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ドアの外に立っていたのは、杉本博士だった。 「あれ？杉本博士？」 あまりのタイミングのよさに驚く。 「どしたの、ジョー？そんなびっくりした顔して？にゃーこ博士、いる？」 「いえ・・・それが・・・」 ジョーが口篭もると、杉本博士は怪訝な顔をした。 「あ・・・博士。いらっしゃい」 「フランソワーズ、相変わらず綺麗ねぇ〜。なんだか襲いたくなっちゃうわ♪」 「博士ったら・・・」 「にゃーこ博士、いるんでしょ？」 「それが・・・」 「なんだか、『森をさまよってるうちに迷子になっちゃった。どおしょ・・・。バチがあたったんだろうか』とか何とか・・・訳のわからないメールが届いて・・・。心配になってきてみたんだけど・・・。あ、そうそう、フランちゃん、あなた・・・どういうタイプの男性が好き？」 「え？」 唐突な博士の問いに、フランソワーズは心底びっくりしたようだった。 「あ、もちろん、ジョー以外、でよ。やっぱり・・・エリートでハンサムで・・・子煩悩・・・とかって惹かれる？」 「何のことですか？」 「亡くなった奥さんのこと、ずっと愛してたような人にプロポーズされたら・・・ふらっといっちゃうかしら？」 「え？」 「あ・・・いいのよ。『お手紙の輪』の話だから、これは編集長と相談しなきゃいけなかったんだわ」 また、ぷーちゃさんがらみの訳のわからない話だ、とジョーはため息をついた。 博士達、どうも最近ますますおかしい。 「で、博士は・・・どこに行ったの？」 「そ、それが・・・」 「そう・・・にゃーこ博士が。・・・でも、わかるわ。その気持ち・・・」 フランソワーズの入れた紅茶を飲みながら、杉本博士はしんみりと言った。 「たまにね・・・枯れるのよ・・・。そういう時は思いっきりバカンスを楽しむか、山寺にでも篭もって修行したい気分になるの。それに・・・編集長からのアメも、最近さっぱり来ないし・・・。ご公務の進み具合を知りたいのに。」 「ご公務？」 「え？ああ・・・仮面舞踏会の姫のお話。お世継ぎがちゃんとできてるのか、気が気じゃないのよね。とにかく、妄想も放出しすぎると、枯れそうになっちゃって・・・辛いわ。お洗濯もたまってるし」 杉本博士がため息をつくと、重い空気があたりを満たした。 ――が。 「ああっ！」 突然、パンッと両手を打ち鳴らして博士が叫んだ。 「博士？！」 何か心あたりが？！ ジョーとフランソワーズは思わず身を乗り出す。 「すっかり忘れてたわ！フランちゃんに聞かなきゃいけないことがあったのよ！ねぇねぇ、紺色のジャケットに合せるなら、どのチェックのスカートが好き？」 そう言ってゴソゴソと鞄からいろいろなチェックの布切れを取り出し、フランソワーズに見せている。 ダメだ・・・。 ジョーが額に手をあて大きなため息をついた時、リビングの電話が鳴った。 それはにゃーこ博士からの電話だった。 「博士？！…一体、今どこにいるんですか？！」 思わず大きな声を上げてしまう。 「…ごめんね…心配かけて。でも…私は大丈夫だから安心して。それより、編集長から連絡があったら、『次の締め切りまでは少し時間があるから、見逃して！』って伝えてくれる？」 「博士、今どこなんですか？すぐ帰ってきてください。杉本博士も心配して来てるんですよ」 受話器の向こうから、ため息が聞こえる。 「ごめんね…すぐ帰りたいのは山々なんだけど…いろいろとあって……。だけど、あなた達は心配しないで今まで通り仲良くやっててね。…できる限り……一緒にいるのよ！フランちゃんを離しちゃダメよ！」 博士はそう言うと、一方的に電話を切った。 ――その頃、編集長は。 「ああん！もう〜！ホントに博士ったらどこ行っちゃったのよぉぉ！」 ジョーに「任せておけ」とは言ったものの…唯一の頼みの綱の杉本博士も留守。 あっという間にぷーちゃの手立てはなくなり、途方に暮れていた。 博士が、そこまで行き詰まってるってことは、絶対何か原因があるはず。何だろう？ ぷーちゃは、ツルツルの脳みそをフル稼働させ、考えていた。 一つだけ…気にかかる点はある。 それは、ジョーとフランソワーズの仲睦まじさ。いや。そんな言葉じゃ不充分だ。 あのラブラブ度は、本当に今まで以上なのではないだろうか？ アフガニスタンで何かあったのか？いや・・・そんな話は聞いていない。 ううむ。 以前から２人っきりの時はそうだったのかもしれないが、元々ジョーは、人前ではラブシーンなど決して見せない性格だ。 それが、あれはどうだろう？ぷーちゃなど目に入らないかのように、部屋に入ってくるなり抱きしめたりして。 おまけに、ところかまわず――のようだし。 この間、偶然見てしまったあの玄関でのアツアツぶり。しばらくぷーちゃの睡眠の妨げになっていたのは言うまでもない。 たまたまやって来たぷーちゃでさえ、タイミングよくエエもん見せてもろたんだから、一つ屋根の下で暮らす、にゃーこ博士なら・・・。 あれじゃあ、仕事に差し支えありだわね。 ・・・ということはやっぱり？まさかジョーまで罹ってしまったというの？ ジョーは体調に変化はないと言っていた。が、自覚症状の少ないのが妄想病の特徴だ。 それにしても、いつのまにジョーが妄想病に？ 原稿の類を見られた覚えはないし・・・空気感染はしないはずだし・・・。 でも、あの原稿やら杉本博士のイラストやらは刺激が強いから、実際に見なくても、近くにいるだけで、何か影響があるのかもしれない。 だとしたら、私も気をつけないと・・・。ミイラ取りがミイラになっちゃあ、おしまいだわ。 それより、早いとこにゃーこ博士を探しに行こう。ここでこうしてても始まらない！ ぷーちゃは旅行鞄を引っつかむと、勢いよく立ち上がった。 「フランソワーズ、何だか・・・またスタイル良くなったんじゃないの？」 フランソワーズは当惑した顔で、杉本博士に上から下までサイズを測られていた。 「あ、あの・・・博士・・・」 「もおおお！ジョーったら！いやあん♪にゃーこ博士から聞いてるわよ〜ん！頑張りすぎないでねっ！」 「あ、あの・・・な、何を？」 ジョーとフランソワーズは真っ赤になって俯いた。 「何を、ってまあ！しらばっくれちゃって〜！あ、後でジョーの股下も測るからよろしくね♪あ、体操服のサイズも測らないとね・・・」 にゃーこ博士からの電話の後も、杉本博士は大丈夫だからと言って、まるっきり心配していないようだ。 そんな杉本博士に、ジョーは一抹の不安を覚えた。 「あっ！ギルモア博士！」 フランソワーズの驚いた声の少し後、玄関のチャイムが鳴った。 「おお、おお！杉本博士も来ておったのか」 嬉しそうに言うギルモア博士に、みんなは元気か、とジョーは訪ねた。 「それが、ジェットとグレートが、乗馬クラブで馬に蹴られての。怪我をして、うんうん唸っておるわ」 「大丈夫なのかしら？」 心配そうに呟くフランソワーズに、ギルモア博士はにっこり微笑んだ。 「大丈夫じゃよ。たまにはお仕置きも必要なんじゃ・・・。そうじゃ、馬といえば玄関に馬の糞があったぞ。危なく踏んでしまうとこじゃった。いつから馬を飼っておるのじゃ？」 「いいえ。馬の糞？どうしてかしら？一体いつの間に・・・イヤだわ。すぐに片付けてこなくっちゃ」 立ちあがろうとしたフランソワーズの腕を、ジョーは慌ててつかんだ。 「いいよ！後でぷーちゃさんにやってもらえば」 そんな汚い仕事、君にさせられないよ。こういう時の為にぷーちゃさんがいるんだから。 ジョーは、編集長の仕事をどうも勘違いしているようだ。 「ところで、にゃーこ博士は・・・？」 ギルモア博士までにゃーこ博士を心配して来たらしい。 にゃーこ博士はロンドンに住む、ハイヤーム博士を紹介してくれるようにギルモア博士に頼んだという。 もちろんギルモア博士は、快く引き受け二人を引き合わせた。 が、その紹介した博士という人が、普通日常では使うことのないようなクスリに関する権威だった為、ずっと気にかかっていたというのだ。 ジョーは、その話を聞き、ふっとぷーちゃの顔がアタマに浮かぶのを疑問に思った。 なぜ・・・ぷーちゃさんの顔が・・・？ 「クスリ」という言葉で、つい連想してしまっただけだろうか？ あの人はいつも「おクスリ！おクスリ〜！！！」って騒いでいるからか？ いや、ジョーの戦士としての勘が、「そうではない」と言っている。 一体、何が起きているのだろう？ ジョーは首をひねった。 |