亜麻色の髪がふわりと流れて、水中に消える。
透明な水に包まれて、まるでオンディーヌのように見えると思うのは、自分だけではないだろう。
ふと、視線に気付いたのか、彼女は向きを変えて手を振った。そして、また優雅に泳ぎ始める。
周囲からは溜息にも似た声が湧き起こり、相変わらず彼女を追う。
泳いでいる者もプールサイドにいる者も皆、この亜麻色の髪のオンディーヌを見つめていた。

嬉しそうに水と戯れるフランソワーズ。ジョーはこんな彼女が見られてとても幸せになれる筈だった。
しかし・・・。
「何の為に、わざわざ仮病なんかを使って皆と一緒に行かなかったと思うんだ」
ジョーは一人、呟いた。

久しぶりの平和な時間。
フランソワーズと二人で、山の別荘へ行く計画を立てたジョーだったが、
気が付けば、なんとフランソワーズが皆を誘っていた。
二人っきりというのを楽しみにしていたジョーは、どうしても諦めきれず、出発という時になって、彼は急遽仮病を使った。
案の定、皆はそれを信じ（？）、心配するフランソワーズだけが残った。
三日後に後を追うと言って皆に先に行かせ、やっとジョーはフランソワーズと二人になる事に成功した。
フランソワーズを騙す事は少々良心が痛んだが、ひとえにフランソワーズと二人っきりになりたかったジョーは、この際そんな事に構ってなどいられなかった。が、フランソワーズの手前、取りあえず半日はおとなしく寝ていたジョーだったが、もともと元気な身体で長く寝ていられる筈もない。
治ったからと、なんとかフランソワーズを説き伏せてプールに連れ出した。

だがしかし、二人でプールで戯れようとしていたジョーの思惑は、もろくも崩れた。
「熱があったんだから、まだ水には入らない方がいいわ」
と、フランソワーズに言い渡されてしまった。
その上、プールには暑さが伴って人がいっぱい。
当の本人は全く気にしていないのだが、ジョーにしてみれば周囲の目の何と危ないことか・・・。
あちらこちらの若い男達の熱い視線が、遠慮無くフランソワーズに向けられる。
気に入らない・・。
もっとも、ジョーにも同様に、こちらは女の子達の視線が注がれているが、本人はフランソワーズばかりが気になって一向に気付いていなかった。

「フランソワーズ！」
ついに堪りかねて、ジョーはフランソワーズを呼んだ。
これ以上、ここにいては自分は憤死しそうだ。
「どうしたのジョー？ 具合悪くなったの？」
「最悪・・・。帰る」
「解ったわ」
フランソワーズは手すりを掴むと、さっと水から上がった。
その途端、すぐ側にいた男の口笛。
慌ててジョーは手元のバスタオルをフランソワーズに渡す。
「行こう！」
「・・ジョー、何を怒ってるの？」
・・・まさか、此処にいる男全員に嫉妬しているとは言える筈がない。
つい黙って、そのままフランソワーズを振り向きもせずジョーは歩いて行ってしまった。

先に駐車場で憮然と車の側に立っているジョーに、後を追って来たフランソワーズは戸惑っていた。そして・・・。
「ごめんなさい・・」
「・・え？」
突然謝ってきたフランソワーズに、ジョーは驚いた。
後ろめたいのは自分の方で、謝るのは当然自分の筈だった。
「ジョーが具合悪いのに、自分一人だけはしゃいでしまって・・・ごめんなさい」
濡れた髪から水滴が落ちる。
「髪も拭かずに追ってきたのかい？」
「・・・」
「風邪をひくよ」
「だって・・」
立っているフランソワーズを、ジョーは自分の方へ引っ張った。不意をつかれてフランソワーズは呆気なくジョーの腕の中に収まってしまう。
「ごめん・・フランソワーズ。嘘なんだ」
フランソワーズが動くのをジョーはしっかりと阻止し、なおかつ言葉を挟ませまいとするように言葉をつないだ。
「熱なんてないんだ。フランソワーズと二人だけ残りたかったから、仮病を使ったんだ」
「どうして・・・」
「僕は！・・僕は君だけと一緒に過ごしたかったんだ。確かに皆と一緒が楽しくないわけじゃない。だけど・・フランソワーズ。僕達は恋人同士だろう？ だったら少しでも君だけと一緒にいたいと思ってもいいだろう？」
素直に謝る筈だったのに、ずっと思っていた事が出てしまった。
しまったと思っても、もう遅い。
「ごめんなさい」
フランソワーズが謝る。
大切な蒼い瞳にうっすらと滲んでいるのは・・・。
大失敗。ジョーは心底後悔した。
こんなつもりじゃなかったのに・・・。
「ジョー・・・ごめんなさい。気が付かなかった。貴方もそんな風に思ってくれていたなんて・・。二人だけでいたいと思っていたのは私もおなじ・・。でも、これはきっと私の我侭だから貴方が嫌がるんじゃないか・・って」
「フランソワーズ・・」
フランソワーズも同じ様に思ってくれていた事が嬉しくて、本来ならば自分が謝らなければならない事をすっかり忘れて、ジョーは思いっきりフランソワーズを腕の中に抱きしめた。
「愛してるわ」
ドキッ。今更慌てる言葉でもない筈なのに・・。
「別荘へはいつ行くの？」
「明日でもかまわないよ」
「しばらく、行くのをやめましょう」
「？」
「ジョーとずっと一緒にいたいから・・。だめ？」
「僕は嬉しいけど・・皆はどうするんだい？」
「ジョーの具合が悪かったって言えばいいわ」
「ばれたら・・ジェット達はしつこいよ」
「その時は・・・私が謝るわ」
今は、ジョーだけでいい・・と蒼い瞳が語っていた。

ＦＩＮ