トントントン・・・。
リズミカルな包丁の音。胃袋を刺激する美味しい匂いに包まれて、ボクはいい気持ちで目を覚ました。
外は闇。今夜は月がない。星々の瞬きがいつも以上に明るく見える。
「アハハハハハ！！！」
ここまで聞こえて来る、けたたましい笑い声。
みんな、もう戻ってきてたんだ。今日のレースはどうだったんだろう？
ボクは１つあくびをすると、心の手を１階に伸ばした。
きちんと片づけられたリビングの、センターテーブルに飾られた豪華な花。
あれ？今朝は、なかったよね。・・・てことは・・・
「ま、優勝しちまったんだから、少しは大目に見るけどよ」
そっか、いい結果だったんだね。オメデトウ、ジョー！やっぱりフランソワーズが応援に行くと勝つんだね。
「でも、何だかんだ言っても、オマエも男だったてことだな！！見てられなかったぜ！表彰台でのあの顔っ！」
「は、離してよ・・・ジェット！」
「んにゃろ〜〜！！あんなナイスバディーのレースクイーンにチューしてもらったりして、まんざらでもなかったんだろ？正直に言えよ！」
「ちょ、ちょと待ってくれよ！僕は・・・ちゃんと・・・」
ジェットはジョーの首を抱きかかえるようにして、ぶんぶん振り回した。
まるでガキ大将の兄貴が、小さな弟をいたぶってるみたい。
呆れちゃうよね、全く。見かけはともかく、彼らはもうとっくにオトナのはずなのに。
ああやってジェットがジョーをからかうのは、以前からのことだ。もちろんそれは彼流の愛情表現であることはわかってる。でも、フランソワーズはちょっと気にしてる。自分とのことで、みんなが（といっても、実際はジェットとグレートだけど）ジョーをからかってばかりいることを。ジョーがそれで嫌な思いをしてるんじゃないかって心配してる。
・・・ったく、いつものジェットのセリフじゃないけど、ジョー、君は果報者だよ。わかってる？
「えっ？ちゃんと何なんだ？唇じゃなくて、ほっぺで我慢してもらったって？バ―――カ！据え膳食わぬは男の恥だってのに！それとも何かい？もしかして・・・まだ・・・お前ら・・・？マ、マジかよ！！！だからお前は意気地がないって言われるんだ。ったく、戦場でのお前の決断力と行動力を、少しはプライベートに活かせよな」
「離してよ、ジェット！ちょっと・・・手伝ってくるから」
耳たぶまで真っ赤になったジョーは、必死にジェットの腕を振り解き、キッチンに逃げ込もうとした。その首根っこを、ぐい、とジェットの右手が掴む。
「まあ待て！俺の話を聞けよ！」
「・・・？」
突然、ジェットは声をひそめた。
「フランソワーズだって、あん時はムッとした顔してたんだぜ！」
「・・・え？」
「彼女はそんなこと、口には出さないだろうけどさ、確かにあの時、眉がぴりりと上がって・・・・な？アルベルト？」
２人の騒ぎを冷ややかな目で見ていたアルベルトが、関心なさ気にぼそっと呟いた。
「さあ・・・な」
「そりゃあ、カメラの前であんなふうにチューされて、一斉にフラッシュが焚かれて・・・おまけにお前がまんざらでもない顔しててみろ。さすがのフランソワーズだってむかつくぜ！どうする？明日のスポーツ新聞の１面に、あの時の写真がでかでか載ったりしたら？オオゴトだぜ！」
「そんな・・・まんざらでもないなんて顔してないよ・・・・僕は・・・」
「ったく、フランソワーズにヤキモチ妬かせるなんて！ったくこの果報者！！それにな」
わざとらしくキッチンに視線を送った後、さらに一段、声を落としてジェットはジョーの耳元で囁いた。
「・・・こっそり携帯の番号、渡されたんだろ？あの超色っぽい黒髪の姉ちゃんから！彼女が、お前のレーシングスーツのポケットにメモを突っ込むところ、ばっちり目撃したぜ！」
「そ、そんな・・・僕は知らないよ！」
「くうううううう！と〜ぼけやがって！！ちゃんとポケットを見てみろよ！」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ！僕は・・・ホントに知らないってば」
困り果てた顔で、ジョーは救いを求めるようにアルベルトを見た。
「フン。どうだか・・・」
鼻先で笑って、素知らぬ顔をするアルベルトに、ボクは思わず吹きだした。
アルベルトは、他のみんなに比べれば、多少は精神的に大人だと思ってたけど。案外、子供っぽいんだな。
「まあな、フランソワーズに知られたくないのはわかるけどよ、レーサーだって人気商売なんだから、少しぐらいおネエちゃんに愛想よくしたって罰は当たらないぜ」
「頼むから、離してくれよ！」
「い〜や！今日はな、俺がしっかりレクチャーしてやる！」
強引に髪を引っ張られ、逃れようとしたジョーを追って、ジェットが覆い被さるように迫った。
あ〜あ、何やってんだか。
ボクがため息をついたその瞬間、２人はもつれ合ってテーブルの上に倒れこんだ。
「うわっ！！」
グワチャン！！！ガッチャンン！！！
パキーン！！
「あ、ありゃっ・・・」
だから言わんこっちゃない。
「どうしたの？何が・・・・・・きゃああっ！！！！」
キッチンから、エプロン姿のまま飛び込んできたフランソワーズの悲鳴に、３人はたちまちフリーズした。
ぽたっ・・・。ぽたっ・・・。
しんとしたリビングに、テーブルから水が滴り落ちる音が響く。
あたりは大洪水。せっかく綺麗に活けてあった花が散乱してる。見事に粉々になった花瓶。その透明な破片が、シャンデリアの光を受けてきらきらと輝く。
フランソワーズはその惨状を呆然と見つめていたが、やがて３人に向き直ると鋭い声で叫んだ。
「酷いわ！！どうして・・・どうしてこんなことするの？！」
「す、すまねえ・・・」
さっきまでの勢いはどこへやら。ジェットはたちまちシュンとしてしまった。
「ほんとに、どういうこと？ここ、一体どうするつもりなの？めちゃくちゃじゃないの！」
だんだんフランソワーズの声が大きくなる。
「いや・・・ちょっとはずみで・・・」
「何よ。さっきから黙って聞いてたら、つまらないことばっかり言って。お手伝いをしてくれるどころか・・・こんな余計なことをして！！」
「フランソワーズ・・・」
頬を真っ赤に紅潮させ、肩で大きく息をしながらフランソワーズはジェットを睨みつけた。
「いつもそうだわ！リビングを一番散らかしてるのは、ジェット！あなたなのよ！！たまには自分で片付けもしたらどう？ほら、これ！！ 」
テーブルの下に隠してあった数冊の雑誌を引っつかむと、どさりとソファの上に放り投げた。
にっこりと微笑みかける、肌も露な美女達。
「こんなエッチな本ばかり！！こんなところにおいておかないで、ちゃんと自分の部屋に持って行って！！」
ば、ばれてたのか？、ジェットは真っ赤になった。
思わずぷっと吹きだしたアルベルトは、次の瞬間、ハッと固まる。
じっと自分を見つめる蒼い瞳。
「―――どうして？」
静かな、低い声。
トーンの落し方が、また憎いほど効果的だ。
「アルベルトが一緒にいて、どうしてこんなことになるの？」
「いや・・・」
「ジェットとジョーが暴れてたの、見てたんでしょ！どうしてあなたが止めてくれなかったの？！」
「フ、フランソワーズ・・・」
くくっ・・・彼のこんな取り乱した姿、今まで見たことないよ！
予想外の展開に、アルベルトは完全に動揺している。
「こんなに粉々になっちゃったじゃないの！！！この花瓶、大事にしてたのに・・・。もうホントにいい加減にして頂戴！！」
「フランソワーズ、花瓶が壊れたのは・・・わざとじゃないんだ。はずみで・・。それにアルベルトは・・・何も・・・」
彼女はゆっくりと視線をジョーに移した。
「ジョー？」
ピン、と張り詰めた声。２階から様子を見てる僕の背筋さえも、ゾクっとするほどだ。
まずいよ、ジョー！言い訳するのは最悪だってば。
「そう・・・。壊れたのは、不可抗力だったのね？」
まっすぐにジョーを見つめる。蒼く燃える瞳。
「いや・・・それは・・・」
「そうだわ、ジョー。クリーニングに出す前に、ちゃんとスーツのポケットに入ってるもの、出しておいてね。私に見られたら困るようなものがあるんでしょ？」
「え？」
聞こえてたのか、とジェットが小さな声で呟く。
何言ってるんだよ。フランソワーズに聞こえるのは当たり前だろ？聞かせようと思っていったくせに、何だよ今さら！
「そんな・・・君に見られたら困ることなんて・・・ないよ。それに・・・君に隠しごとなんか・・・できるはず・・・ないだろう？」
しどろもどろになって言うジョーの言葉に、最悪！とジェットが首をすくめた。
「まあっ！！それ、どういう意味？」
いつもは雪のように白い肌が、さっと薔薇色に染まる。
「ジョーったら・・・ひどいわ！！私・・・そんなことに『目』や『耳』を使ったりしないわ！！あなた、私のこと、そんな風に思ってたの？」
火に油を注ぐ、とはこのこと。言えば言うほど、状況は悪化。泥沼化。
「何よ。でれでれしちゃって。レースクインでも女王さまでもプリンセスでもお好きにどうぞ！」
「・・・フランソワーズ・・・」
「そうよ、ジョーは昔からそういうのに弱かったものねっ！！！」
ぷぷぷっ！！確かにそんなこともあったっけ。
いや、今は笑ってる場合じゃない。
ジェットとアルベルトは固唾を飲み、２人のやり取りを―――と言うより、フランソワーズの爆発を、呆然と見つめてる。
ったく情けないなあ。君たちが播いた種だろう？何とかしないと、ジョーが可哀想だよ。
「もういいわ！！あなたは・・・私の気持ちなんか全然わかってないんだわ！！」
「・・・フランソワーズ・・・」
「ジョーなんて、もう知らないっ！！！！」
バタン！！！
うひゃっ！！思わず僕は飛び上がる。
リビングの扉が叩きつけるように閉められ、研究所全体が、大きく揺れた。


階段を登って、近づいてくる軽やかな足音。
かちゃり、とノブが回る。
入ってきた彼女に、ボクは揺りかごに乗ったまま、フヨフヨと近づいた。
『ふふふ！派手にやったね、フランソワーズ！』
「もうっ、イワンまで・・・からかわないで」
くすっとフランソワーズは笑った。
「ちょっと、やりすぎだった？わざとらしかったかしら？」
そう言うと、彼女はボクに向かって、パチっとウィンクしてみせた。
爆発の名残で、彼女の頬は紅をさしたように上気している。キラキラ輝く星のような大きな瞳。真っ赤なバラみたいに綺麗だ。
彼女は、怒った顔もホントに可愛い。
だから時々、ボクはわざと怒らせてみたくなる。ほら、あの誘拐騒動の時みたいに。拗ねて唇を尖らせた顔も、ほんとにキュートだったもの。もっとジョーにもそんな表情、見せてあげればいいのに。
『さすがのあの２人も、少しは懲りたかな？君に叱られるなんて思ってもいなかったはずだから』
ましてやこんなことで、２人が喧嘩することになるなんて予想もしてなかっただろう。
「だって・・・最近ひどいのよ。ジェットったら、グレートと一緒になってジョーのこと、からかってばかり。でも・・・どうしてアルベルトまで見て見ぬ振りするのかしら？止めてくれたらいいのに」
それは無理だと思うよ。君はわかってないだろうけど。
『でもね、フランソワーズ・・・ジョーは案外・・・』
「案外・・・？」
『いいや・・・いいんだ。気にしないで』
これは言わない方がいいかもしれない。そう思ったボクは、言葉を濁した。

それにしても、強烈だったな。
―――あなたは・・・私の気持ちなんかちっともわかってないんだわっ！！
今もまだ、リビングの片隅に突っ立ってるジョー。
その呆然とした表情がおかしくて、僕はひとり笑った。
最近、やっとジョーもわかってきたらしい。もしかしたら、自分はフランソワーズの気持ちが全然わかってないのかもしれない、と。
だからといってジョーの何が変わるわけでもなく、また変わりようがないところが、ジョーらしいんだけど。でも、それがわかったっていうだけでも大した進歩だよ。
その自覚が出てきただけに、さっきの言葉は強烈にこたえただろうな。
だってさっきのは―――
演技だけじゃなくて、半分本気だったんだろう？、と言いかけたボクは、じっと見つめている蒼い瞳に気づいて、思わず首をすくめた。
「なあに、イワン？一人で思い出し笑いなんかして。いやな子ね。何か言いたい事でもあるの？」
やめておこう。今日のフランソワーズは特に手強そうだから。
『いいや、何でもないよ。でも・・・』
でも、何？とフランソワーズは少し眉を上げた。
「何考えてるの？はっきり言っていいのよ！」
また、頬の赤みが増す。やっぱり今日のフランソワーズには逆らわないほうがよさそうだ。
『あのね・・・ボク・・・おなかすいたんだけど』
大きなあくびで誤魔化す。
「あ、もうそんな時間ね。でも・・・しばらく我慢して頂戴。もう少しあのまま放っておきましょ」
あ〜あ、この騒動が終わるまではミルクにありつけそうにないってことか。さっさと後始末してよね、下の３人！一体何やってるんだろ？


「・・・参ったな」
「まるで・・・火を噴くみたいだったな。怒ってる顔は・・・それはそれでチャーミングだったけどよ・・・ビビったぜ、全く」
ようやく口がきけるようになったアルベルトとジェットは、ぐったりとソファに腰をおろした。
「ジョー？」
ガラスのかけらを手にして、その場に立ち尽くしているジョーに、ジェットが声をかけた。
「何をボサッと突っ立ってんだ！さっさと２階へ行って来いよ！お前が謝ってくるのが一番手っ取り早いだろ？」
「この・・・花瓶・・・」
そんな言葉などまったく耳に入らないかのように、ジョーはポツリとつぶやいた。
そうだよ、ジョー。今頃気づいたのかい？遅すぎるよ。それは―――君が遠征先から彼女にお土産に買ってきたクリスタルだろ？
さあ、ジェットのいうとおり、早く２階へ上がっておいでよ。ドアは僕がちゃんと開けてあげてるから。
「ほらほら！！夫婦喧嘩は犬も食わねえって言うだろ。俺たちが行ったら余計にこじれちまう。早く謝って来いよ！」
相変わらず偉そうな言い方してるジェット。でも情けないよね。自分で種をまいておいてさ。結局、最後はジョー頼みなんだから。
ジョーは小さく息を吐くと、俯いたまま廊下へ出て、足取り重く階段を登り始めた。


「綺麗だわ・・・」
フランソワーズは出窓に頬杖をついて、空を眺めている。
「今日は・・・お星様がいっぱい。流れ星もたくさん見えるわ」
夢見るような表情。陶磁器のような肌が白く輝いている。長い睫。形の良いあご。優美なシルエット。
赤ん坊のボクでさえ、思わず見惚れてしまう。
こんな彼女を独り占めしてるんだもの。ジェットがジョーにちょっかい出したくなる気持ちもわかるけどね。
「ホントはね、一度・・・してみたかったの」
『・・・え？何を？』
「・・・ケンカ・・・」
『ケンカ？』
肩をすくめ、くすっと照れたような微笑を浮かべてボクを振り返ると、フランソワーズは立ち上がり、硝子におでこをくっつけるようにして、また空を見上げた。
「だって・・・ケンカするほど仲がいい、って言うんでしょ？」
笑ったり泣いたり、ケンカして仲直りして。そう、普通の恋人同士みたいに。
「でも、ジョーとじゃ・・・ケンカにならないわね」
さっきのは私が勝手に怒ってるだけだったもの、と淋しげに笑った。
確かにね。ジョーが相手じゃケンカにはならないね。でも―――
「でもね―――そのくらいの願いなら・・・叶うかなって思ったんだけど」
小さな声で呟くと、フランソワーズはそのまま黙り込んでしまった。

君の願い。
本当の、君の一番の願いが何なのか、ボクにはわかってる。
そして―――きっと、それはかなわない、と君が思っていることも。
そう思いながらも、君はやっぱり願い続けている。
願い続けることが、それを叶える唯一の方法だと信じて。
その願いが、叶うかどうかはわからない。
君たちの心を読めるボクにも、未来までは覗けないから。
だけどボクも祈るよ。
いつかきっとそんな日が来るように、と。
君なら、君たちなら、叶えられると信じて。

さてと、お邪魔虫は消えよう。
君が入ってきたら、すぐに出られるように、わざわざドアの真上に浮かんでるんだよ、ジョー！
さっきからそう思ってずっと待ってたのに、いつまで廊下で躊躇してるんだろう。
幸い、彼女は何も気づいてない。一生懸命、星を眺めてる。
「・・・ちゃんとした喧嘩にならなかったから・・・よけいに・・・仲直りするのも難しいわね」
フランソワーズは、視線を落とし、かすかなため息をついた。
睫毛の翳が頬にかかる。愁いをおびたその横顔。ああ・・・たまらないよ。
「ジョーは・・・私が・・・ホントに怒ったって思ってるかしら？どうしよう・・・」
その時、さっと風が舞った。
「きゃ・・・」
小さな悲鳴があがる。
背後からすっぽりと自分を包む逞しい腕。首筋にかかる熱い吐息。
突然の出来事に、フランソワーズはハッと顔をあげ、ガラスに映る自分の姿を見つめた。
亜麻色の髪に、誰かがそっと顔を埋めている。
「ジョー・・・？び、びっくりした・・わ・・・」
「一度・・・」
「え？」
「一度・・・してみたかったんだ」
細い体をぎゅっと抱きしめる。
「こんなふうに・・・」
「・・ジョー？」
顔を覗き込もうと振り返るフランソワーズの動きを、封じ込めるように腕に力をこめ、ジョーは耳元で囁いた。
「ごめん・・・フランソワーズ・・・」
「どうして・・・？違うのよ、ジョー！あのね・・・」
「ごめん、あの花瓶・・・せっかく気に入ってくれてたのに・・・」
「ジョー・・・」
「許してくれる？・・・仲直り、しよう・・・」
くすっと笑って、フランソワーズはそっとジョーに体を預けて頷いた。
「仕方ないわ。形のあるものは、いつか壊れてしまうものね」
胸の前で交差するジョーの腕にそっと自分の手を重ねる。
「ね、見て！今夜はお星さまがいっぱい！・・・あ、流れ星だわ・・・」
満天の煌き。降るような流れ星。２人はじっと空を眺めている。
しばしの沈黙を破って、ジョーの柔らかな声が優しく響いた。
「何か・・・願い事、した？」
「ううん、何も」
フランソワーズは、静かな微笑を浮かべて、ジョーを見つめた。
「もう・・・十分叶ってるから、今夜はいいの。・・・ジョーは？」
「僕も叶ったけど・・・でも・・・」

あ〜あ、ご馳走さま。
そう思った途端、ボクのおなかがグルグル鳴った。
慌てて我に返る。一体ボクは、ここで何やってるんだろ？
さっさと邪魔者は消えるはずだったのに、思わず見とれてた。
こんなことしてる場合じゃない。このままじゃ飢え死にしちゃうよ。
あの哀れな２人の手伝いでもして、ミルクにありつかなきゃ。
ボクはこっそりと部屋から出て行った。


「ちぇっ！！何で俺たちがこんなことする羽目になるんだよ！！」
ジェットが、床に這い蹲るようにして雑巾がけをしてる。
「何言ってんだ！！だいたいお前がつまらないことするから、フランソワーズを怒らしちまったんじゃないか。しつこすぎるんだよ、お前は！」
包丁を握り締めたエプロン姿のアルベルトは、不機嫌極まりない声で、吐き捨てるように言う。でも―――意外と似合ってるよ、アルベルト！
「え？俺のせいにするのかよ？なんだよ、お前だって意地の悪いこと言ってたじゃねえか！！」
びしょぬれの雑巾を振り回して、ジェットが叫ぶ。
「意地の悪いこと？俺がいつ言った？」
「確かに言ったぜ！！・・・で、ジョーのやつ、何でいつまでたっても降りてこないんだよ！」
「知るかよっ！！」
「自分だけフランソワーズと仲直りして・・・今ごろ・・・。くっそう！！今度こそ！」
ジェット、そろそろ君も気づいた方がいいよ。そんなことしても逆効果だって。
みんなが、からかえばからかうほど、ジョーは、まんざらでもなかったりするんだから。
そりゃあそうだよね。あんな素敵な彼女を独り占めしてるんだもの。周囲からのジャブも実は快感だったりするかもしれない。そのことには、フランソワーズだって気づいてないけど。
「懲りないやつだな、もう悪あがきは止めろ！余計なことすればするほど、虚しいだけだろ？」
そうそう。さすがはアルベルト。よくわかってるね。
「だってよぉ！面白くねえじゃねぇかよ〜〜〜何であいつなんだよおおお〜〜〜」
「うるさいっ！！ますますイラつくから、それ以上喋るなっっ！！」
あ〜あ、いつまでも馬鹿なことばかり言ってないで、さっさと片付けてよ。
そしてボクのミルクを、早く温めて！
たぶん２人は、当分・・・降りてこないだろうから。
★おまけ★

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