「ジョー、今、時間あったら迎えに来てくれる?」
フランソワーズからの電話を取ったジョーは驚いた。
フランソワーズが『迎えに来て』という電話を掛けて来る事自体が珍しい。
「・・どうかしたのかい?」
思わずそう訊き返した後、フランソワーズは一瞬沈黙した。
そして『何でもない』と小さな呟き。その声が、微かに震えていた。
「駅の所にいるから・・・」
すぐに行く、とジョーが答えると、フランソワーズはそれだけ言って電話を切った。
ジョーは受話器を放り出すと、慌てて飛び出した。
耳に残ったフランソワーズの声が、とても気になる。
(どうして・・・フランソワーズが泣いているんだ)

行き過ぎる人々を目で追う。
空を見上げると、止みそうにない雨は依然、落ち続けてくる。
フランソワーズは溜息をついた。
先日まで真夏の暑さが続いていたが、雨の所為で急に気温が下がったようだ。
雨に濡れた髪が雫を滴らせる。
身体の震えが止まらず、思わず自分の身体を抱き締めると、服もかなりびしょ濡れになっている。
傘があれば、こんな思いをする事はなかったのに。
そして―。
フランソワーズは視界の端で『それ』を捉える。その無残な姿を見ていると涙が出てくる。
「せっかく・・・」
半分泣き声で一人呟く。
「フランソワーズ!」
その声が耳に届いた時、ちょうど頬に涙が一筋零れ落ちたところだった。
フランソワーズは慌てて涙を拭った。泣いていたらジョーは絶対心配する。
そう思っても涙は止まらない。
「・・・ジョー・・・」
名前を呼ぶのが精一杯。
一方、ジョーは少なくともフランソワーズが事故に遭ったとか怪我をしたという訳ではなさそうなので、少し安心していた。
しかし、よく見ると、フランソワーズは頭の先からつま先まで雨でびしょ濡れに近い状態だった。
「どうして、そんな・・・」
「ジョー!」
フランソワーズはジョーに抱きつき、声を上げて泣き始めた。

どれくらい時間が経ったろうか。
「そろそろ・・・理由を訊いてもいいかい?」
困り果てたジョーの声が聞こえ、フランソワーズは慌てて顔を上げた。
「・・ごめんなさい。泣くつもりなんてなかったのに・・・ジョーの顔を見たら・・・」
僕が泣かしたみたいに言わないでくれよ、とジョーは思ったが、今この状態で言おうものなら、更に泣かれる事がわかっていた。
「それはいいから・・・どうしたの?」
ジョーは出来るだけ穏やかな口調で尋ねた。フランソワーズはまだ泣きそうな顔をしている。
「・・・言いたくないなら、無理には訊かないけど」
フランソワーズは首を横に振った。
「ジョーに・・プレゼントしたいものがあったの」
「プレゼント?」
「・・・ジョーの誕生日の時、忙しくて渡せなかったから」
「何だ・・・そんな事、気にする事はないんだよ。あの時は、とてもそんな状態じゃなかったじゃないか」
「そうね・・だから、遅くなったけど・・・って・・・でも、駄目」
フランソワーズは悲しそうな顔で俯いた。
「せっかく準備したのに・・・駄目になったの。プレゼントも買って、お店の人にすごく綺麗な紙でラッピングしてもらって、メッセージも書いて・・・」
「・・・何があったんだい?」
フランソワーズがそこまで悲観するなんて、一体・・。
「せっかく綺麗に作ってもらったのに・・・雨に濡れてぐちゃぐちゃになっちゃったの!」
「・・・」
ようやく全ての事情を理解した。
「何もそんなに泣く事、ないと思うけど・・」
「だって、せっかく綺麗に出来てたのに。ジョーを驚かそうと思ったのに」
「・・驚いたよ。泣きながら電話を掛けてきて、理由も言わずに迎えに来て欲しいなんて・・・」
「・・ご、ごめんなさい!! 理由も言わなくて・・・わざとじゃないけど・・まさか心配してくれるなんて思わなかったの。本当にごめんなさい!」
フランソワーズが謝る。そして『クシュン』と小さな音が二度続く。
ジョーはジャケットを脱ぐと、フランソワーズの肩に掛けた。
「え?」
「このままじゃ、風邪を引く」
「・・・ありがとう」
ジョーの優しさが、とても嬉しかった。
「ジョー・・・プレゼント、受け取ってもらえる?」
「・・駄目になったんじゃないの?」
「駄目になったわよ。ラッピングも箱も全部・・・。でも中身は無事なの・・。だけ
ど、中身だけって・・・」
俯いたフランソワーズは、思い切ってポケットに手を入れ、中身だけを掌に乗せた。
フランソワーズが見せたのは、銀の指輪。
ジョーはフランソワーズの手の中にあるリングを見つめた。
「これはね」
フランソワーズはサッとジョーの左手を取り、薬指にリングをはめた。
「・・・予約済み・・・って事なの」
「・・・え?」
笑ってみせたフランソワーズの頬が、赤くなっているのに気付いた時、ようやく意味がわかった。

『世界で一番貴方を愛しているのは、私です・・・』

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