リビングを満たす美しいピアノの音色。鍵盤の前に座り優雅に指を運ぶぷーちゃ編集長は、すっかり悦に入っている。ソファにはアルベルトに想いを馳せる二人の博士。 杉本博士はそっと瞳を閉じた。夢のように過ぎていったあの日々がよみがえる―――アルベルトと過ごしたあの数日。 　あの日、杉本博士が扉を開けると、いつもは賑やかなリビングがその時だけは誰もいなかった。窓際に柔らかな秋の日差しがあたたかな陽だまりを作っているだけ。アルベルトに会えるような気がしてここへ来たのだけれど、思い過ごしだったようだ。きっと彼は自室にいるのだろう。なんだか拍子抜けしてしまった杉本博士は手持ち無沙汰でしばらく佇んでいたが、ふと足を部屋の奥へ向けた。ピアノの前に腰掛け彼が触れたその鍵盤に指を重ねると、ただそれだけで胸が熱くなる。 彼の指の軌跡をたどるように、ゆっくりと右手であのメロディを弾いていく。 と突然、軽やかな一本の音をすくいとるように低く重い音が重なった。自分の右手のすぐ近くにある頼もしい左手。 「杉本博士もJe te veuxがお気に入りだったとはね」 「アルベルト・・・！」 目の前のグレーの瞳が優しく見つめている。博士の心臓が針が振り切れそうなメトロノームのように早鐘を打つ。 思わず手を引っ込めてしまったが、弾かないのかい？というように彼の伴奏は誘い続けている。 杉本博士はアルベルトに気付かれないように一つ深呼吸をすると、再びメロディラインを弾き始めた。 「博士も・・この曲を誰かに？」 椅子の背に添えられた彼の右腕が時折肩に触れる。その度に止まってしまいそうになる鼓動。 「そう・・・かもね」 杉本博士の声が震える。 アルベルトはフッと口元を緩めると静かにつぶやいた。 「届くといいな・・・誰かさんに」 うん、と博士は小さく頷いた。 「・・・ああ、アル様！あなたはなぜアル様なの？」 杉本博士はクッションを強く抱きしめソファに倒れこむと、ほぅっ、と大きなため息をついた。 あの甘くてせつない時間を思い出すとため息が止まらない。 あの言葉はきっと彼自身の願いなのね。 でもいいの！私は『ジョーを想うフランちゃん』を想ってるあなたが好きなのよ！！！ 博士があんまり強く抱くものだから、クッションはもうすっかりせんべいのようにつぶれていた。 「もう、博士ったらため息ばっかりついて！またアル様も時間ができたら来てくれるわよ！それに私達にはコレがあるじゃない！」 にゃーこ博士は自慢気にグランドピアノを指差した。 「そうそう。そうですよ！」 編集長も弾いていた両手をブラブラさせながらにゃーこ博士に同意する。 そう。両手を離しても美しい音が途切れることはない。それはまさしくアルベルト・ハインリヒの音色を奏でる自動演奏グランドピアノ！ 「ね。ところで、そろそろ来るかな」 声をひそめるにゃーこ博士に、杉本博士は瞳をきらりと光らせて元気よく起き上がった。 「うん、絶対来るから。来たら予定通りにね！で、編集長、例の楽譜は？」 「もちろんご心配なく！！」 アルベルトの帰国の翌日、まるで彼と入れ替わりのようにフランスから届いた譜面は、ピアノの上に山積みになった楽譜の一番下に隠しておいたのだ。 「ちゃんとさっき、さりげなく目立つ場所にセットし直しておきましたから！」 「さ〜すがっ！！敏腕編集長〜！！」 「うふふ、さてさて、どうなるかしらね〜！！！」 ３人の期待はいやが上にも高まっていく。 　と、しばらくするとリビングの扉がゆっくりと開いた。 「ただいま・・・・・・あっ、この曲！誰が弾いているの？ね！ジョー、この曲よ！この前、話した曲のこと。覚えてる？」 入ってくるなりフランソワーズは興奮気味にジョーを振り返った。 「ああ・・・やっぱりこの曲か。これなら僕も聴いたことはあるけど・・・タイトルまではわからないな」 少し困った表情を浮かべると、ジョーは両腕に抱えていた買い物袋をテーブルの上に置いた。 「まあ！ぷーちゃさんが弾いていたの？とっても上手ね」 フランソワーズはソファに腰掛けると、白く美しい両手を胸にあて夢見るような目で編集長を見つめた。 「でしょ？」 と編集長は得意げに顎に指をあててポーズを決めている。編集長が手を離しても止まない音。不思議そうな顔で驚いているフランソワーズににゃーこ博士は種明かしをした。 「一体いつの間にそんな装置を？」 フランソワーズにコーヒーカップを手渡すとジョーは二人の博士に問いかけた。 「ん〜・・さっきちょっと思いついてね、二人が留守の間につけちゃった」 （ほんとはかなり前からの作戦だけどね） 杉本博士は心と裏腹にジョーの問いを軽く流した。 「ねぇ博士、この曲、何ていう曲？」 不意にフランソワーズが隣のにゃーこ博士を振り返る。 まるで台本通りの状況と、久しぶりに見る至近距離のフランソワーズに、にゃーこ博士は一瞬どぎまぎした。 「え、えーと、たしか・・・ああん！なんだっけ！ど忘れしちゃった！編集長たしかそこに楽譜あったよね？」 「どれどれ・・・あっ、あった！うーんと、ジ・・ジェ・・テ・・・？これフランス語？フランちゃん読んで〜！」 編集長のあまりの大根役者ぶりにお芝居がばれやしないかと、さすがの杉本博士にも緊張が走る。しかし、そんな博士達の心配をよそに、フランソワーズは何も気付かない様子で編集長から楽譜を受け取った。 博士達３人の生唾を飲みこむ音がする。 彼女の一瞬驚いたような瞬き、そしてすぐに柔らかな光が青い瞳に湛えられる。うっすらと頬が桜色に染まり小さなバラの唇から零れ落ちる囁くような声。 「Je te veux・・・」 恥らうようなフランソワーズのその声にジョーははじかれるように顔を上げた。 聞くともなく聞いていた彼女と博士達とのやり取り。まさかそんな他愛も無い会話の中でその言葉が出るなんて思ってもいなかった。 フランソワーズと二人きりの時間、自分の腕の中でだけ彼女が時折つぶやく言葉。 Je te veux まるでいつもと同じ言い方で。 それが・・・それが彼の選んだ曲？ 　あの日、アルベルトの誕生日を祝った日。 博士達との買い物から帰ると、彼はすでに研究所に着いていた。久しぶりに会う彼は何も変わらず―――でも、どこか落ち着いていて。いや、彼は僕なんかよりずっと大人でいつも落ち着いているんだけれど、何かが・・・彼を取り巻く空気がなぜかいつもとは違ってみえた。 もちろんそんな感覚は彼に会えた懐かしさと嬉しさですぐに消え去ってしまった。それに、その後の彼は博士達や編集長のペースに乗せられてすっかり饒舌になり彼の何が違うのかなんて僕にはわからなくなってしまった。 そんな賑やかなリビングを離れ僕はキッチンでフランソワーズを手伝っていた。 どこかで聞いたことがあるような曲をフランソワーズがハミングしている。 その可愛らしい声とは対照的な、調子の外れた編集長の歌声にアルベルトの簡単なピアノ伴奏がリビングから聞こえてくる。 「アルベルトがピアノを弾けたなんて知らなかったよ」 下げてきたグラスをシンクに置きながら僕は彼女に話しかけた。 「ほんと！でも彼なら音楽のことにも詳しいし、弾けるって言われたら『わかる』気がするわ」 確かにそうだ。彼とフランソワーズの似たような趣味の世界はただ同じヨーロッパの出身というせいだけではないような気がしている。それが、今回のことでまた裏づけされたような気もして僕はほんの少し息苦しさを覚えた。 「皆が帰って来てからは、あんな風に簡単な曲しか弾いてないけど・・・もっと難しい曲や素敵な曲も弾けるのよ！私がたくさん弾かせてしまったから疲れちゃったのかしら？」 ジョーにも聴かせてあげられなくて残念ね、と新しいグラスをトレーに並べながらフランソワーズは無邪気に笑った。 君は・・・君たちは二人きりでどんな時間を過ごしていたの？どんな話を・・・？ 喉元まで出掛かった言葉が口を開こうとした時、僕たちを呼ぶ博士の声が聞こえ僕はその重い鉛を飲み込んだ。 そして、数日後。 朝早く一番乗りだと思ったリビングのソファでアルベルトの姿を見つけた。彼が研究所へ戻ってきてから初めての二人だけの時間かもしれない。膝の上に分厚い本が乗っている。 「おはよう、早いね」 「ああ、昨夜少しだけのつもりで読み始めたら・・・つい、寝そびれちまってな」 パタンと本を閉じるとアルベルトは苦笑してみせた。 僕は二人分のコーヒーを用意し彼にカップを手渡した。 「博士達、喜んでたね・・・君のピアノ」 何だって僕はこんなにも彼のピアノにこだわっているんだろう？ 「フン・・・こいつもグランドピアノに生まれてまさかカラオケがわりにされる日がくるとは思わなかっただろうな」 お酒がすすんだ博士や編集長はアルベルトの伴奏に下手な歌ばかり歌っていた。 「博士達だけじゃなくて、彼女にも・・・」 それを聞いて何になる？聞いたら気持ちが晴れるとでも？ 心の中の声を無視するように口をついて出る言葉。 「彼女にもいろいろと・・・弾いてあげた？」 彼はすぐには答えずコーヒーをゆっくりと一口飲んだ。 窓の外を覆っていた蒼白い空気はいつの間にか金色の光に満たされていた。 「俺が彼女に弾いて聴かせたのは・・・１曲だけさ」 『私がたくさん弾かせてしまったから・・・』 その中で彼が本当に聴かせたかったのはただこの1曲だったというのか。 グシャリ、という音がした。 陶器の破片を握りしめたジョーに、博士達は熱い視線を交わしてこっそりと頷きあった。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　* 　この世の悪という悪をかき集めたかのような漆黒のマントが風にひるがえる。それは、まるで決して滅びることのない人間の悪を象徴するかのように、絶えることなくいくつものドレープを織り成し広がっている。何かを嘲笑う低く不気味な声はどんどん大きくなっていく。人の形をした黒い塊の上に乗るその顔は・・・。 「ぬわははははははっ！！お久しぶりだな、ゼロゼロぬわいんんっ！！！裏切り者には罪を償ってもらわぬぇばなぁっ！どぅわははははははははっ！トリッックオアトリィィィィィトだぁ！ズェロズェロぬわいいんんん！！！！！」 「・・・編集長、それ。止めた方がいいと思うんだけど」 「そうよ。シャレになんないし。私達も編集長の最後なんて見たくないしね・・・」 これから深まる秋を感じさせるようなオレンジと黒のかわいいかぼちゃのお化け達がそこかしこにある。 研究所はまるでテーマパークのようにハロウィンのグッズがディスプレイされていた。イベントなら何にでも乗っかる編集長につい博士達も巻き込まれてしまったのだ。ハロウィンの夜は研究仲間との仮装パーティに繰り出す予定で博士達は秘密の小部屋で着々と準備を進めていた。 鏡の前で仁王立ちになり左手は腰に、右の掌は思い切り広げて前に差し出している編集長が二人の博士を振り返った。 「え〜、そうですかぁ？結構イイ出来だと思うんだけどなぁ。ほら、マントだって中にミニ扇風機を仕込んであるんで風が吹いてなくても広がるようにしたんですよ！このお面だってフルフェイス仕様でお金かかってるのにぃ」 編集長は脱いだ面の黒光りする後頭部をさすりながら口を尖らせた。 「いや、だっていきなりその格好で編集長が現れたらジョーのことだもん。考える前に倒すわね」 杉本博士の言葉ににゃーこ博士も大きく頷いている。 「ジョーといえばさ、まだへこんでるのかな・・・ッフッフッフ。ああ！思い出すだけでもムズムズするわ〜！あの時の顔！」 「ほんと！やっぱりコーヒーカップ握りつぶしちゃったもんね！お約束どおりだった」 「あの時のフランちゃんの言い方が、また可愛かったのよねー！」 「そうそう！それにしても嫉妬に狂った世界最強サイボーグは暴走するだろうと思ってたけど・・・逆におとなしくなっちゃって意外だったなぁ」 「ん〜、まあこのままいじけててくれても面白そうじゃない」 「でもジョーくんがずっと元気なかったらフランちゃんも元気なくなってきちゃうじゃないですか〜！」 博士達のやり取りに編集長がスカール様の頭をなでなでしながら口を挟むと、妖しいシスターのコスチュームを身に着けながらにゃーこ博士は、そうなのよね、と呟いた。 今朝も、あの茶色の瞳はリビングの観葉植物に水を遣るフランソワーズを追っていた。 テーブルに肘をつき何か考え込んでいるような顔をして。 フランソワーズはといえば、またあの曲をハミングしている。あの曲名が「 Je te veux 」だと知ってから一層口ずさむことが多くなったような気がする。彼女が口にすればするほど、ジョーがどんどんしおれていくのがわかる。 別の部屋の植物にも水を遣るために彼女がリビングを出ると、ジョーは小さくため息をついた。 にゃーこ博士は、ちらっとジョーをうかがうと明るく声をかけた。 「ねぇ、ジョー！知ってる？かつての音楽家たちが何の為に曲を作っていたか」 「え？・・・いや・・・」 博士の質問があまりにも唐突すぎて考えが追いつかない。 「それは・・・仕事だから・・・じゃ？」 戸惑い気味のジョーににゃーこ博士は優しく微笑んだ。 「ふふ・・そうね。仕事だから、っていうのは当然あるわ。食べていくためには書かなきゃいけないものね。でも、半分以上は誰かのために捧げられたものなの」 「誰かのため・・・」 「そう。それは敬愛だったり友愛だったり。必ずしも恋愛の愛情とは限らないけれど、誰かを愛する想いをその曲に込めて捧げたの。素敵よね」 そんな愛情を込めて作られた曲を、君は自分の想いとして誰かに・・・いや、彼女に贈ることができるんだね・・・。 ずっと塞いでいる胸の息苦しさを吐き出すかのようにジョーは大きくため息をついた。 「でもね、そういうことを知ってて聴くのと知らないで聴くのでは全然違うのよ」 どういうことだろう？ 「もちろん、そういう曲の背景を知っていればさらに思い入れを強くして聴くこともできるんだけど、逆に素直に耳に入ってこないこともあるわけ。つまり、どう聴いても自分の想いと重ね合わせてしまうのよ」 「自分の想い・・・」 思わず口に出して繰り返してしまう。 「そうよ。フランちゃんもね、そうだったみたい」 突然フランソワーズの名前が博士の口から出てジョーはどきりとした。 「フランソワーズが・・・？」 フランソワーズがどうだったというのだろう。 「どんな曲を弾いてあげても彼女の感想が最後には全部ジョーの話につながる、ってアルベルトがこぼしてたわ」 ジョーの奴憎らしいぜ、ってねと博士はウィンクをした。 フランソワーズ・・・まさかあの時・・・あの曲が『 Je te veux 』だとわかった時、君は・・・君も僕と同じことを思い出していたの？ 「ああもう！フランちゃんってほんとにかわいいわね。ごちそうさま！」 どこに隠し持っていたのか軽くて柔らかな物が入った袋をジョーの両手に握らせるとにゃーこ博士は部屋を後にした。 「別にジョーをあのままへこませておいてもよかったんだけどね・・・フランちゃんのことを思うと、どうしてもほっとけなくなっちゃうのよねー！！」 にゃーこ博士は拳を振って悔しそうに地団駄を踏んでいる。 「ま、仕方ないか。ジョーならまたいつでもいぢめる機会はあるし。今回はあきらめよ、博士！」 先のとがった魔女の三角帽子をかぶった杉本博士がそう言うとなお怖い。 「そうね、そうね、そうだわね！でもこれで今夜はきっとあの二人・・・」 「今夜は久しぶり〜の二人きり〜♪だからねぇ・・・」 博士達はすっかり目の色が変わっている。 「それって・・・お熱い夜ってことですかっ！」 編集長の言葉にゆっくりと頷き、にゃーこ博士はにやつきながら言う。 「ジョーにはね、ちゃんと今夜の必需品を渡してあるのよ」 「必需品て？」 スカール様のコスチュームを諦めて、かぼちゃのおばけの着ぐるみをかぶり始めた編集長に、杉本博士が答えた。 「あの二人は今夜のパーティに行くわけじゃないけど、どうしてもフランちゃんに着せたくて買ってきた物があるの。それが背中に小さな羽のついた天使の衣装でね！ま。フランちゃんにわざわざ羽つけなくても十分天使なんだけど」 「それがめちゃめちゃかわいいのよね〜！杉本博士？ネグリジェになりそうなくらい着心地がよさそうで・・・天使のくせに意外とセクシーなデザインで・・・ちょっと透けてて・・・」 にゃーこ博士はよだれを拭きつつ、フランソワーズのその姿を想像した。 「でも、博士。それフランちゃんに着せて・・・って、ちょっといけない感じがしますね」 編集長はそう言いながらも、すこぶる嬉しそうな顔をしている。 「そうなの。その背徳というか・・・っぽいところがいいのよね」 「ああ神様・・・アーメン」 シスター姿のにゃーこ博士が十字を切り、３人組は二人の夜を妄想・・・いや、祈った。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　* 「博士達、もう出掛けた？」 リビングのソファで絵画集を眺めていたフランソワーズにジョーは声をかけた。 「ううん、まだ書斎にいるみたいだけど・・・珍しく静かね。そろそろ出掛ける時間じゃないのかしら」 ここしばらく今朝までジョーは元気がなかったけれど、今はそんな感じがしない。フランソワーズはただの思い過ごしかもしれなかったと、ほっとした。 もう、お夕飯にする？と、立ち上がるフランソワーズの目の前でジョーは手の平を差し出した。 「 Trick and treat 」 「ジョー？それを言うならTrick or treat　でしょう？」 笑いながら茶色の瞳を見上げるフランソワーズにジョーはゆっくり瞬きをした。 「いいんだよ、and で。お菓子もいたずらも両方だから」 「ジョーったら欲張りね！でも、残念だけど今はお菓子を持ってないわ」 「フランソワーズ・・・さっきからこんなに甘い匂いをさせて。ここにあるのはわかってるんだよ」 小首を傾げるフランソワーズをじっと見つめ、優しく両腕を抱くとジョーは唇にそっとキスをした。 だんだんと甘い苺ミルクの味が口の中に広がってくる。やっと見つけたとろけるような熱いキャンディをジョーはようやくフランソワーズから取り上げた。 「もう・・・ひどいわ、ジョー」 少し怒った口ぶりでフランソワーズはジョーの胸に頬を寄せため息をついた。 「 Je te veux ・・・」 亜麻色の髪に口付けし、ジョーはそうつぶやくと彼女を抱きしめたまま奥歯のスイッチをかんだ。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　* 「ねえ、今なんか、苺の匂いしなかった？」 廊下に出てきた博士達は思わずそこで立ち止まった。 「したした！この匂い・・・昼間フランちゃんにあげたキャンディの匂いじゃない？」 「そうよ！それに、フワッて風も通ったよね？窓も開けてないのに」 「もしや・・・」 と、そこへぷーちゃ編集長が顔面蒼白でドタドタと階段を駆け下りてきた。 「博士！いいいい今、ジョーくんの部屋の前を通ったら、扉がバタンて閉まる音だけしたんですっ！開いてなかったのに！そそそそそれで、その直後に部屋の中からかすかに聞こえる舌打ちの音がたくさん！まさかハロウィンのお化け？！」 二人の博士は顔を見合わせ大きく頷いた。 「いや〜ん！もうそれ、舌打ちじゃないから！」 「きっと私達が出掛けるの待ちきれなかったのねぇ！・・・天使のネグリジェちゃんと使ってくれてるかしら？」 「待ちきれないくらいだもん、今のところ必要ないんじゃない？」 「それもそっか。じゃあ邪魔するのも悪いからとにかく出掛けましょ！」 「私達が朝帰りする頃にその格好でお出迎えしてくれるのでもいいんだけどねぇ・・・」 「いやぁ、今夜は朝まで着ない、に千円！」 「え〜、千円〜？」 思い思いに勝手なことを口にしながら、こうしてどこからどう見ても怪しい風貌の３人組は夜の闇へと消えて行ったのだった。