にぎやかな声と共に、連中がご帰還だ。 皆、ほろ酔い加減で、ずいぶんとご機嫌の様子。 「おい、ジョー、姫は？」 「ん・・・もう寝るって、さっき２階に上がっていった」 「え〜？？何でだよ。まだこんな時間じゃないか！」 それは僕のセリフだ。 「ま、まさか、お前・・・姫に・・・何かよからぬことを」 「ち、ちがうよ！」 ジェットに詰め寄られても、僕にだって心当たりはない。 「怪しいな〜！俺達が気をきかせて、せっかく２人っきりにしてやったからって」 「ジェ、ジェット！そんな・・・僕は何も・・・」 「それとも何か？せっかくのバレンタインデーだってのに、ほんとに『はい、お休み』ってか？お前ら、何やってんだ？」 「そ、そんな・・・ぼ、僕たちは・・・別に・・・」 「ますます怪しいな。とにかく、ちょっと呼んで来いよ！さあ、早く！」 ジョーは仕方なく２階へ上がり、フランソワーズの部屋をノックした。 「フランソワーズ、まだ起きてる？」 足音が近づき、ドアが静かに開く。 「なあに？どうしたの？」 君の優しい笑顔。でも、どうしたんだろう。いつも以上に目が潤んでて。 とっても綺麗なんだけど、何だか君は――。 「えっと・・・みんなが帰ってきて、君を呼んできてほしいって」 「そう・・・。じゃあ行くわ。先に降りてて」 ふっと君の顔が曇ったように見えたのは、気のせいだろうか。 ＊ 今日は変な一日だった。 おはよう、と、いつものように君は微笑んでくれたのに。 「今日はバレンタインデーだぜ！俺達はちょっと予定があるから・・・」 ジェットの意味ありげなウインク。 朝早くから仲間たちが出て行くと、妙に落ち着かない気分になった。 君も・・・僕も、何だか普段と違っている。 昼前に、大量の荷物が届いた。 「この頃、毎日宅配便が来るわね。ジョーの部屋、ダンボール箱だらけじゃないの？」 君はそう言って笑ってたけど。 中には何が入っているの、なんて聞かれたらなんて答えればいいんだろう。 あ、そうか。君は、見ようと思えば見られるんだ。 昼ご飯を２人で食べたあと、午後の長い時間を持て余す。 今日はいい天気だ。 何となくがらんとしたリビングで、ぼんやりと過ごす。 君はソファーに座り、ゆっくりと本のページをめくっていた。 「何を読んでるの？」 「・・・マザー・グースよ。ジョー、読んだことある？」 青い瞳がじっと僕を見つめた。 「いや・・・よく知らないな」 そう､と呟いたのは薔薇のような唇。 それきり会話は途切れた。 みんなは、いつになったら帰ってくるんだろう。 そんな気持ちになったこと、今までなかった。 いつも君に纏わりついている、あのうるさい連中が、少しはどこかへ行っててくれれば、と思っていたのに。 夕ご飯を食べて、後片付けが済むと、君はちょっと哀しそうな顔で、お休みなさい、と言って２階へ上がってしまった。 ぽつんとリビングに取り残された僕。 みんな、どうして帰ってこないんだろう。 ――バレンタインデー､か。 僕の「表｣の仕事のファンから送られてくるチョコレート。 そうやって、山積みになればなるほどむなしい気がする。 僕の欲しいのは・・・たった１つだけなのに。 リビングに放置したままの、今日の分のダンボールを眺めているとため息が出た。 ＊ 「ごめんなさい｡みんなが帰ってくるのを待ってなくて・・・」 リビングに姿を見せた君を、皆がわいわいと取り囲む。 「姫、我らからの真実の愛をお受け取りくだされ！」 グレートの芝居がかった口調。 うやうやしく跪くと、おもむろに真っ赤な薔薇とカスミソウの花束を差し出した。 「あ・・・」 「ちゃんと薔薇は８本あるアルよ。あ、でも８本目はギルモア先生の分アルね」 「みんな・・・」 君の目がたちまち潤んだ。 「ありがとう。嬉しいわ・・・」 泣き笑いのような顔をして、君は花束に顔を埋める。 君の誕生日は先月なのに。どうして、彼らは？ 僕は訳もわからず、その光景をぼんやり見ていた。 「で・・・肝心のナイトは・・・何をプレゼントしたんだ？」 グレートが僕を振り返る。 「プレゼント？」 僕の怪訝な顔を、きっとジェットは誤解したんだろう。 内緒だなんて水臭い奴だぜ、と言いながら、部屋の隅のダンボールに近づく。 「おい、またチョコレートかよ！ジョー、こんなもん、山積みにしてどうする気だ？日本人ってのは何を考えてんだか・・・」 「チョコレート？」 君がびっくりしたように顔を上げた。 「おまけに、来月は男からのホワイトデーなんて・・・。商魂たくましいったらありゃしない。本来は１回で済ますもんだ。」 「ホワイトデー？」 「おい！チョコレートで女の子が愛を告白する、なんて話、日本に来るまで聞いたことないよな」 青い瞳をまんまるにして、君はジェットを見つめている。 「そうそう。我輩も、毎年この日は、勇気と知恵を振り絞って、レディーに愛を捧げてきたのに」 「ったく、日本の男ってのはどこまで情けないんだ」 「そうそう､なんでも女の子にさせるアルよ。ナイト失格アル！」 「ジェントルマンの国では考えられないねえ」 ――え？ 「さてと、じゃあ、引き上げるとするか」 君からほっぺにお礼のキスをもらい、皆は上機嫌でリビングを出て行く。 ただ呆然としている僕に、ハインリヒが近づいてきた。 「まさか・・・お前、知らなかった、のか？」 返す言葉もなくて、目をそらした。 「これだから・・・日本人は国際感覚が欠けてる、って言われるんだ。お前みたいな、優柔不断な奴のために有るような日なのに・・・」 馬鹿だな、とでも言いたげに、ニヤっと笑う。 きっとハインリヒは、僕が知らないということを知ってたんだ。 そうならそうと、先に言ってくれたらいいのに。 憮然とする僕の手に、薄っぺらい小さなものを押し付けると、彼はドアを閉めて出て行った。 ＊ 「フランソワーズ？」 いつの間に・・・どこへ行ったのだろう。 バレンタインデーってそういう日だったんだ。 何も知らなかった僕は、君をがっかりさせてしまった？ いや――君がそんなふうに思ってくれているのかどうかも、わからないけど。 ふーっとため息をついて、ソファにぐったりと座りこむ。 ハインリヒが残していった、手の中の白い封筒。 「何だ、これ？」 中には、薄い水色の地に薔薇とスミレの花束のついた小さなカード。 薔薇は赤く スミレは青い さとうは甘くて 君もそう 部屋中に甘い匂いが漂いはじめた。 両手に何かを持って、君が近づいて来る。 はい、どうぞ、と言って差し出したのは、君のお気に入りのマグカップ。 温かそうな湯気が立つ。 怪訝な顔をする僕に、「ショコラ、よ」と君は微笑んだ。 「ショコラ？」 青い瞳がじっと僕を見つめる。 「ホット・チョコレート・・・」 にこっとすると、僕の隣に腰をおろした。 「フランソワーズ・・・」 僕もじっと君を見つめた。 甘くて熱くて切ない味の、ホットチョコレート。 僕たちはしばらく黙ったまま、カカオの香りを楽しんでいた。 「あの中身は・・・全部チョコレートなの？」 ふいに君はダンボール箱を振り返る。 「う・・・ん｡そうみたいだね」 「あんなにたくさんなんて、すごいのね」 君は淋しげに笑う。 また会話が途絶えた。 「あの・・・」 同じタイミングで同じ言葉。 顔を見合わせて、くすっと笑う。 「ごめん・・・。僕は・・・ちゃんとわかってなくて」 君にあげるものが何もない。 「ううん、私だって同じよ。チョコレートを贈るなんて・・・全然知らなかった・・・」 それに今日は、と君は僕をじっと見つめた。 「プレゼント交換の日じゃないわ」 ――St.Valentine's Day 今日は、２人が想いを伝え合う日。 Roses are Red, Violets are blue, Sugar is sweet And so are you. スミレの目をした僕の薔薇。 チョコの味がする甘い花びらに、僕はうっとり我を忘れた。 〜 fin 〜 |