ある日のこと。
「ねぇ、ジョーはどれが似合うと思う？」
フランソワーズはギルモア研究所の自室で一人ファッションショー。　　　　　　　　
ワードローブから、あれやこれやの洋服を引っ張り出しては鏡の前でにらめっこ。
どれを着たってフランソワーズにはお似合いのお洒落な物ばかりなのに…ご本人はどうやら納得できない様子。
（どれが似合うって聞かれてもなぁ、僕にはどれも素敵に見えるけど…）

あっ、もしかして読者の皆さん，僕のこと誤解してない？　一応、自己紹介しとくと…
僕はジョー。だけど残念な事にフランソワーズの彼氏ではない。それどころか、人間ですらない。
僕はしがない熊のぬいぐるみなんだ。たまたま，僕の首に"Ｊｏｅ"って名札がついていたもんで、ココにこうやって置いてもらうことになったのさ。　
まあ自分で言うのも何だけど、ふわふわの茶色い毛並みに栗色の目をした僕はなかなかのハンサム。
でも悲しい事に前にいた場所が悪かったんだ。
だって朝から晩までチン・ジャラジャラ〜なんて騒がしい所…そうパチンコ屋の景品だったわけ。
こんな所にいたんじゃあ、可愛い子に見初められて貰ってもらうわけにもいかず，一生このままかぁ〜と諦めていたんだ。でもラッキーなことに気まぐれな兄ちゃんが、僕のことを気に入って連れ帰ってくれたんだ。
『ああ〜もう、俺ってやっぱ天才！何やらしてもバッチリじゃん☆さてと、差し入れにお菓子とでも　　取り替えて…んん？んだぁ、あの熊！誰かに似てると思ったら"Ｊｏｅ"っだって。こりゃあいいや〜　ぷぷぷぷ』
…てな訳で、妙に陽気な赤毛の兄ちゃんに担がれてココへ来たんだ。
部屋について、ソファの上に投げ出された時にはムカッとしたけど、僕にはどうすることもできないし…でも、その後、彼女に出会ったんだ。

彼女…フランソワーズはとっても綺麗なだけじゃなくって、とっても優しいんだ。
倒れている僕を見つけると、ギュウって抱きしめてくれて…
『きゃあああ、可愛い♪♪　ジェット、この子、私に頂戴〜！！あら！名前…ジョーっていうのね。ふふふ』
『はははは〜気に入ると思ったよ。見ろよ、情けない表情まで奴そっくりだと思わねぇ〜か？』
そう言うと失礼にも奴は僕のことを拳骨でボスボスと殴りつけたんだ。
そんな乱暴な手から彼女は僕の事を奪い返して、そっとキスしてくれた。
『だめよ！ジェット。　苛めないで！！可愛そうでしょ！さ、お部屋へ行きましょうね。これからよろしくね』

…それ以来、僕はこの居心地のいい彼女のベッドが指定席なんだ。
「あん、これじゃ秋っぽくないし…こっちのワンピースにすると…ああ，ダメダメ…バッグと合わないわ…やっぱりこっちの方が・・」
今日は久しぶりにジョーとデートの約束をした日。ここのところ、ギルモア博士の友人のボディ･ガードを頼まれたジョーは学会が開かれるホテルに詰めっきり。
なんとか無事にお役目もすんで明日には帰れるからそうしたら約束通り，デートをしよう…なんて嬉しい電話がかかって来たものだから、フランソワーズは朝からソワソワ･ウキウキ。
やっとのことでふわふわニットのアンサンブルに優しいラインのスカートに着替えると、いそいそとリビングへ…ついでに僕も抱えられてお供をする。フランソワーズはいつだって美しんだけど、今日はまた格別！柔らかな笑みを浮かべたその顔はもう、輝くばかり。そして彼女の周りには"私は幸福よ"というオーラがにじみ出ていて…
カチャ…ヒュゥ〜☆ジェットが思わず口笛を鳴らす。
「これはこれは…！お姫様。本日はどこへお出かけですか？」
「んもう！いや〜ね，ジェット。別に…ただちょっと、ジョーとショッピングへ行くだけよ」
ねっ！と隣に座らせた僕の頭をなでてくれる。
「アハ〜ン…久々のデートって奴かぁ〜！」
「どうりで今日はまた一段と綺麗アルよ、フランソワーズ」
「ふふ。ありがとう張大人。この子はお留守番だから寂しくない様にココへ置いとくけど、ジェット、また苛めちゃだめよ」
「あれ〜？俺はいつだってジョーと名の付く奴は可愛がってるぜ？」
ジェットは頭をなでるついでに？ジョーの耳を思いっきり引っ張る。そんなやり取りを眺めながら、ハインリヒがぼそっと呟く。
「恋は女性を美しくする…か…確かに、な」
微かな溜息と共に盛らされた言葉に気づいたのは、どうやら僕だけみたい。
（あれ？こいつ…もしかして彼女のこと…）

ＲＲＲＲＲＲＲＲＲＲＲＲＲ……
「はいはい、こちらギルモア研究所アルよ。なんだ、ジョーアルか？フランソワーズ？ああ、今かわるアルね」
私に？という風に振向くと　ちょっぴり頬を染めながら電話を受取る彼女。
（ふ〜ん、奴からの電話だけでも　そんなに嬉しいのかねぇ〜）なんて僕が思っていると、ん？
どうも様子がおかしいぞ。急に，フランソワーズったら下を向いちゃって…
「ううん、全然構わないわよ、もちろん。ジョーこそ大変だけど頑張ってね。ええ、じゃあ…」
「おい、どうしたんだ？ジョーの奴。何だって」
急に元気が無くなってしまったフランソワーズにハインリヒが問う。
「ええ、学会は済んだんだけど一緒に来日している博士のお嬢さんがどうしても、ジョーと一緒に東京を見物したいって聞かないんですって，それで…」
「んだぁ〜？で、肝腎のデートはドタキャンかよ。ったく断りゃいいのに〜」
「でも、しょうがないわ。博士から頼まれてしまったんじゃ…ね」
（あ、なんだか彼女、凄く悲しそう…う，うわぁ…！）
「ふんとに毎度毎度、イラつく奴だなぁ〜おめぇ〜はよ！！ジョー！」
（僕じゃないだろ！って。わ〜耳を持って降り回すのはやめてくれ〜！！）
「ジェット！いいの！　だからジョーを苛めないで！！」
赤毛の野蛮人の手から僕を抱き取ると、彼女はそのまま２階の自室へと向かう。

パタン…
部屋のドアを閉めるなり、フランソワーズはベッドへ座り込む。
ギューっと熊のジョーを抱きしめながら…そのフカフカの頭に顔を埋めて。
…しょうがないわ…だってお仕事ですもの…ね。ジョーは優しいから断れなかったのよ、きっと。…ただ、それだけのことよ…ね、ジョー？
（フランソワーズ…泣いてるの？頭が冷たいよ…ね、僕がついてるよ）
コンコンコンコン…
「はい…」
「フランソワーズ？ちょっといいかな」
（あの声はハインリヒだな…）フランソワーズはそっと僕をベッドに置くとドアを開ける。
「ハインリヒ…」
「ちょっと、外に出て話さないか？」
「…ええ」
（フランソワーズ…どこへ行っちゃうの？）

すっかり秋色にお召し替えをした木々の間をゆっくりと歩く二人。
ハインリヒもフランソワーズも黙ったまま、澄んだ空気のなか足もとの枯れ葉がカサコソとなる音だけが響いている。
「綺麗だなこの季節は。春と違ってなんとなく落ち着くし…」
「ええ、そうね」
そうやって、意味の無い会話をしてまたしばらく歩く。いつのまにか二人は海を見下ろせる小高い丘まで登ってきていた。
「ここからの眺めは　なかなかなもんだろ？」
「まぁ…本当ね知らなかったわ」
悪戯な風邪がフランソワーズの亜麻色の髪を優しくなびかせる。…と、急にまたジョーのことが気になって…胸が苦しくなったフランソワーズは溢れそうになる涙をこらえる為に瞬きを繰り返す。
あ、やだ…私ったら…また…すると、
「フランソワーズ…そんなに無理することはないだろ？泣きたい時は泣けばいいんだよ。誰に遠慮することもないだろ？」
「あ…私はべ，別に…」
言葉とは裏腹に零れ落ちる涙を手の甲で乱暴に擦りあげるフランソワーズ。思わず，泣き虫な自分が恥ずかしくなって横を向く。そんな彼女の腕をそっと捕らえるとハインリヒは優しく囁く。
「ちがうだろ？フランソワーズ。そんな風に擦ったって涙は止まらないよ」
あ…ハインリヒ…（///////）
ハインリヒは彼女の頭を自分の胸へ抱きこむと、そっと優しく頭をなでて、
「泣きたい時はこうするんだよ。何のために俺達がいると思ってるんだ？」
「ハインリヒ…あ、私…っう、うう…私･…」
一度溢れ出した涙はなかなか止まらなくて、ハインリヒのシャツはフランソワーズの涙でぬれてしまって…それでも、ハインリヒは根気良く、まるでむずがる子供をあやす様に彼女の蒼い瞳が乾くまで、抱きしめて、気のすむまでその胸の中で泣かせてあげたのだ。

「どう？少しはスッキリしただろ？」
フランソワーズはハインリヒの腕の中でコクンと頷いた。
「…ありがと…」
小さな声でそう言った。ハインリヒはフフンと笑うと明るくこう言った。
「さぁ〜てと、後は帰ってきたジョーを思いっきりブン殴るだけだな」
「ふふふ、そうね。」
やっと明るさの戻った笑顔でフランソワーズも相槌をうつ。
「じゃ、そろそろ帰るとするか」
ありがとう…ハインリヒ…。

…という訳なのよ、ジョー。聞いてる？ハインリヒったら優しいのよ。それに　とっても大人だわ。ふふふふ。
（ちぇ！聞いてるけどさ…それって僕としては面白くないよ。キザな奴！）
なんだか一人ではしゃいで、一人で落ち込んで私って本当にバカみたいね。あ、でも本当に今日はジョーのこと一発、殴っちゃおうかしら。きっと、ビックリするわね、ふふふ。
（おお〜し！いいぞ！やれやれ〜！！大体、あいつも気に食わないんだよ。僕と同じ髪の色と目の色をした諸悪の根源のジョーって奴！）
「私との約束はどうなってるの〜！！ってね」
バスッと熊のジョーのお腹に一発決めるフランソワーズ。
（あうう…酷いよフランソワーズ。僕じゃないでしょ！）
するとフランソワーズはまた、キューっと僕を抱きしめて、
「ああん、でも本当に嫌われちゃったら困るし〜どうしよう…」
なんて、言ってるよ。
はぁ〜アホらしい。勝手にやっててよ、もう。どうせ、僕は熊のぬいぐるみですよ！

コンコンコンコン…
「フランソワーズ、いる？あの…僕だけど…」
「あ…」
（うわぁお！ちょ、っちょと、そんな乱暴に投げ捨てなくったって…）
ううう〜誰か起こしてよ！　ちぇ！どうせオリジナルのジョーには敵わないさ。
それにしたって、どうだろ？ポッと頬を染めちゃってさぁ〜もう、見てらんないよ。人間って複雑！！おい、オリジナル！お前しっかりしないと彼女を奴に取られちまうぞ〜！！
奴…そう、大人で優しいハインリヒさ。僕の見るところ、あいつも彼女にぞっこんだから油断してるとマズイぜ！おお〜い！わかってんのか〜！！ジョー！！

一生懸命、ジョーとフランソワーズの仲を応援する熊のぬいぐるみのジョー。
その呟きがオリジナルのジョーに届くことを願って…
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい♪♪

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