| ４．（おまけ） 研究所に戻ってすぐ、張大人とグレートは気合いも新たにキッチンで動き始めた。 テーブルは既にセッティングが済んでおり、あとは豪華でボリューム満点の、大人の自信作が出て来るのを待つだけである。 そして最後を、フランソワーズお手製のチョコデザートで飾る。 …それで暫く、パーティとはおさらばだ。 「置いてきぼりは酷いんじゃないか、お嬢さん？」 リビングへ通じる廊下で声をかけられ、フランソワーズは振り返った。 非常に疲れた様子で、赤毛の青年が階段を降りて来た。 「でも、ちゃんと帰って来れたでしょ？」 ニコリと微笑って答える彼女に、ジェットはあのなあ、と溜め息をついた。 「そういうコトじゃねェだろ」 「今帰って来たの？」 「そうじゃねぇけど…おかげで散々マギーに付き合わされてくたくただよ」 彼は昔に交際していた女性を邪険にするような男ではない。今日も今まで仕方なくとはいえ、買い物やら何やら色々と付き合ってやったのだろう。 フランソワーズはちょっぴり申し訳ない気持ちになった。マギーがあの場にいたのはただの偶然だったろうに。 「すっかり俺の予定が狂っちまったんだが…責任とってくれるか？」 「え…え？」 気がつくとじりじりと追いつめられ、壁を背にしていた。 左右を逞しい腕で遮られ、身動き出来ない。微かに感じる、煙草の匂い。 責任って何よ、と言いたくても声が出なかった。それ程、すぐ傍にある青い瞳は真摯な色を帯びていて。 「俺…冗談で言ってるんじゃねぇぜ…」 「ちょっと…待って…！」 「ヤなこった」 「…ジェット？？君に電話だけど！」 突然、廊下に険のある声が響いた。びくっとして振り向いた先に、ジョーの笑顔があった。 「フランチェスカって女の人だよ？携帯が繋がらないからこっちにかけたって怒ってるけど」 げっ。 そんなにハッキリ滑舌良く喋るなっっっ！ 「一緒にいた女は誰だ、って。今日会う約束してたのは私じゃないの、って言ってるけど？」 「約束…？」 フランソワーズが反応した。 「ち、違うんだよ！アイツが勝手に約束ね、って決めて…俺は…！」 彼女の眉がキリリと上がる。 「…そんな約束しておいて！やっっぱりアナタって…私をからかってるだけなのね？！」 悪いと思って損したわ、とフランソワーズはジェットから離れ、ずかずかとリビングへ向かって行った。 「ちょっ…おい！！」 「…とにかく。出てくれよジェット」 女性の金切り声がキンキン響く電話の子機を渡して、氷の笑顔のままでジョーは言った。 ―――この野郎！後で憶えてろよ！ ジェットの心の叫びを、ジョーは涼しい顔で無視した。 「はいな！どんどん持ってってちょーだいアル！」 豪華な大皿料理がダイニングに運ばれてゆく。 「うわぁ…美味しそう…！お疲れ様でした、大人」 「何のこれしき、アル！さあさあ、みんなそろそろ席につくヨロシ！アンタはんも早く来るアルよ」 フランソワーズはキッチンを振り返る張々湖の視線を追った。 「ああ、判ってる」 …アルベルト？ 彼は洗い終わったコーヒーカップを拭いて、棚に戻していた。 「これ…」 「…さっき地下のギルモア博士とジェロニモに持って行ったのさ。たまには一服しないとな―――そろそろ食事の時間だから上がってくるようにとも言ってきたぜ」 「有難う…！私も気にしてたのよ…」 感嘆と尊敬の眼差しで、アルベルトを見上げる。 「ちょっと几帳面過ぎるかもしれないけど…あなたっていい旦那さまになれるかもね」 「……それは世間一般の意見か？…それとも」 淡いブルーグレイの瞳が静かに彼女を捉えた。 「…君個人の見解か…？」 「え」 …やだ。 どうしてそんな熱っぽい目で見るの…？あなたの瞳はこんなに淡く薄い色なのに… フランソワーズは堪らず目を逸らした。 何故だか判らないけど、その奥にある燃えるようなものに触れてはいけない気がした。 「博士たち…遅いわね、見てくるわ」 赤く染まった頬を彼の視線から隠すようにして、フランソワーズはキッチンを後にした。 そのほっそりとした後姿を見つめ、 ―――…可能性は０じゃない、か？ アルベルトは心の中で呟き、僅かに口元を綻ばせた。 「……」 『何？間ニ割リ込メナイワケ？』 （わっっ！！！） ２人の様子を陰から見ていたジョーの前に、イワンの揺り篭が現れた。 『そ…そうじゃないけど』 『マア確カニふらんそわーずハあるべるとニ、君トハマタ違ウ近シイ感情ヲ持ッテルケドネ』 『僕とは違うって何だよ？』 ジョーはあからさまに不愉快な顔をした。 ホラ、食イツイテキタ。 少シクライ煽ッテモイイヨネ？君ハ皆ノ女神ヲ独リ占メシヨウトシテルンダカラ！ 『兄妹トモ違ウシ…恋愛ッテホドデモナイカナ…何テ言ウンダロウネ、コウイウノッテ』 デモネ。 イワンは続けた。 『油断シテルト危険ダヨ。恋愛ニ発展スルノハ些細ナコトデ充分ナンダ』 ソノ通リダヨあるべると。可能性ハ０ジャナイ。 『君ガシッカリ捕マエテナキャ、攫ワレテモオカシクナイッテコトサ』 『……』 『所詮ハ男ト女ナンダシ』 イイモノ見セテアゲルヨ…との声と同時に、ジョーの手は１巻のビデオテープを持たされていた。 『…何だい？これ』 『難シイ話ダヨ。ふらんそわーずニハ、ソノ主人公ガあるべるとニ見エルミタイダネ』 まじまじとジョーはパッケージを見つめた。その解説に目を通す彼の眉間に皺が寄ってゆく。 『ソノ映画ミタイニナラナイヨウニ気ヲツケルンダネ♪』 固まったままのジョーを残し、イワンは満足げにリビングへ戻った。これが歩いているなら多分、鼻歌混じりでスキップ、という所だろうか。 ―――ソレデモ実際ハカナリ低イぱーせんてーじサ。ふらんそわーずガ心変ワリスルナンテ余リ考エラレナイシ…あるべるとニダッテ忘レラレナイ想い出ガアルンダカラ。 …頼ンダヨ。頑張ッテネ…じょー。 …ダイニングでは、宴が始まろうとしていた。 ★ ★ ★ ―――はあ…。疲れた。 部屋へ戻るなり、ジョーはベッドへ倒れるようにして突っ伏した。 フランソワーズ…寝ちゃったかな…？ 少しアルコールのまわった頭で、彼女のことを考える。 男性陣からのプレゼントを抱えて嬉しそうなフランソワーズ。 目が合うと、恥ずかしそうに微笑むフランソワーズ。 …そうだ。今日から僕達は…ただの友達、じゃなくなったんだよね…？ 僕のプレゼント、喜んでもらえて良かった。キス…くらい、したかったな…。 《あなたにあげたいものが…》 恥ずかしそうに頬を染めて僕を見つめた碧い瞳。 その手には、僕だけのために作ってくれたバレンタインの… ―――あっ！！！ ジョーは慌てて飛び起きて、上着のポケットを探った。 《そんなトコロに入れたら溶けちゃうわ》 《そう簡単には溶けないよ。それより失くしちゃった方が大変だろ？》 もうっ、とフランソワーズは微笑ってたっけ…。 …すぐに部屋に帰って、大切にしまう予定だったのが、張大人に捕まり手伝いをさせられ… そのまま、ポケットに入れっぱなしだった。 時計を見ると、０時１分前。１４日のうちには辛うじて間に合う。 「…！…」 開いた箱の中には、ハート型をした小さなチョコレートが何個か並べられていた。 彼女はありきたりだ、と言ってたけど…とんでもない！ 感激したジョーがそのうちのひとつを口にしようとした、その時。 彼は、そのハート型が…見事にひび割れていることに気がついた。それも、全部。 「嘘だろ…？」 ジョーの脳裡に、何故かニッと勝ち誇ったように笑う赤毛と銀髪の青年の顔が過った。 一瞬にして、酔いがさめた。 途端、時計の針がきっちりと０時を指した。 ★ ★ ★ 彼氏が前途多難、と頭を抱えている頃――― （おやすみなさい、ジョー） そうとも知らず、フランソワーズは彼からのプレゼントを胸に抱き締めながら、既に幸せな夢の中だった。 ……あるときの２月１４日。 お姫さまの、多忙な一日の話。 |
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