いつもならすぐに帰国する私なのに・・・。 明日の帰国を前にしてフランソワーズは一人物思いに耽っていた。 母国フランスには彼女の優しい兄ジャンやバレリーナ学校時代の友達が彼女の 帰国を心待ちにしていた。彼女もまた戦いで辛かった日々を早く忘れ去りたいが 為に一刻でも早く彼らの元に戻りたいといつもなら願うはずだった。 あの人のせいだわ・・・ フランソワーズはリビングで仲間と談笑している一人の男をそっと見つめた。 島村ジョー。いつの間にか私の心の中に住み着いていた人。 戦いの中で恋愛感情を持つのは許されない事だと自分では思っていた。 でも彼の優しい笑顔を見る度に心がときめく。彼に守られていると感じただけで 胸の震えが止まらない。どうしようもなく彼を好きになっている自分に気づいたのは 帰国が決まってからの事だった。 「フランソワーズ、どうしたの？元気がないね」 彼が私の気持ちに気づくはずもなく、屈託のない笑顔を向けて私に話し掛ける。 「ううん、大丈夫よ。それより何の話をしていたの？」 「今度みんなで、何も起こらなかったら１年後に逢う約束をしてたんだ」 「本当に？」 「ああ、でも何も起こらなければ・・・の話だよ」 「大丈夫さ、俺達が必死になって戦ったんだから。ちょこちょこ非常招集 　されちゃたまんないぜ」 ジェットがオーバーに話す。 「つくづくお前はおめでたい奴だな。いつ何が起こるか判らないものさ」 ハインリヒは彼なりの冷静な判断で考えを述べる。 「そうかもしれないね。でも僕は信じたいんだ。何事も起こらず、ここで また１年後にみんなに逢えることを・・・」 ジョーはみんなを見渡しながら、優しく言葉を継いだ。 「ジョー、お前はホントに甘ちゃんだな。理想ばっかり追ったって、後で 痛い目に遭うだけさ」 「ハインリヒ、確かに君の言うとおりかもしれない。僕の考えが甘いと いうことも充分承知しているよ。けど、信じる気持ちを無くしたらそこで 終わってしまうじゃないか」 「・・・勝手にしろ」 ハインリヒは一言呟いて、リビングを後にした。 「ジョー、あいつはほっとけよ」 「ジェット、ハインリヒは判ってくれているよ。ただ照れくさくて僕たちの 前ではああいう態度をとってしまうんだよ、きっと・・・」 ジョーはそう言いながら、ハインリヒが出ていったドアを静かに見つめていた。 私はそんなジョーを見つめ、黙っていた。 ジョーは決して仲間の事を悪く言わない人だった。リーダーとしては当然 の事かもしれないが、戦いという状況の中でともすれば対立しがちになる 仲間達を穏やかに諫めてきたのはジョーだった。 仲間を本当に大事にしているジョー。私の事もきっと仲間として大事に してくれているだけなのね。 貴方の優しい瞳に私はどんな風に映っているのかしら・・・ 知りたい、でも知りたくない。心が揺れるフランソワーズだった。 帰国当日は雲一つない晴天だった。 「空港まで送っていくよ」 「えっ・・・」 突然のジョーの申し出に私は驚いた。これ以上ジョーのそばにいたら、 どうにかなってしまいそうな自分が怖かったから。 ジョー、貴方は私の事をどう思っているの？ 言葉に出して言えない想いが私の心の中をちくちくと刺す。 「一人で行けるから大丈夫。心配しないで」 気持ちとは裏腹の言葉が口をついて出る。 「どうしても君を送っていく必要があるのさ」 「それはどういう意味？」 「秘密だよ」 そう言ってジョーはウィンクをしてみせた。 空港へ行く車の中では二人とも口数が少なかった。ジョーは時折私の方を 見つめ何か言いたそうな雰囲気だったが、積極的には話し掛けてこなかった。 私も口を開けば今まで想い詰めていたことが一気に飛び出していきそうで 無口になっていた。 「着いたよ」 「ええ、ありがとうジョー・・・」 まともにジョーの顔をみて挨拶ができなかった。 「これを君にフランスへ持っていって欲しいんだ」 「これは何？」 ジョーは小さな包みを私の手に差し出した。 「１年分の卓上カレンダーだよ。・・・これを１日ずつ君に使って欲しいんだ」 「カレンダー？どうして私に？」 「理由は訊かないでくれないか。それとお願いだけど最後の１枚を使い終わるまで けっして最後の日にちは見ないで欲しい。それじゃ約束だ」 ジョーはそう言って顔を赤くしながら走り去ってしまった。 「ジョー・・・、大切にするね」 私はジョーのくれたカレンダーを握りしめ、フランスへと飛び立った。 フランスでは兄や友達が喜んで迎えてくれた。今までの辛かった日々を消し去る ように私はバレエに打ち込んだ。でも心の奥底ではあの人の事を忘れた事は なかった。食事をしている時も眠りにつく時も友達と喋っている時もいつも ジョーの事を考えている自分がいた。 こんなに好きなのに・・・ １年という時間が永遠と思われるほど長く感じられた。 月日は流れ、とうとう明日約束した１年を迎える事になった。 私は毎日ジョーがくれた卓上カレンダーをめくる度に、ジョーの事を １日ごとに想い重ねていく自分を感じていた。 ジョー、早く貴方に逢いたい・・・ 約束どおり卓上カレンダーの最後をめくるとそこには何か書いてあった。 「ジョーの文字だわ」 私は急いで文字に目を走らせた。 『フランソワーズ、明日はとうとう君に会えるね。 僕はこの日をずっと心待ちにしていた。 １年間想い続けていたよ、僕の大好きなフランソワーズ』