| White Illumination |
| 宿泊しているホテルのロビーを横切り、駅前通りに面した東側玄関へと向かう。 「１８時半って、もしかしてピークなんじゃない？」 フランソワーズは人ごみの中、ジョーの耳に顔を寄せて言った。 正月気分が未だ抜けずにいる世間で、会社帰りに一杯やっていくかという連中が、丁度溢れる時間帯。 そしていかにも待ち合わせらしい若者たち。 その中には、自分たちと殆ど年恰好の違わない子も大勢いる。 ―――きっと、私たちみたいに冬休みを利用して来ている人も沢山いるんだろうな、とフランソワーズは微笑んだ。 ・・・私たちみたいに？ 思わず恥ずかしくなり、彼女はうっすらと頬を赤く染めた。 「ま、いいじゃないか。見られりゃさ」 笑顔のジョーと目が合い、そうね、と頷く。 自分の腕に手を廻して身体を寄せる彼女を、ジョーは愛しそうに見つめた。 『ホワイトイルミネーション、冬休みになったら見に来よう』 昨年の修学旅行中、彼女に言った自分の言葉を思い出す。 ・・・それからたった２ヶ月程しか経っていないのに、学期末を迎え冬休みに入るまでの間、どんなに長かったことか。 旅行中のあの一件以来、元帥のフランソワーズへの「接触」はパッタリと止んだ。おかげで、彼女の涙を見ることはなくなったのだが・・・ どうやら反省どころか、いわゆる逆ギレというやつなのだろう、彼のジョーへの嫌がらせは輪をかけて執拗になった。 『覚えてろよ、そろそろ３年生になるからって安心するなよ、お前なんかいつだって退学に出来るんだからな』 終業式で彼が自分に言い放った台詞。 ―――馬鹿か。教師が生徒に向かって言うセリフかよ・・・少しは成長しろよな。 反論する気にもなれなかった。相手にするつもりはないのに向こうからいろいろと仕掛けてくる、そのしつこさ。 一発殴ればスッキリするだろうかと思ったが、それこそ彼の思うツボになってしまう。 ジョーは必死に衝動を抑えた。 ・・・全て、彼女がいるから。フランソワーズの笑顔があったから、耐えられたんだと思う。 ＊＊＊ やっと迎えた冬休み、そして今朝の羽田空港での彼女・・・。 『今日が待ち遠しくって・・・嬉しくて、あまり眠れなかったの』 恥ずかしそうに言うフランソワーズを見て、ジョーは身体が熱くなるのを感じた。 そういえば―――自分はクリスマスイヴから彼女の肌に触れていない。２週間近くも。 ２人きりの旅行、２人きりの時間・・・。 ―――慌てなくたってその時は必ず来るから落ち着けよ、はやる気持ちを何とか抑え、ジョーは自分に言い聞かせた。 ＊＊＊ 「綺麗・・・！」 通りを彩る淡い光に、フランソワーズは目を奪われた。 「雪、降らないかしら。とってもロマンティックになるのに・・・」 夢見る少女のように目を輝かせてはしゃぐ彼女。 「この先ずっと続いてるの？素敵よね」 「確かススキノあたりまでこんな感じの筈だぜ」 えっ、とフランソワーズは彼の言葉に頬を赤らめて俯いた。 「あ・・・そうなの・・・」 ？と首を傾げたジョーは、彼女の表情を見て、ある事に気付いた。ははーん、と意味深な笑みを浮かべる。 ちょっとからかいたい気分になった。 「何考えてんだ？”そういえばススキノって去年来たわ〜、どこかで彼氏といい事したっけ”とか考えてんだろ。うわぁ、Ｈな奴ぅ〜」 フランソワーズは耳まで真っ赤にして、彼の背を軽く小突いた。 「そんなこと・・・！・・・・だって・・・・意地悪・・・」 自分の白いダウンの腕に顔を隠すようにして俯く彼女の仕草に、ジョーはドキリとした。慌てて視線を逸らす。 彼女と同様、頬が熱くなるのを感じた・・・いや、顔だけじゃなく。 ・・・全く、素直に反応する身体は正直だ。 ―――着込んでて良かった、とジョーは厳寒の北海道に感謝した。 ＊＊＊ 色彩も鮮やかな光がいろいろな姿を形作って大通公園を飾っている。 感嘆のため息ばかりで、言葉もなく魅入ってしまう程の美しさ。 夢の世界みたい、とフランソワーズは言った。 ピッタリと寄り添い、微笑みを交わす。 ”木”を見立てたイルミネーションの前では、何組ものカップルが写真を撮っていた。 それにならい、ジョーとフランソワーズも通行人に頼んでツーショットを撮影してもらった。 彼女が持ってきたデジカメには、既に何ポーズもの彼らの姿が収まっている。 「そんなに撮ってどうすんだよ」 「いいの！２人で来たっていう証なんだから」 嬉しそうなフランソワーズを見つめ、ジョーも目を細めた。 自分は写真が苦手だった筈なのだが、彼女の笑顔を見ているとそんなことはどうだってよくなってくる。 不思議だよな、と彼は思った。 考えてみれば、彼女と出会ってからの自分はいろんな意味で少しずつ変わったような気がする。 癒されたというのか、つまらない心の壁を溶かされたというのか。 きらめく光の中のフランソワーズ。 ―――舞い降りてきた俺だけの天使。 「それに・・・あなたの優しい笑顔、独り占めしたいんだもの」 はにかむように彼女が言った。 ああ―――それは俺の台詞だよ、フランソワーズ・・・。 たまらなく愛しくなった。 臨界点突破、と彼はため息混じりに呟いた。 「え？」 「―――帰ろう」 彼女の手を握り、ジョーは来た道を戻り始めた。フランソワーズは驚いて目をしばたかせた。 「ちょっと待って、ジョー！・・・なぁに？どうしたの？」 「殆ど見たから・・・帰ろう」 「でもまだ時間があるし・・・ねぇ、待って」 「待てない」 不意にジョーは彼女を振り返った。 「待てないよ、もう」 熱っぽく自分を見つめる茶の瞳。その思いを察したフランソワーズの心臓が、とくん、と音を立てた。 手を握るジョーの指に、優しく、しっかりと力が込められた。 ＊＊＊ シャワーを浴びたいわ。 ホテルの部屋に戻るなり自分を抱き締めたジョーに、フランソワーズは小さな声で哀願するように言った。 バスルームの鏡に映る自分を眺め、両の手で頬を覆う。 「いやだわ・・・こんなに真っ赤になってる」 寒さのためか、それともこれから訪れるだろう歓喜に打ち震えているためか。 間違いなく後者だ。 『本当？！やるじゃないの、学校一の才媛も！』 親友の恵理子の声が脳裡に甦る。 『島村くんと２人きりで旅行だなんて・・・学校中の男ドモの悲鳴が聞こえるわ〜』 『もう、恵理子ったら。・・・それでね、お願いなの。あなたと行く、ってことにしたいのよ。でなきゃお兄ちゃんが許してくれるワケないもの』 騙すのは嫌だが、それ以上にどうしてもジョーと行きたい。 『そうねえ、愛する妹が男と旅行だなんて知ったら！・・・任せて♪ちゃぁんと口裏合わせてあげる。その代わり、今度私が彼氏と何処か行く時は宜しく頼むわよ』 『うん！有難う』 ふふ、と恵理子はウインクした。 『楽しんでくるのよ♪くれぐれも失敗だけはしないように、って島村くんに伝えといて』 彼女の言っている意味を理解して、フランソワーズは真っ赤になった。 『恵理子っ！』 ２人の楽しそうな笑い声が、始業のチャイムの音に重なった。 『札幌は寒いだろう？風邪ひかないようにしろよ。・・・恵理子ちゃんは元気かい？』 昼頃、ホテルに着いてから兄のジャンに連絡をした。 声の調子は普段と余り変わらないように思えた。・・・疑って恵理子の家に確認をするような兄ではないが、何となく―――フランソワーズは、ジャンが全てを承知している上で芝居をしているような気がした。 ジョーと交際をしていることは既に知られている。男と女の関係になっていることも。 勿論、初めは憤慨したが――２人が高校生であることで――ジョーが学校で噂されている程の不良ではないと判っているし、妹を本当に愛しているのだということも、よく理解してくれている。 今は”黙認”している状態だった。 どちらにせよ、ジャンに嘘をついていることはフランソワーズの心を痛めていた。 『気をつけて・・・楽しんでおいで。いい旅にするんだよ』 裏に”彼に宜しく”という言葉が隠されているような気がして、フランソワーズは胸を熱くした。 『うん・・・お兄ちゃん・・・有難う』 ＊＊＊ クリスマスイヴ以来？２週間も何もなかったなんて。きっと、ジョーはもう・・・。 ”待てないよ”先刻の彼の言葉。カーッと身体が火照ってくる。 （変よね・・・緊張してるなんて・・・） シャワーを浴び、身体を洗ってバスルームを出る。 ふう、と一息ついてバスローブを羽織ろうとしたとき、静かにドアが開いた。 「ジョー・・・！」 驚いて身体を隠す彼女にジョーは近付いた。 「遅いよ―――待てないって言っただろ」 「駄目、私こんな格好で―――」 「・・・どうせ脱ぐんだから同じだよ」 そう言うと、ジョーはまだ濡れたままのフランソワーズの身体を抱き締め、唇を重ねた――― ベッドの中、ジョーの腕に包まれながら、フランソワーズはふと窓の外を見やった。 「あ・・・」 ん？と彼が気だるそうに答える。 「見て、ジョー・・・雪が降ってるわ・・・」 顔を上げたジョーの目に、綿のような雪がふわふわと舞い降りているのが映った。 「ホントだ・・・」 「・・・素敵だわ・・・」 暫く見入ると、フランソワーズはジョーの腕に頭をもたげた。 「来てよかった」 「俺もだよ・・・」 微笑い合うと、２人は幸せそうに互いの身体をそっと抱き締めた。 ＊＊＊ それから幾日かが過ぎ、３学期を迎えたある日。 ジェットは本屋で雑誌の立ち読みをしていて、ん？！と眉を吊り上げた。 少しＨ系の特集が人気の男性誌。ジェットの愛読書である。 ”街で見かけたオイシそうな女のコたち”という特集記事。そのトップに載っているカップルを見て、ジェットは「マジか？！」と声をあげた。 大分ボヤけた写真で女の子寄りのショット。顔の部分は隠されているが、男の方はよく知っている栗色の髪の長身の少年に酷似していて、女の方は憧れの学校のマドンナによく似た亜麻色の髪の乙女が映っていたのだ。 ”フランス美人とみたこのカワイコちゃんはダウンを着ているにも関わらず、それとよく判る程のナイスバディ！ソフィ・マルソーもジュディット・ゴドレーシュも真っ青の超美少女！！・・・”などと、次第にお下劣な方向の話題になっていくコメントがつけられていた。 これは誰が見たってアイツらだ――― ”ホワイトイルミネーション開催中の札幌にて”？！ あの２人、また札幌に行ったのか？冬休み使って？２人きりで？こんなにベタベタして？ 「チキショウ、やってくれるじゃねえか・・・」 雑誌に撮られてたなんて知ったらジョーの奴、どんな顔するかな？ ハインリヒの奴にも見せてやろう。さぞ不機嫌になることだろうな。 いくら公認の仲でも、許せることと許せないことがある。非公認ファンクラブとはいえ、会長のこのジェット様に内緒で我がフランソワーズを独り占めするなどと。 ―――これはとっちめて、洗いざらい、一部始終を白状させねぇと♪ あのジョーのことだから、素直にこっちの言う事を受け入れるとは思えないが。 「隠し事は出来ねえな、ジョー。こういうのはひょんなことから露見するもんだぜ」 そう言うと、ジェットは楽しそうに笑った。 - fin - |