| 梅雨明けと共に、連日３０℃を超える暑さが続く。 「どこか・・・涼しいところに行きたいわ」 カラッとしたヨーロッパの気候になれているフランソワーズには じっとりムシムシの日本の夏は、ことのほか辛いだろう。 どこか、涼しくてロマンチックなところに、２人で避暑に行こう。 日本のグリンデルワルド 梓川の清流 本屋で見かけた信州のガイドブックに、ジョーはピンと来た。 バスが入れる上高地はすごい人だろうが、３０００ｍまで登ればそこは別天地。 自分たちは、チベットだってポポカテペトルだって、へいっちゃらのサイボーグなんだから。 「ここは、日本で３番目に高い山なんだよ。ここから見える景色を全部、君にあげたい」 誰もいない穂高岳の山頂で２人きり・・・。足元には雪渓とエーデルワイス。 雷鳥の親子連れ。自然の中で思いっきりリラックスして・・・。 一人妄想にふけるジョーだった。 ジェットの大型ワゴンを借りて、研究所を出た。 中央自動車道の黄昏 フロントグラスを染めて広がる 片手でハンドルをもって、片手で肩を抱いて 「なあに？ジョー、何か言った？」 愛してるっていってもきこえない 風が強くて 「おい、ジョー。窓閉めてくれよ。後部座席にモロ吹き込むんだよ。セットが乱れるぜ」 山に登る、といったらジェットは目を輝かせた 「登山のことなら、何でも俺に聞いてくれ」 頼もしい一言だった。何から何まで用意してくれた上に､スケジュールまで。 「自家用車じゃ上高地まで入れねえから、手前の駐車場に車を置いて、朝５時の始発のバスに乗る。だからこっちを夕方出て、車で仮眠・・・このプランしかねえだろう」 く、車で、か、仮眠？ 「俺のワゴンを使えよ」 シートがフルフラットになる、あれを？２シーターより・・・やっぱり・・・何かとよさそう。 ジョーは生唾を飲み込み、必死に妄想を振り払った。 だが、話がうますぎる。何か変だと思ったんだ・・・ 「はあ・・・」 ため息をつくジョーに、後部座席から声がかかる。 「どうした？ジョー、運転かわろうか？」 「いや、いいよ。ハインリヒ」 ったく・・・どうしてこうなるんだ？ 「疲れたの？ジョー、何か飲む？」 優しく隣で微笑む君。２人きりのはずだったのに・・・。 本職のレーサーが３００ｋｍやそこらの運転で疲れるわけがない。 だが、精神的ダメージが大きすぎて、ジョーの顔には疲労が滲んでいる。 真夜中に駐車場についた。ずらっと並んだ他府県ナンバーの車。 「すごい人だな」 「ああ、明日からはもっと増えるぞ。連休だから・・・」 なにやらあの２人が話しているが、もうどうでもよかった。 「ジョー、ホントに大丈夫？」 フランソワーズが心配そうに顔を覗き込む。 「おい、シート倒すか？」 えっ？なんでだ？４人で並んで寝るってコトか？ 「フランソワーズ、横になった方が楽だぞ」 「そうだ、後ろの席を全部倒すから、キミはこっちへ来いよ」 なんで「キミは」なんだよおおお！！ 「ううん、大丈夫。リクライニングするだけでいいわ。 でもジョーが、何だか疲れてるみたいだから、横にならせてあげて」 「・・・いや、僕は大丈夫だ・・・」 頭がガンガンする。 と、フランソワーズがそっとジョーの手をとった。 「フランソワーズ・・・」 「大丈夫？」 「あ、ありがとう。大丈夫だよ」 ホントは君と２人っきりのはずだったのに・・・。 ほとんど眠れないうちに、空が白み始めた。 「さあ、行こうぜ」 ジェットはやけに張り切っている。 「まあ、今回は山小屋泊まりだからな。大した装備もいらないが・・・」 「でも・・・テントにした方がよかったかもな。５人用のテントがあったんだが、持ってくりゃよかった」 ととととんでもない！山小屋でよかった、と胸をなでおろすジョーだった。 「涼しいわね・・・。ほんと素敵なところだわ。ありがとう、ジョー。連れてきてくれて・・・」 そう言って、君は僕をじっと見つめる。なんてキュートなんだろう。 長袖のポロにチノパン、首に巻いたバンダナ。 登山者はみんな同じような格好をしているのに、君だけ輝いて見える 澄んだ空気や清らかな水の流れよりも、もっともっと君のほうが美しい。 リュックの胸ベルトのせいで・・・きみの豊かな胸がくっきりと・・・ ――ああ、だめだだめだ！ ジョーは頭を振って妄想を振り落とそうとした。 「さあ、こっからが登りだ。一番楽だからフランソワーズを２番目にして・・・ジョー、先頭行くか？急な段差やはしごもあるし、ちゃんとエスコートしろよ」 ジェットに言われるまま、先頭を歩いた。 時々振り返ると君はにっこりと微笑んでくれる。 「その石、浮いてるから踏んじゃダメだよ」 「・・・ありがとう、ジョー」 これだ。こうじゃなくっちゃ。 だが、後ろの２人は妙に楽しそうだ。 気になりながらも、黙々とジョーは前に進んだ。 さすがはサイボーグの一行。次々と前を歩くパーティーを抜かして行く しかし道幅が細い急登で、完全に前がつかえてしまった。 「熟年パーティーか・・・」 「今はやりだからな。中高年ばっかで若い子なんてほとんど見かけないからなあ。 うちのパーティーぐらいだろ、カワイコちゃんを連れてきてるのは」 這うようにしてよじ登るような急斜面にさしかかる。 「うわっ」 目の前に往年の熟女の巨大な臀部が立ちふさがった。 ・・・と・い・う・こ・と・は・・・！！！アイツら・・・それで嬉しそうな顔してたんだ！ 「うわああ・・・」 バランスを崩したジョーは滑落しそうになる。 が、さすがは最優秀サイボーグ００９。すんでのところで体勢を立て直した。 だが・・・。 「きゃああ」 後ろのフランソワーズが、あおりをくって転倒しそうになる。 すかさずジェットが抱きかかえる 「おい、ジョー！オマエがそんなんじゃダメじゃねえか。危ないだろう！！」 「大丈夫か、フランソワーズ？」 はやく！はやく彼女を離せ〜〜！ 「え、ええ・・・ありがとう、ジェット」 また・・・頭がガンガンしてきた・・・。 「じゃあ、俺が先頭に行ってやるよ」 ハインリヒが前に出る。 ジョーは３番手につき、フランソワーズのヒップをジェットの視線からガードする 「フランソワーズ、手をかしな」 「あ・・・ありがとう」 交代したとたん、大きな岩にかかる鉄の梯子が登場。 梯子のてっぺんから岩に乗り移るところが一番危ないと、ハインリヒはフランソワーズの手を取る。 ぽんと飛ぶようにして乗り移ろうとして、彼女は勢いあまって、ハインリヒにぶつかってしまった。 「あ・・・ごめんなさい」 ハインリヒはしっかりと抱きとめる。 あ〜もうもう。なんでこうなるんだよお！！！ 頭はますますガンガンする。 景色を見るどころか話をするのも億劫になってきた。 フランソワーズは、ときどき心配そうにジョーを振り返る。 上高地を出発してから６時間。ようやく涸沢カールについた。 三方を穂高連峰に抱かれた氷河のつくった谷。 ところどころに雪渓が残り、花々が咲き乱れる 「ほんと・・・スイスみたいね。とってもきれいだわ。苦労して登ってきた甲斐があったわね・・・」 フランソワーズは体を伸ばして深呼吸した。 「涼しくて・・・気持ちいいわ。ねえ、ジョー？」 「・・・うん・・・」 気持ち悪い・・・。吐きそうだ。 テラスでお茶を飲んでいると、ありの行列のように、ぞくぞくと登山者が登ってくる。 「すごい人ね・・・」 「今日は山小屋、超満員だろうな」 早く着いたジョーたちは宿泊の手続きをとり、番号札をもらった。 ２段ベッドというよりは、ただの棚。まさにウナギの寝床である。 「りんどうの３番か・・・」 上段の真中あたり、壁に番号札と注意書きが張ってある。 りんどう、と言っても部屋なんかじゃない。つまりは布団を敷くスペース。 『混雑時には図のように互い違いになって４人で布団１枚をご使用ください』 ？？？？ とんでもないことのような気がする。何かの間違いだろう。 もう一度張り紙を見直す。 トロ箱にぎっしり並んだ魚のような、人間の配置図。ぴ、ぴったりくっつかなきゃ寝れないじゃないか！！ うっ！！ 吐き気がする。 ジョーは口を慌てて抑えた。 次々に登山者たちが到着し、あっという間に山小屋は超満員。 せめて・・・隣のグループに女性がいますように。 ジョーの願いもむなしく、リンドウの２番は大学ワンゲル部のむさくるしいグループ。 知力はともかく体力と精力はむんむん充実していそうな男ドモ。 フランソワーズをみて目を爛々と輝かせている。 ４番はにやけて脂ギッシュな中年男のパーティー。 だらしない口元からは今にも涎が・・・。 どちらのグループも躍起になって彼女に話しかけようとしている。 「山にきてこんな綺麗な人と出会えるなんて思ってませんでしたよ」 「こっちで一緒に飲みましょうよ」 はああああ・・・。 前門の狼、後門の虎・・・とはこのことだ ジョーはガンガンする頭をなだめながら、必死に順列組み合わせを考えた 狼・ジョー・フランソワーズ・ハインリヒ・ジェット・虎 狼・フランソワーズ・ジョー・ハインリヒ・ジェット・虎 狼・ハインリヒ・ジェット・フランソワーズ・ジョー・虎 狼・ジェット・ハインリヒ・フランソワーズ・ジョー・虎 狼・ジェット・フランソワーズ・ハインリヒ・ジョー・虎 うわああああ！！！ ど、どれもだめだああ もっとまともな組み合わせはないのか！！落ち着け、落ち着くんだ！ 目を瞑り、何度も深呼吸する。 まず、仲間をとるか、虎と狼を取るか？ そりゃ、仲間の方がマシだ。 仲間をとるとしたらどっちをとる？ ジェットとハインリヒ？どっちもどっちだ。・・・決められない。 うッ・・・気持ち悪い。吐きそうだ ジョーは小屋から飛び出した 「大丈夫かしら？ジョーは・・・」 「機嫌が悪いだけかと思ってたが、ほんとに調子悪そうだな」 「頭痛くて、吐き気がするってことは、アイツ高山病じゃないのか？」 「なんで、あんな優秀なサイボーグが高山病なんかになるんだ？」 「さあね・・・チベットでも何ともなかったのにな」 ３人は首を傾げた。 山の夜は早い。７時になると電気が消された。 しかしジョーは相変わらず山小屋の外でオエオエやっていた。 小屋の中の組み合わせは、自動的に決まったことになる。 狼・ジェット・フランソワーズ・ハインリヒ・虎 何とか阻止したい。だがあまりに気持ち悪くて、混雑する小屋の中には入れそうにもない。 なんでこうなるんだよ・・・。 情けなくて涙が出そうだった。 その時、そっとジョーの背中に優しい手が触れた。 「大丈夫？」 「フランソワーズ・・・」 「外の方が気持ちがいいわね」 彼女は背中をさすりながら、ジョーの顔を覗きこむ。 「今夜はずっと２人で外にいましょ・・・。ね？星もこんなに綺麗だし・・・」 そう言うと、フランソワーズはジョーの頬にそっとキスした. ２人の上には、夜空を流れる眩い天の川 やがて大きな月が昇り、寄り添う２人を優しく照らした。 〜 fin 〜 |