくって」
　額と額をくっつけ、両肩を優しく抱いて、彼はあやすような口調で言った。
「よろしくって何…あっ」
　ふわりと抱きあげられた。悪戯な風がワンピースの裾を翻す。
「フランソワーズ……」
「でも……」
　目が眩んだ。もがけばもがくほど彼の動きも大胆になることがわかっていたから、私はあきらめた。
「フランソワーズ、やっと……」
「イヤ……」
　そう呟くのが精いっぱいの抵抗だった。
　力では彼にはかなわない。自分にそう言い訳して、私は波のように襲いかかってくる甘美な衝撃に完全に身を任せた。
「フランソワーズ…！」
　少しかすれたジョーの切ない声が、耳を優しく愛撫する。
　彼は何度も何度も私の名を呼んだ。
　防護服を脱ぎ捨てた私たちの、人としての肌のぬくもりを確かめるように、彼は何度も私を抱きしめた。
　輪郭を目と指と唇で繊細にたどられるうちに、私の意識と身体はあっという間に溶けていった。


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