２

“ウフフ、イイジャナイカ、ぐれーと”
そう、こういう時は、いつもイワンが助け船を出してくれる。
でも―――
“ふらんそわーずガ良イッテ言ッテルナラ、キミガ心配スルコトナイヨ”
「そりゃそうだけどさ」
　目の前にふよふよと浮かんでいる揺りかごを見上げ、持論の展開を遮られたグレートは不服そうに言った。
“デモ確カニ、じょーハ何デモ全部『ふらんそわーず…』デ、スマシチャウヨネ。チョットズルインダカラ。ソウダ、ふらんそわーず、アレヲ作ッテアゲヨウカ”
「あら、なあに？」
“前に君ト行ッタおもちゃ屋デ売ッテタンダ。ソレクライナラ、今スグニ出来ルヨ”
イワンは揺りかごの中から一枚のパンフレットを取り出し、グレートの手の中にパラリと落とした。
「何アルね？」
「バウリンガル―――犬の鳴き声を声紋分析し、『フラストレーション』『威嚇』『自己表現』『楽しい』『悲しい』『欲求』の感情に判定。さらに、『ゴキゲン度診断』では、自己主張度・満足度・イライラ度・攻撃度を５つ星で表現。『ちょっと寂しいワン、もっと遊んでね』など百種類の文章で感情を音声変換する。『なかよし度判定』では、蓄積データをもとに百点満点で仲良し度を判定。犬のしぐさを分析する辞書機能なども搭載―――」
“モチロンボク特製ノハ、『わんわん』ジャナクテ、『ふらんそわーず…』ヲ変換スル仕様ニナルケドネ”
「あはははは！そりゃいいや！」
　グレートはおなかを抱えて笑った。
「なるほろ、確かにジョーの『フランソワーズ…』にも、そのくらいのバリエーションがあるアルね！」
“デモ今サラキミタチニハ『仲良し度判定』ナンテ必要ナイカナ？”
「もう、イワンたらっ！」
　いつもこう。助け船を出してくれるふりをして、意地悪するんだから。
「失礼ね、そんなの要らないわ！だいたい、どうしてあなたがこんなもの揺りかごの中に持ってるの？」
ちょうど顔の前に降りて来たイワンを、私は上目遣いに軽く睨んだ。
“イツモ妙ニ親切ナ、若イ店員ガイタダロウ？彼ガ裏ニ携帯番号ヲ書イテ、僕ノべびーかーニ突っ込ンダンダヨ”
「０９０……って本当に番号、書いてあるアル！フランソワーズ、ナンパされちゃったアルか？！！」
「私、何も聞いてないわ」
“僕ハ、揉メ事ハ好マナイ平和主義者ダカラネ。じょーガ本気デ怒ッタリシタラ怖イシ”
「そりゃそうだ」
　グレートは大きくかぶりを振った。
「そうアル！“今回”だってフランソワーズを狙った敵を、ジョーは情け容赦なく、そりゃもう徹底的にコテンパンにやっつけてたアルし……ワテ、隣で見てて、正直、本気で怖かったアルよ。だから、もしこんなことジョーに知られたら……くわばら、くわばら……アル」
大人は丸い体を震わせた。
“ソウ言エバ、アノ店員、シバラク姿ヲ見ナイケド、ドウカシタノカナ？無事ナノカナ？……マア、ソレハトモカク、ぐれーと、余計ナオ節介ハ、ヤメタマエ。心配シナクテモ、チャント２人ノ間ニハ子孫ダッテイルンダシ、大丈夫ダヨ”
　私は黙っていたけれど、イワンが何か言うたびに、眉の角度が上がっていくのを自覚していた。
“イツモ目ノ前デいちゃツカレテル僕ガ言ウンダカラ、間違イナイヨ”
「まあ、ジョーのヤツ……『愛してる』はないくせに、時々我々をびっくりさせるようなことを、平然と言ったりしたりするよな。戦場でのイチャイチャは昔っからだったけど」
“ダロウ？”
「確かにそうアルね！戦場で抱き合う２人は、普段よりもずっとロマンチックあるヨ」
３人はコンロの前で顔を見合わせ、大げさに頷き合った。
「前にパリに一緒に行った時も、『お邪魔？』って聞いたら、『邪魔って言っても、どうせついてくるんだろう？』なんて、さりげなく余裕をかまされる感じでさ」
「そう言われてもノコノコついて行ったアナタは、まことに無粋で情けないネ。オトナの恋愛云々を語る資格ないアル」
“ソウダヨ、ぐれーと。僕ダッテコウミエテ、結構２人ニ気ヲ遣ッテル。イツモ周囲ノ状況ヲ探ッテカラ、目ヲ開ケルヨウニシテルシ。ソノママ寝タフリシナキャイケナイコトモ、多イケドネ”
「イワン、そこにいると湯気があたってやけどするわよ」
私はつとめて穏やかな低い声で言った。
「そうそう、例の未来人の子孫が登場した時だって、ジョーは驚きこそすれ、顔も赤らめてなかっただろ？当然、って感じでさ」
「確かにそうだったアル！」
「エット…ソロソロ２人トモ…」
「子孫と言えば……ほら、大人！あの夜だって俺たちジョーにここで、さんざん待たされたよな」
「グレート、お鍋が焦げてるわ！」
「あの夜……ってリナちゃんに出会った夜アルか？」
「そうそう！いつまでたっても出てこないから、心配して見に行こうとしたら、部屋から……」
「いい加減にして！もう、知らない！」
私は温めたミルクをそのままにして、キッチンを飛び出した。  


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