それは穏やかに晴れた日の午後のこと。
1ヶ月後の開幕戦のために渡豪の準備をしているジョーの携帯に一本の電話。
『えっ、フランソワーズが倒れたっ？！すぐ行きますっ！』
フランソワーズが通うバレエスタジオからだった。
ジョーはスーツケースを壁際に追いやると、慌てて飛び出して行った。
今朝からひどく顔色が悪そうだった。
『無理しないで休んだら』と言うジョーに『舞台、もうすぐだから。大丈夫よ』とフランソワーズは笑顔で答えた。
しかし、その笑顔が少しぎこちないことにジョーは気づいていた。

車の助手席側のシートを倒し、フランソワーズを寝かせる。
『フランソワーズ、大丈夫？』
『・・・ごめんなさい、心配かけて。私・・・ううん、家に着くまで眠らせて・・・』
青白い顔が少しやつれて見える。
（フランソワーズ・・心配事があるなら話してよ。僕じゃあ頼りに・・ならないか）
そんなことを頭の中でめぐらせながら車を走らせる。
不意に脳波通信が飛び込んできた。
"ジョー、ボクだよ。"
"イワン、どうしたんだい。"
"ボクのいうとおりにクルマをハシラセテ！ソウ、つぎのカドをひだり・・・ウン、しんごうをみぎ・・・アトはちょくせんで１ｋｍぐらい。すでにギルモアはかせをてれぽーとしておいたよ。・・・やったね、ジョー！"
"・・・えっ？・・・イワン、なに？"
（やったねって・・・どういうこと？）
イワンのいうとおりに車を走らせる。
（ここ・・・さっ、産婦人科―？！・・・えーっ？）
『博士、いったい・・・』
『ジョー、いいから早くフランソワーズを中に。おまえはそこで待っとれ！』
診察室に運び込んだ後、すぐに追い出されてしまった。誰もいない待合室。
壁にはってあるのは生まれたばかりの赤ちゃんのポスター。
(えっ？・・・えっ？フランソワーズ・・・まさか？！）
ジョーの心は動揺していた。落ち着いて座っていられず、待合室を行ったり来たり。考えられることは・・・なにも無かった。

『ジョー、話があるんじゃが』
診察室のドアのところで博士が手招きをしている。ギルモアの顔付きからはフランソワーズの症状を窺い知ることはできそうに無い。
中に入ったジョーは、フランソワーズの顔がうっすらピンク色になっているのを見て、ひとまず安心した。
博士がフランソワーズを促す。
『フランソワーズ、おまえさんから言うんじゃ。きちんとな』
博士に頷いて、フランソワーズはジョーを見つめた。
『ジョー・・・あの、あのね・・・実は・・・赤ちゃんができたの』
『フランソワーズ？！・・僕の・・・？だよね・・・』
フランソワーズはゆっくりと頷く。
『・・ごめんなさい・・言えなかったの。だって・・・』
いつ戦いがおこるかもわからない毎日、常に死と隣り合わせの私たち、いつまでも変わらない姿・・・生まれてくる子供がかわいそう・・・
『堕ろそうと思った・・・今まで通りレッスン続けて、流産してもいいと思った。でも・・・だめ・・・自分の気持ちにウソはつけない・・・ジョー・・私・・・』
青い瞳に沢山の涙を湛えてジョーを見つめる。ジョーは思わずフランソワーズを抱きしめた。
『フランソワーズ。それ以上言わなくていいから・・・僕の、僕たちの子供だろう？だったら答えはもう出ているじゃないか・・・育てよう。二人で・・・』
『わしも皆もおるぞ！・・・フランソワーズ』
ギルモアが微笑みかける。
『博士・・・ありがとう・・・』
『・・・もう無理しちゃだめだよ。君だけの体じゃないんだから・・・』
『ん、わかった・・・ありがとう、ジョー・・』

ギルモア研究所の玄関に入るや否や、耳が割れんばかりのクラッカーの音。
イワンのバスケットが浮かんでいる。そして、みんなの顔。
『おかえり、ジョー。キミにはワルイとオモッタケド・・・』
『ジョー、おまえもやるね〜』
いつものようにジェットに絡まれる。
続いてグレート、珍しくピュンマまで絡んで、後は恒例の大ドンチャン騒ぎ。大人の作った料理に舌鼓し、アルベルト秘蔵のワインに酔いしれ、お開きになったのは結局夜更け・・・
『これから大変だな、ジョー』
自室に戻るアルベルトが言う。
（――絶対に守り抜けよ。オレたちに替わりはできないからな――）
二人の瞳が交錯し、そして彼の口元がほころぶ。
ジョーは心の中で頷いた。
（――アルベルト、肝に銘じておくよ！彼女は僕が守る・・・絶対に――）
翌日、フランソワーズを仲間に託し、ジョーはオーストラリアへ旅立った。


ジョーの開幕戦、前日。
リビングにはフランソワーズを除く面々が、落ち着かない様子で過ごしていた。
『みんな、ジョーの応援に行こうぜ！』
口を開いたのはジェットだった。
『ドルフィン号でオーストラリアか？』とアルベルト。
『それも悪くないな』
グレートが頷く。
『いい考えアル』
張々湖も笑う。
『ジョーを驚かせてやろう！』
ピュンマものった。
『オレ、いい考え浮かんだ』
ジェロニモの考えにみんなが頷く。
かくしてギルモアを含む７人の男たちとイワンは、フランソワーズを連れてドルフィン号に乗り込んだ。

―Ｆ１開幕戦―
レース序盤から波乱の幕開けとなった。
ポールポジションのジョー。
スタートで2番手のマシンにかわされる。
直後の第1コーナー、トップのマシンがスピン。
"行ける！！"
巧みなハンドリングとコーナーワークで再度トップに踊り出る。
後続のマシンが次々にクラッシュする中で、ジョーはただひたすら走った。
フランソワーズのために。仲間のために。そして・・・新しい生命のために。
チェッカーフラッグ。
ぶっちぎりの優勝だった。
ウイニングランを終え、表彰台に上がる。
そのとき、ジョーは仲間の姿を捉えた。
（・・・みんな・・来てくれたんだ！・・・）
嬉しさに胸が熱くなる。
フランソワーズもジェットもハインリヒも、みんな笑顔で彼の優勝を喜んでいる。
『ジョー！！』
表彰式が終るな否や、彼を呼ぶ仲間の元に走り出した。

フランソワーズの体がフワリと浮かぶ。
『・・・ジョー、・・・ヤダ、恥ずかしいわ・・・』
ジョーに抱きかかえられたフランソワーズが嬉しそうに恥らう。
『おめでとう！』
『やったな、ジョー！』
『オイ、いつまでフランを抱っこしてるんだよ！』
（・・・あ・・・）　
ジェットの言葉に照れながらフランを下ろす。
『ジョー、フランソワーズ、こっちへ来てくれ！』
ピュンマとジェロニモが叫ぶ。
そこには、色とりどりの花でしつらえたバージンロードがあった。
その先には牧師の格好をしたギルモア、そして聖歌隊の格好をしたグレートと張大人。
『・・・え？！もしかして結婚・・・式？ヤダよ。恥ずかしいよ・・・』
照れるジョー。
『なーにが恥ずかしいだ。フライングしちまったくせに』
『ガキができたのに、結婚してねぇってのもなんだしな』
口々にジョーをからかう。
（・・・ちょっとみんな・・・助けてよ、フランソワーズ・・・）
困った顔でフランソワーズを見つめる。フランソワーズは恥ずかしそうに、俯いたままだ。
結局、みんなに押し切られ・・・

―――オーストラリアの蒼く澄み切った空の下、二人は永遠の愛を誓った―――

仲間からの祝福を浴びて・・・
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ｆｉｎ　

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