いつからかしら・・・ 視線の先がいつも貴方に向けられていたのは・・・ そして・・・いつからかしら・・・ 貴方の視線を感じるようになったのは・・・ 人を好きになるって・・・こんなに簡単なことなの・・・？ いっしょにいるのが楽しくって・・・ それだけで・・・しあわせで・・・ なのに・・・ いつのまにか・・・貴方のことしか考えられなくなって・・・ しあわせなのに・・・苦しくって・・・ 心の変化に戸惑ってしまう・・・ 『こんな』私でも・・・貴方を・・愛しても・・いいの・・？ 私達が・・・『愛』を求めても・・・許してもらえるの・・？ 同じ境遇に・・・慰め合いたいだけ・・・？ わからない・・わからない・・・自分の心が・・・わからないの・・・ 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 今年の夏は猛暑だった。 うだるような暑さ、ギラギラと差し込む日差し・・・それよりもムシムシする湿気にフランソワーズは辟易していた。 暦は９月になっても一向に秋の気配は訪れない。 この残暑と、自分の心に生まれた疑問とでフランソワーズの気持ちは滅入るばかりだった。 「ふぅぅ・・・」 溜息ばかりが出てしまう。 私は確実にジョーを意識している・・・恋しているわ・・・ 今までなら、そんな自分が好きだった。 まだまだ、恋に恋していると言った方が正しかったけれど・・・ でも、今は・・・ サイボーグに改造されても心は何も変わらないと思ってた。 だけど、その状況にたたされて心が揺れている・・・ サイボーグの私が人を好きになるなんて・・許される事なの？ 戦う道具として生きるつもりはないけれど・・どうしていいのか・・・ 恋をして相手を想い切なくなる苦しみ・・・今まで恋をして苦しいだなんて感じたことなどなかった。 ただ、楽しかった・・・それだけだった。 ・・・ジョーに対しても最初はそうだった。なのに、いつのまにか視線の先に貴方を探してる自分がいた。 気が付けばいつも貴方の事を考えている。想えば想うほど胸が締め付けられ苦しくなる。 自分でも気付かないうちに・・・本当の恋をみつけてしまった。 『サイボーグ』の自分が恋をする・・許される事なのか思い悩んでしまう。 『サイボーグ』だから・・より強く、愛を求めているだけなのかもしれない。 でも・・心を止める事なんて出来ない。 心は自由・・お願い・・貴方を想う心だけは私から奪わないで・・・ 私は何も求めない・・・ただ、貴方がしあわせなら・・・私もしあわせなの・・だから・・ （ジョーのしあわせって・・・？） 「ふぅぅ・・・」 また胸の苦しさが、溜息となって溢れ出た。 「溜息つくと・・・しあわせがひとつ逃げてく・・・あれっ、不幸がみっつくる・・・どっちだったかな・・？」 不意に飛び込んできた声にドキッと心臓が高鳴った。 振り向くと、真面目に悩んでるジョーの姿が目に入り、思わずフランソワーズはクスクスと笑い出してしまった。 その声につられるようにジョーも笑顔をフランソワーズに与える。 まるで魔法のよう・・・ジョーの笑顔で先程までの重い空気はどこかに吹き飛んでしまった。 「ごめん・・・ノックしたんだけど・・・」 「ううん・・・いいの・・・」 高鳴りは一向に治まらない。それどころか胸が苦しくて不自然に顔を背けてしまった。 （あぁ・・ジョー・・・・・変に思ったかしら・・・） そーっと、窺うように視線をジョーへと走らせた。 『あっ』・・と、ふたりして瞳を逸らしていた。 ぶつかってしまった視線にお互いの頬がみるみるうちに朱に染まっていく。 「あ・・フランソワーズ・・どうしたんだい？最近、元気がないね・・・」 「そんなことないわ・・・ちょっと暑さにやられただけよ・・」 ジョーの心配を打ち消すようにと、フランソワーズは微笑みを作った。 その笑顔にはまだ、どこか翳りを帯びているようだが・・・ジョーは追及しなかった。 「そう・・ならいいんだ！・・・だったら、僕とつきあってくれない・・かな・・」 「えっ・・」 「君に見せたいものがあるんだ・・」 「私に見せたいもの？・・・なあに？」 「それは、ついてからのお楽しみさ！！」 茶色の瞳をきらきら輝かせながら、フランソワーズを誘う。そんなジョーが眩しくて堪らなかった。 コクンと小さく頷くとジョーはフランソワーズの手をとった。 「あ、羽織るもの持ってった方がいいかな！」 「こんなに暑いのに・・・」 「うん」 いったい何処へ行こうというのだろう・・・ フランソワーズはちょっぴりの不安とジョーとふたりで出掛ける嬉しさで胸がいっぱいになっていた。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　☆ 「リビングで待ってて！すぐ準備するから！！」 「え・・そのままでいいよ！」 「お願い！！１５分！・・・１５分でいいから・・ね、待って！！」 「うん・・・わかったよ・・・じゃあ、なるべく早くね！」 「ええ！」 あまりの熱心さにジョーは彼女の願いを聞き入れた。 （どうしよう・・・急なんだもの・・・あ・・） フランソワーズは思い出したようにクローゼットを開け、こんな日が訪れることを夢見て買っておいた、オフホワイトのワンピースを取り出した。 ―――１ヶ月前・・・いつものようにひとり、買い物に街へと出掛けた時・・・ ふと、目に映った、ウィンドウに飾られていたワンピース・・・ フランソワーズはひと目でそれが気に入り、惹かれるままお店に足を踏み入れ・・・彼女には珍しく衝動買いをしていた。 研究所に帰り、部屋へと飛び込むとすぐにワンピースに袖を通していた。 考える事は、大好きなジョーとの『デート・シーン』・・・ しかし、時が経つにつれ、フランソワーズは空しさを覚えた。 （ありえないもの・・そんなこと・・・） それから今日まで、お気に入りのワンピースはクローゼットの中で眠っていた――― まさか、本当にこんな日が訪れるなんて・・・フランソワーズは、夢心地だった。 それはシンプルなデザインだが、フランソワーズの清楚な美しさをより引き立たせていた。 （初めてのデートだもの・・・やっぱり、綺麗にしたい・・・） 急いで着替えると、ドレッサーの前で髪を整え、次に全身を鏡に映し、おかしなところはないかと最終チェックをする。 （今日一日を・・・大切にすごすのよ・・・） と、鏡の中の自分に心からの応援メッセージを送っていた。 時計を見ると、まもなく約束の１５分になろうとしていた。 レースのカーディガンとバッグを手に持つと、フレアースカートの裾をふわりと翻し、リズミカルに階段を下っていった。 「ごめんなさい、お待たせ・・・」 その声にジョーはドアへと振り返った。 「あ・・・」 思わず声を漏らしていた。目が釘付けとなり、息を飲み、言葉を失った。 妖精のように清楚な姿・・・儚げで・・・それでいて・・・眩しくて・・・ 守りたい・・・僕が守りたい・・・ジョーの胸に突然、熱い想いがこみあげてきた。 「・・・ジョー・・・？」 今にも消え入りそうな声。言葉を発しないジョーに不安になってしまう。 「あっ・・ああぁっ！！・・・に、似合ってるよ・・・その服・・」 焦ってぶっきら棒な言い方になっている自分にジョーは、落ち着こうと、ひとつ大きく息を吸った。 「ありがとう・・・」 フランソワーズは、はにかみながらも、嬉しそうに微笑んだ。 もう一度ジョーはじっくりとフランソワーズの姿を目に焼き付けていた。 （綺麗だ・・・とっても・・・） 一瞬、時が止まったように・・・いつしか見つめ合っていた。 「・・・あっ！遅くなるといけないから・・・行こうか！」 「ええ・・」 我に返り、時計を進めたのはジョーであった。 「ねえ、ジョー・・どこ行くの？」 「ナイショ！・・・さっきも行ったけど・・・ついてからのお楽しみ！！」 悪戯っぽくウィンクすると、 「もぉ・・・」 と、フランソワーズは小さな子供のように拗ねてみせる。 （・・・拗ねた仕種もかわいいな・・・僕にとって君は・・・・・さ・・） 「絶対に君も気に入るよ！とっても素敵なところさ！！」 「・・わかったわ・・・楽しみにしてる・・・・」 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　☆ 他愛のないお喋りをしたり、時に流れる沈黙に身を委ねたり・・・ふたりには心地のよい時間と空間になっていた。 ２時間くらいストレンジャーを飛ばしただろうか。 ジョーとフランソワーズは山あいにある森の中の渓流へと来ていた。 清らかに流れる爽やかな渓流・・それを取り巻く水辺のすべての景色・・・フランソワーズは心から感動していた。 水の音が涼しい風を運んでくるよう・・そして、その風が木々の葉を揺らし、さやさやとまた涼しげな音が生まれる。 その風は、秋の匂いを運んでいた。 研究所がある場所より標高が高いからなのか、あのいやなじめじめした暑さなど感じられない。 ここは確実に秋の足音を肌で感じさせてくれた。 ９月に入り、もう夏休みも終わったからであろう・・・そこは、誰もいないふたりだけの『楽園』であった。 「・・ありがとう、ジョー・・・素敵だわ！！ああ・・私・・」 暫く感激で声を失っていたフランソワーズがようやく口を開いた。蒼い瞳がキラキラ輝き、眩しいくらいの笑顔がジョーへと注がれる。 「気に入ってもらえて僕も嬉しいよ！あっ！足元滑るから気をつけて！！」 幼い子供のように水際へと走り笑顔を振り撒くフランソワーズ。 自然の中に溶け込みながら・・・その自然の恵みを慈しむように身体いっぱいに受けとめている。 そんなフランソワーズの姿を目を細め、安らぎを覚えながらジョーは見入っていた。 よかった・・やっぱりフランソワーズには自然が似合う・・ それに、感受性が強くて・・素直で・・とってもかわいいよ・・ 研究所にいた時の、なにか思い詰めたような顔から一変、水辺ではしゃぐ君・・・ 君の笑顔が見れないのが、今の僕には一番哀しい事なんだ・・・ その笑顔を、僕は・・僕は・・ずっと、待ってたんだ！ いつのまにか僕の心に住みついた君・・・ いや、違う・・君に逢ったあの時から・・僕の心は君に奪われたんだ！ そう・・燃え上がる愛は・・・あの日のまま・・・今も変わらずに・・・ 「ジョー！冷たくって、とっても気持ちいいわ・・・ジョーもこっちに・・キャッ！！」 「フランソワーズ！！」 バッシャ――――――ッン 静かな渓流に似つかわしくない派手な水音が響き渡る。 ジョーは、足を滑らしバランスを崩したフランソワーズを助けようとしたが、あまりにも突然の事で『加速装置』の存在を忘れていた。 腕を差し出し、フランソワーズの細い手首を掴む事はできたが、それも一瞬遅く・・ふたりはもつれるようにして水の流れへと倒れこんでいた。 そしてその結果・・・ふたりは見事にずぶ濡れとなっていた。 「だ、だいじょうぶ、フランソワーズ！」 「え・・・ええ・・」 一瞬の出来事にフランソワーズは呆然としていた。 （まさか、フランソワーズのこんな姿を見るなんてっ・・！！） 悲劇というより・・・ジョーは急に可笑しくなり、堪え切れなくなった。 「あははははっ！！」 ジョーは屈託なく笑い出す。腰まで水に浸かったまま立ち上がりもせず、ふたりの今の状態に大笑いしはじめた。 何故だか嬉しくなっていた。その姿があまりにも可愛くて、驚いたその表情がまたなんともいえず、愛しさを盛り上げる。 「・・ジョー・・・」 ようやく置かれてる状況を把握したフランソワーズは恥ずかしさから小さな声で彼の名を呼んでいた。 「フランソワーズ、もう泳ぐ季節は終わったよ！」 「・・もぉ・・意地悪・・・クスッ・・・ウフフフッ！！」 ジョーの一言でホッと力が抜けている自分に気づく。呆れられる・・と、よぎった予感を見事に覆させられたのだから。 お互いの姿に、声を上げて思いっきり笑っていた。 記憶からは自分達が『サイボーグ』であることなんていつしか削除されていた。 ―――こんなに笑ったのって・・・いつくらいぶりかしら・・・ 「立てる？」 フランソワーズの傍まで来ると手を差し伸べた。 その手を取り立ち上がったフランソワーズの姿は、水に濡れたスカートが足に絡みつき妖艶な匂いを仄めかしていた。 思わぬ姿にジョーは心臓を射抜かれ、早鐘のように鳴響いた。 「っ！！・・・」 フランソワーズの小さな悲鳴で現実へと引き戻された。右足に重心をかけようとした時、痛みが走ったらしい。 よろめいたフランソワーズの華奢な身体を逞しい腕でしっかりと支え、蒼い瞳を見つめると心配そうな顔で訊ねる。 「怪我したのかい？」 「そうみたい・・・右足、ちょっと捻ったらしいの・・でも、たいした事・・・えっ・・！」 答えるまもなく、ジョーはフランソワーズを抱き上げていた。 そして、日当たりの良い川辺へと向かった。 「・・ジョー・・・はずかしいわ・・・」 「誰もいないよ・・・それに・・君はバレリーナなんだよ！大事にしなくちゃ・・！！」 「あ・・ありがとう・・・ごめんなさい、迷惑かけて・・・」 「迷惑なんて思ってないさ！」 「・・本当に・・・？」 「本当さ！！」 ―――フランソワーズは嬉しさをほんの少し勇気に変えて・・・頬を胸に寄せてみた。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　☆ 足は軽い捻挫程度だった。ストレンジャーに常備していた薬箱のお陰で痛みも徐々に薄れていた。 ジョーはどこまでも優しかった。応急手当をする時も大切に、フランソワーズの表情を窺いながら丁寧に施してくれた。 その間ジョーもフランソワーズも、自分の鼓動の激しさに、相手の鼓動までもが自分と同様に激しく脈打っているとは思わずにいた。 濡れた身体を乾かすために火を熾し、パチパチと燃える炎を見つめながらゆっくり流れる至福の時をしっかりと噛み締めていた。 フランソワーズの肩にはジョーのジャケットがかけられていた。 華奢な身体がすっぽり入ってしまう、ジョーのジャケット。 まるでジョーに抱きしめられているみたい・・・ ジョーの匂いに包まれて・・・ 「ジョー・・本当にありがとう・・・」 「よかったよ・・・たいした事なくて・・・それより・・寒くないかい？」 「大丈夫よ・・・炎が・・とってもあたたかい・・・それに・・」 「なんだい？」 「ううん・・なんでもないわ・・・」 （あなたの心が・・・一番、あたたかいわ・・・） 時が止まったかのような一日も、陽は次第に西へと傾いていった。 川辺には色鮮やかな秋桜（コスモス）が咲き乱れ、秋風に揺れている。 「きれい・・・」 「ほんとうだ・・・君みたいだね・・・」 「え・・・」 「清楚で儚げで・・・花言葉・・・なんていうの？」 「あ・・・」 ―――躊躇してしまう・・だって・・・『君みたいだね・・・』なんて言うんだもの・・・ 「知ってるんでしょ・・教えてよ・・」 「・・・『乙女の純潔』『真心・調和』・・よ」 「君に、ピッタリだ・・・」 「ジョーったら・・」 ジョーの言葉にフランソワーズは赤面して俯いた。 ―――いつになく饒舌なジョー・・・なんだか嬉しくて涙がでてきそう・・・ 「ここって、ジョーの思い出の場所なんでしょ？」 「うん・・中学ん時だったかな、確か今頃の季節・・・林間学校で来たんだ・・・」 「そうなの。」 若かったあの時・・・何もかもに反抗的で・・・破滅的な生き方をしていたあの頃・・・ ジョーは、過ぎ去った日々を思い起こした。 あの時、僕がこんな穏やかな生活をおくるとは誰も想像できなかっただろうな・・僕だって・・みんな、君のおかげさ・・・ 「・・僕はその頃、集団生活ってヤツが苦手で、参加はしたけどすぐ抜け出していたんだ。そん時に見つけた僕のとっておきの場所さ！」 フランソワーズはジョーの話に穏やかに微笑みながら、静かに耳を傾けていた。 ジョーが過去を語ること・・・それは今まで皆無に等しかった。それが、フランソワーズが質問したとはいえ、自ら話し出している。 私の知らなかったジョーを教えてくれる・・・ほんの一部かもしれないけどその事が何よりも嬉しかった。 「ほぼ、一日中ここにいた・・・ボーっとして・・ただ、ここの自然に身を預けているだけで、なぜだか癒されていたんだ・・」 「そうね・・・ここは何もしなくていいところだわ・・・」 「暫く来てなかったから、ちょっと心配だったんだ・・変わってるんじゃないかって・・・でも全然、変わってなかったよ・・・君に見せる事が出来て本当によかった！！」 「ジョー・・・」 中学生のジョーには考えられない、やさしい笑顔を、フランソワーズに向ける。 「いつか絶対、君を連れて来ようと思ってたんだ。君と接してるうちに・・ここの景色が思い浮かんできたから。上手く言えないけど・・君はこことおんなじ香りがしたんだ。穏やかでやさしくて・・・僕に勇気を与えてくれる・・・だから・・」 「ありがとう、ジョー・・連れて来てくれて・・・あなたの思い出の中に招いてくれて・・・本当にありがとう・・・」 「フランソワーズ・・・」 ―――私には見えた。微かにジョーの頬が染まっているのが・・・ 「本当にうれしい・・・あなたと私の・・『秘密の場所』・・ね・・・」 「ああ・・でも、もうひとつあるんだ・・・とっておきのもの・・・もうすぐねっ！！」 「もうひとつ・・？」 「真っ赤になるんだよ！」 「真っ赤に・・・？」 不思議そうな顔をして僕の顔を覗き込む。 今度はどんな表情になるんだろう・・・僕は・・・ワクワクしてしまうよ・・・ 「ほらっ！！」 ジョーは『もうひとつのもの』を指差していた。フランソワーズの後方の山の谷間・・・ その指の方向に振り返るとフランソワーズは感嘆の声を上げていた。 「あ・・・・」 大きな太陽が、赤々と今日を名残惜しむように、最後の光を撒き散らす。 ゆっくりと静かに、次第にあたり一面を真っ赤に燃やし尽くしていく。 導かれるようにふたりは立ち上がった。 燃えている・・・山も、森も、何もかも・・・ 自然の成せる技・・・私達って、なんてちっぽけなんだろう・・・ 私の悩みなんて・・・ 言葉はいらなかった。今、この瞬間（とき）をふたりでいる事・・・それがすべてだった。 私をいつも見ていてくれる・・・ 貴方は私が悩んでる事を・・・わかってくれていた・・・ ずっと・・気づいてくれていた・・・私の大切な人・・・ （ジョー・・・大好き・・・） 僕は見とれていた・・・ 陽の光を浴びて・・・自然と一体化したように神秘的で・・神々しく輝く君に・・・ ・・・美の女神達は、君の美しさに嫉妬したりしないだろうか・・・ いや、僕は知っているよ・・・やっぱり君は普通の女の子だ・・・ 完璧なんかじゃない・・・僕の宝物・・・ （フランソワーズ・・・大好きだ・・・） ふたりは太陽に告白した。心の中で、自分に誓いをたてるように・・・ 今のふたりに『迷い』という言葉はなかった。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　☆ ふたりは夕日を見つめながら肩を寄せ合って座っていた。 言葉はなくとも心は繋がっている。そう感じられる程ふたりの距離は急速に縮まっていた。 ふたりでいれば苦しみは和らぎ、安らぎが生まれる。 フランソワーズの心に生まれていた疑問もほぼ、解決されていた。 ひとつだけ・・・それだけは直接本人に訊いてみないとわからないこと・・・ 「ねえ、ジョー・・・ひとつ訊いてもいい？」 フランソワーズは気負う事もなく自然に口にしていた。 「なんだい、改まって・・・いいよ、僕が答えられることなら。」 「・・・あなたのしあわせってなに？・・・『００９』ではなくて・・・島村ジョー・・・あなたのしあわせ・・・」 「僕、個人のしあわせ・・・？」 「ええ・・・」 「それは・・・フランソワーズ・・君の傍にいることさ・・」 「えっ！」 「君の笑顔がいつも傍にあって、君の声が僕の名前を呼び・・・君が僕に甘えて、ときどき泣き虫な君にハンカチの代わりに僕の胸を貸す事ができて・・・そして、なにより・・・君がしあわせな事が・・・僕のしあわせだよ」 「ジョー・・・」 今日一日、なんど涙が出そうになったか・・でも、もう堪える事は出来なかった。 フランソワーズの蒼い瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。 「フランソワーズ・・・ハンカチ、貸そうか・・・」 「あ・・・」 ジョーはフランソワーズの亜麻色の髪に大きな掌をあて、そっと胸に抱き寄せた。 大きな愛に包まれて・・・あとからあとから・・・涙が溢れてしまう。 「・・・ジョーのシャツ・・・涙で・・・・グシャグシャに・・・なっちゃうわ・・・」 「かまわないさ・・・僕の答えで・・・嬉し泣きしてくれてるんだ・・・歓迎するよ！」 「ジョー・・・」 「・・・僕も訊いていいかい？・・・君のしあわせは・・？」 はにかみながら顔を上げると、恥じらいながらも視線はまっすぐにジョーの茶色の瞳を見つめた。 「私も・・・あなたと同じよ・・・あなたの傍にいる事・・あなたがしあわせな事が・・・私のしあわせ・・・」 「フランソワーズ！！」 愛しさが募り、ジョーはギュッと抱竦める。 「愛してる・・フランソワーズ・・・」 「私も・・・愛してるわ・・・お願い・・このまま離さないで・・」 「離さないよ・・・ずっと・・・・・誰にも渡さない！！」 今、僕は・・・いや、僕達は最高にしあわせだね・・・・・ そっと力を抜き・・・熱い視線で見つめ合った。 君の頬が真っ赤なのは・・・あの夕焼けに染められただけではないようだ・・・ やさしく、頬に手を添える・・・微かに震えている・・？ 止めてあげるよ・・・その震えを・・・ 僕の愛で・・・満たしてあげるから・・・ そっと・・・くちびるを・・・重ねた・・・ 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　☆ いつしか太陽は沈みきり空には月が浮かんでいた。 輝く満天の星・・・まるでこの世に存在してるのはふたりだけだと錯覚してしまう場所・・ そっとくちびるを離すと、フランソワーズの閉じていた瞼の端から一筋、涙が頬を伝った。 悦びの涙・・・僕達の想いがひとつになった夜・・・ 歩いて行こう・・・僕達のペースで・・・ 愛を誓ったこの場所から・・・愛を・・育んでいこう・・・永遠に・・・ 私の願いは・・・貴方の傍にいたいだけ・・・ しあわせすぎて・・・怖い・・・ だから・・・ずっと・・抱きしめていて・・・ 明かりは・・・月の光と・・瞬く星と・・灯した炎だけ・・ 聞こえるのは・・・水の流れる音と・・・炎の燃える音と・・・そして・・・ 貴方と私の・・・心臓の音・・だけ・・ 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 いつからかしら・・・ 視線の先がいつも貴方に向けられていたのは・・・ そして・・・いつからかしら・・・ 貴方の視線を感じるようになったのは・・・ ―――そう・・・初めて逢ったあの瞬間（とき）から・・・ 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　〜Ｆｉｎ〜