| 「・・・っ！・・・」 魘されている？彼女か？ 光のない闇の洞窟。訳の解らないうちに戦わされて逃げてきた。 初めての休息。 ―――疲れていた――― 勝手に機械を埋め込まれた男たち数人。 その中に、不似合いな美しい少女。 戦いの間ずっとレーダーの役目をしていた。疲れきっているはずだ。 怖い夢をみているのだろうか・・・。 でも、僕は声をかけられずにいた。 ＊ なんて奴らだ。各国から集められているが皆いなくなっても構わない者ばかり。 殺人、アル中、自殺未遂・・・。おまけに僕は少年院脱走者。 これだけでも十分悪の組織だぜ。 ００４とかいうドイツ人は体ン中に原爆を入れられたらしい。 最悪だ。爆発したらどうすンだよ。 簡単な体の説明と自己紹介。 あとは彼女を残すのみだった。 僕は興味津々だった。いったい何をやらかしたのか。 意地悪な笑みを浮かべて聞く。 「あんたは何したの？そんなかわいい顔して、男をだまして金・・」 言い終わらないうちに００２に張り倒される。 「ばかやろう！彼女だけは違うんだよ！」 「俺達みたいに要らない人間じゃないのさ。間違いだ・・・」 ００４が静かにそう言った。 「・・・ってぇ・・・」 唇が少し切れていた。サイボーグなんだから手加減しろよ！ 「・・・私は・・兄を迎えに行く途中に・・誘拐されたの・・」 目を伏せて、静かに答える。 バレエを習っていた上流のお嬢様だと００７が付け加える。 なるほど、どうりで皆と違って品があるはずだ。 「あんただけ家族もいるんだし、戦いなんて似合わないお嬢様だ。オニイサンのところへ帰れば？」 冷たく言い放つ。お嬢様なんて嫌いな人種だ。 「・・もう・・帰れない・・」 かぼそい声でつぶやく。キッと顔を上げる。 「こんな体の私は・・もう・・お兄ちゃんの元には・・普通の生活は・・できない・・」 怒りを秘めた瞳が僕をにらみつけた。 そして、その蒼い瞳から大粒の涙が溢れそうになる。 彼女の非難の目にたじろぐ。 そして小さな罪悪感がちくりと胸を刺した。 「と、とにかく、僕はこんな逃げ回ったり、戦ったりはもういやだ！ほっとけばいいじゃないか！」 皆が驚いた顔をして僕を見た。 「僕は世間に対して恨みしかない。皆だってそうだろ？勝手にこんな体にしたのは許せないけど戦争をやる奴はやらしときゃいいんだ。僕には関係ない！」 生きていていいことなんて１つもなかった。 孤独、絶望――。愛情なんて知らない。 世の中の奴らがどうなったって、何人死んだってかまわない。 「平和の為になんて大義名分を抱えてる奴はいない。ただ、人間でもない、機械でもない、化け物にされた怒りだけさ・・」 このドイツ人は淡々と話す。なんでも知ったようなリーダー格。 どうも気に食わない。 「もう・・私たちのような哀しい思いをする人を増やしたくないわ・・」 さっきまでの涙はもう消えていた。 凛とした表情が美しさを際立たせる。思わず見とれてしまう。 彼女が戦場にいる違和感。 荒くれた男たちの中にいて負けない強さを感じる。 それでいて冷たい”魔女”でない、暖かさを感じる。 ・・なんだろう・・。どういう”お嬢様”なんだ？ 「まぁ・・とりあえず攻撃をかわさなきゃ俺達が死ぬってことさ」 ００８が僕の肩を軽く叩いた。 僕が改造される前に何日も何日もあんな死にそうな訓練をさせられたんだろう。 死線を乗り越えた同志の結束感。 ―――疎外感を感じた――― ＊ 僕は１人海をみていた。 戦わなくては自分が死ぬ。 死んでも誰も哀しまない。 勝手に機械の化け物にした奴への復讐？ 逆に敵の思惑通りこの力を使って世の中に復讐？ いや、・・・訳の解らない組織にこき使われるのは御免だ。 サイボーグなんて現実か空想か？ 混乱の中での戦い。 冷静に何かを考えるなんて無理だ。 「無理もねぇよな。突然こんな事にまきこまれてョ」 後ろにはあのアメリカ野郎がきていた。 強引に横に座る。なれなれしい奴だ。 「さっきは悪かったな。皆最初は同じ。荒れる。呪う。納得できる話じゃねぇからな。この先ずっと・・。」 慰めに来た？うっとうしい。 「・・で、なに？」 「・・・最初に言ったが００ナンバーは製造番号だ。００３はオレのあとに改造された。いろんな訓練もずっと彼女といっしょだ。」 ―――いきなり女の自慢かよ。エロオヤジ！ 「あんたはあのこが好きなのか？」 「あんなキレイな娘、嫌いな奴いるか？」 アメリカ野郎は大げさに驚いて見せた。 「・・だからなんだよ。ノロケ話？」 嫌味な溜息をついてやる。 急にマジな顔で答える。 「あの美しい顔を・・、あの蒼い目を・・、人形さんのようなあのこを切り裂いたんだぜ！？そりゃ傷なんて跡形もない。外見はな・・。何日間も泣いていた。食事もとらずに、言葉も出なかった・・。もうそのまま死んでしまうかと思った。精神的に壊れてしまうかとも思った。でも・・彼女は自分で決めた。・・戦う事を・・。強い女だな・・。」 彼女の、僕に向けた非難の目が思い出される。 「あんた・・彼女の恋人？」 「あっはっはっは！ンナ訳ねぇだろ！皆のマドンナだからな。」 ００２は僕を指差して言った。 「抜け駆けはいけネェ！とくに同年代のお前はな！」 「はぁ？」 「お前はイワンを除いて１番年下のくせに１番性能がいい。しかもリーダーだ。ルックスもまぁまぁ。ま、オレ様には負けるが・・。ま、恋愛云々は生き延びてからだがな」 ウィンクして００２は行ってしまった。アメリカ人はいちいちキザだ。 何が言いたかったんだ？暗に僕を責めた？ でも、ここの奴の言葉はすうっとはいってくる。 誰に対しても張り詰めていた。心に一切立ち入らせない防御線をはり、いつも反抗的な態度で、友達なんて１人もいなかった。 だけど、なぜだろう？ 被害者の仲間意識からか？ 皆、孤独と絶望を知っているからか？ ちくり。彼女の涙を貯めた蒼い目が思い出される。 ＊ 爆音、燃え盛る炎。奴らはどこまでも追って来る。 この先には小さな集落がある。 世界の平和はくそくらえだが、普通に生活してる人々を僕らの巻き添えにはできない。 「００３どこへ行く！」 遅れをとっていた００３がいきなり踵をかえす。 後ろは敵機の攻撃で森が炎に包まれている。 「００３！危険だ！戻れ！」 「００９！あの中に子供がいるわ！」 崩れた小屋に火が迫っている。 落ちた屋根の下敷きになって１人の子供が倒れている。 その横で「お兄ちゃん！お兄ちゃん！」と泣きじゃくる小さい女の子。 「００９！助けて！」００３は泣き叫んでいた。 ―――追ってきた敵は全滅した。 集落には被害がなかった。でも、森は半分を焼失した。 突然の災難に村人が１人、また１人と近づいてくる。 助けた子供が母親を見つけ泣きながら走っていく。 抱きしめる母親。 「あの人たちが助けてくれた」 ・・しかし・・２人の子を抱きしめた母親は複雑な目をして僕らをみた。 村人たちは皆敵意に満ちた目をしていた。 「何者だ」「おまえらのせいだ」 村の大事な収入源、食料源であろう森の焼失・・・。 ボロボロになったドルフィン号が２人を迎えに来た。 「・・・ごめんなさい・・」一言そう言って逃げるように乗り込む。 僕は怒りを抑えられなかった。 コックピットに戻って彼女に詰め寄る。 「何で謝る？君は子供を助けた！あの危険な中で君は炎の中に戻った！君がいなくちゃ助からなかった！あんな非難の目をむけなくても、ありがとうくらいいっても損はし・・」 「私たちがいなかったらあの子たちは危険な目に会わなかったし、森も燃えなくてすんだのよ！」 ００３の剣幕に他のメンバーも事情が飲み込めたようだ。 彼女は泣いていた。涙がとまらなかった。 初めて他人を巻き込んだ戦い。 誰かを守っても、誰にも感謝されない。 逆に責められるのだ・・・。 何の為の戦い？誰の為の戦い？ ・・・世界の平和なんかくそくらえだ・・・僕はつぶやいた。 ＊ ミーティングルームで１人ぼんやりしていた。 「どうぞ」突然コーヒーが前に置かれる。 「００９・・さっきはごめんなさい・・」 「あ・・・・べ、別に・・」 「それと、あの子達を助けてくれてありがとう・・・」 「えっ？」 「あの時、お兄ちゃんを助けて！って聞こえて・・。そしたら無我夢中で・・」 「・・・君には兄さんがいたんだよね・・」 「ええ・・・・」 「・・・僕は・・何のために戦うか解らないよ・・・」 「・・・そうね・・・」 ――――長い沈黙―――― 「私が・・私がお兄ちゃんの所に帰れば・・敵が追ってきてまた・・まわりの人が傷つくかもしれない・・。だから！・・・だから、この戦いが終ったら、もう戦わなくてよくなったら・・その時は・・帰る・・。お兄ちゃんのところへ戻るわ。」 一言一言自分自身に言い聞かせるように。 儚げな、その華奢な体のどこにそんな強さがあるのか。 僕はどうだろう。後ろばかりみている。恨んでばかりいる。 「どうせ僕なんか・・。」何度言った台詞だろう。 彼女は幸せな生活から一瞬にして地獄をみたのに。 絶望していない。 ―――恥ずかしかった。 「じゃあ、部屋に戻るわ・・・ジョー・・」 「えっ？」どきん。久しぶりにきいた自分の名前。 「戦いじゃない時まで製造番号で呼ぶのはなんだか寂しいでしょ」 彼女は恥ずかしそうに笑った。 「フ・・フラ・ンソ・・ワーズ・・・」たどたどしく返す。 「覚えててくれたのね」嬉しそうに笑う。 「あ・・最初に・・意地悪なこと言って・・悪かった・・」 「えっ？」 「あの・・・男をだますとか、兄さんのとこへ帰れだなんて・・・あの・・その・・ご、ごめん・・・」 上手くいえない。 「ジョー・・・」 「もっと、早く謝りたかったけど・・」 まともに顔が見られない。 「ジョー・・・。ありがとう。ふふっ。私って相当な悪女にみえたのかしら？」 意地悪っぽく僕に聞き返す。 「いや、そうじゃなくて！あ、あまり似つかわしくなかったから・・」 「くすくす。じゃあおわびに今度また助けて欲しい時に力を貸してね。私には貴方のような力がないから・・・。」 そして彼女は部屋に戻っていった。 なんだか無性に気持ちが高ぶっていた。 あの笑顔で今までうじうじしていた事がすっ飛んでしまった。 世界の平和はどうでもいい。 ただ、この戦いが終るまで、彼女を守ろう。 彼女がちゃんと家に戻れるように。 僕が戦うことを決めたのは、こんな不純な動機だった。 「抜け駆けはいけネェ！」 ００２の言葉がうかんだ。 「違う！これはそんなんじゃない！」 あわてて頭を振る。 恋愛なんて興味はない。 愛情なんて知らない。 全身機械の僕に恋愛なんてありえない。 彼女はほとんど生身に近い。だから守る。それだけだ。 疲れた・・。少し眠ろう。 まだまだ戦いは続くのだから・・・。 |