2001年 2月 14日

 今日、杉本博士の引越しが終わった。
にゃーこ博士の研究所に、博士も一緒に住むことになったのだ。
それぞれの研究所は、元々そんなに離れてはいなかったけれど、
共同研究をするには、一つ屋根の下の方が何かと都合がいいだろうということになったのだ。
私も、原稿をもらうのに一度で済むから、助かるといえば助かるんだけど・・・。
うらやましすぎる!!
杉本博士まで、あのふたりと一緒に暮らせるなんて。
私なんて、この編集部で原稿の山に埋もれて、ひとり寂しく仕事をしてるというのにっ!
まあ、でもこの間みたいな事件もあったしなあ。
にゃーこ博士ってボーっとしてるから、杉本博士と一緒にしておいたほうが安心だ。
 
 そうそう、何かの時のために、両博士とあの2人をめぐる出来事を、きちんと記録に残しておこう。
これで1冊、本ができるかもしれないし。暴露本、というのは、結構売れるのだ。
 さすが敏腕編集長。目のつけどころが違う!
 
 そこまで一気に書き上げると、ほおっとため息をつき、ペンを置いた。
(ほんと、慌しかった。どたばたの連続だ)
そもそも、こうなったのも――、と、一連の事件を思い出して、ぷーちゃはふっと遠い目をした。

                         *
 目の前は白い世界。
吹きつける氷の風に、目を開けることもままならない。
こんな吹雪、どっかで見た・・・大昔、『八甲田山』だったかな?いや。昨年見た『ホワイトアウト』か?
とにかく、こんな恐ろしいところ、早く見つけて脱出しなければ!!
ぷーちゃは、凍える身体を前へ前へと押出していく。
「博士〜〜〜〜っ!!はぁかぁせぇ〜〜〜〜っ!!」
と、次の瞬間。
数歩先の大きな穴の中に、にゃーこ博士と杉本博士を発見した!
「博士。ホントに氷河の割れ目ってあったかいのねぇ」
「でしょ?まんざらじゃないのよ♪一度入ると止められないわよ、杉本博士」
「しかも、うるさい編集長がいないから、HPの研究もこうしてはかどるしね」
博士達が笑っている・・・。
ああっ!こんなことだろうと思った!
あれもこれも・・・原稿の締め切りはとっくに過ぎているのに、こんなところで!
やっぱり探しに来てよかった!早く連れて帰らなきゃ!!
「はか・・・」
そう言って踏み出した足元が急に暗闇と化し、ぷーちゃはまっさかさまに墜ちていった。
「あああああああああああああああああああ・・・・」

ドスン!
「痛っ!」
目を開けるとそこはぷーちゃの部屋の中。どうやらベッドから落ちたようだ。
いつも見上げている天井が少し遠い。
「なんだ・・・夢か・・・」
夢にしても、何やら胸騒ぎがするのはナゼだろう?
時計は朝の7時。
少し早いが研究所へ行ってみよう。そう決めるとぷーちゃは支度を始めた。

                             *

 ピンポーン・・・
チャイムの音。
フランソワーズはキッチンから玄関へ向かう。
「誰かしら?こんなに朝早く・・・」
ドアを開けると、ぷーちゃ編集長が落ち着かない表情で立っている。
「まあ、ぷーちゃさん。おはようございます。どうなさったの?今日はいらっしゃる予定だったかしら?」
「おはようございます・・・。あの・・・博士は?」
「まだおやすみ中だと思うけど・・・昨日から、杉本博士が共同研究の為に泊まりに
いらしてて・・・」
ぷーちゃは、眉をひそめると意を決して言った。
「ちょっとオジャマしますね!!」
「あっ!ぷ、ぷーちゃさん!!」
フランソワーズを押しのけて、ズカズカと博士の部屋へ進んで行く。

 ノックに返事がない。
ドアを開けるとソファで眠り込む杉本博士がいた。
杉本博士の両肩を揺さぶり声をかけた。
「博士!博士、起きてください!にゃーこ博士は?」
「う〜〜・・ん・・・。もう朝なの?・・・あれ?編集長どうしたの?」
「そんなことより博士!ひょっとして、博士達、ご自分の研究の方じゃなくて共同研究の方をしてたんでしょ?!」
杉本博士はいたずらっコのような顔をして、えへっと笑った。
「あ。バレた?・・・でも、なんでわかったの?」
ぷーちゃは、ニヤリとした。
「私の夢って当たるんです!そんなことより、にゃーこ博士は?」
「あれ?いない?そういえば、起きたらお風呂に入るって言ってたっけ。私は研究の仕上げがあったから、博士より後に寝たんだけど・・・と、あらっ?!ないわ!!」
「ないって、何が?」
「さっき仕上げたその研究結果がないのよ!!」
乱雑したデスクの上を引っかきまわす杉本博士をおいて、ぷーちゃはバスルームに急いだ。

 モワモワと立ちこめる湯気。
「博士?・・・入りますよ〜・・・」
シャワーカーテンから、博士の右腕がだらんと垂れ下がっているのが見えた。
何か、白いしたじきのようなモノを持っている。
ぷーちゃは、イヤな予感がしてカーテンを開けた。
「・・・博士っ!!大変っ!!杉本博士!フランちゃん!!ジョーも・・・みんな早く来て〜〜〜〜〜っ!!!!」

                              *

 にゃーこ博士が目を覚ました時、最初に見えたのはジョーの、超どアップだった。
「ワッ!!ジョー!」
「博士!!」
「ダッ、ダメよ!あなたには、フランちゃんという大事な人が・・・」
博士がひとり身をよじっていると、ジョーがフランソワーズに場所を譲った。
「ああ・・・博士!!よかった・・本当に」
涙ぐんでそう言うフランソワーズを不思議そうに見るにゃーこ博士。
何のことだかさっぱりわからない。
ふと、まわりを見ると、心配そうな顔をした杉本博士とぷーちゃまでいる。
「・・・どうしたの?一体・・・あっ!」
気付けば、自分はバスローブ一枚の格好ではないか!
「博士、お風呂で眠ってしまったのか、溺れてたんですよっ!息してなくって・・ううっ。でも、よかった」
ぷーちゃが興奮してそう言った。
「お風呂で・・・ああっ!!あれを見られたら!!」

 にゃーこ博士は何か思い出したのか、両手を見つめて急に立上がると、バスルームへ駆け込んだ。
床に落ちている白いしたじきを手に取り、ほっとため息をつく。
(ああ、ちょうど裏返しになったまんまだったのね。よかった・・・。きっと誰も見ていないわ。それにしてもラミネートかけといてよかった・・・)
「博士?」
ビクッとして振り向くと、杉本博士が怪訝そうに見つめている。
「にゃーこ博士、もしかしてそれ・・・私が仕上げた?」
「ええ・・・そうなの。あんまり杉本博士の研究成果が素敵すぎて、眺めながらお風呂に入ろうと・・・そうしたら・・・その・・・溺死というよりは・・・悶・・」
「シッ!・・・わかってるわ。博士。それ以上は言わなくても・・・みんながまだ部屋にいるから。この話は14日以降に・・・」
「そうね。どうせ、TOPを飾るんだから・・・。ああ、でもみんなに見せるの、惜しいなあ〜!ああ、でも見せびらかしたいし〜。いったい、どれだけの人がこれを見て倒れるかしら」

 二人がバスルームから出ると、ぽぉ〜っとジョーを見つめていたぷーちゃが、恨めし気に言った。
「いいなぁ・・・博士は」
「え?なに?どうして?」
にゃーこ博士が問うと、ぷーちゃは、はぁっと大きく息を吐いた。
「なんてもったいないっ!覚えてないなんてっ!博士、ジョーに人工呼吸してもらったんですよっ!」
「ぷ、ぷーちゃさんっ!」
ジョーがぷーちゃの言い方に照れて赤くなる。
「・・・・・・・・・・」
数秒間固まっていたにゃーこ博士は、ばったりと倒れた。
「今度はフランちゃんがいい・・・」と呟きながら。
窓から見える青空に、ひこうき雲が白い線を描く朝だった。


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