| 「きみ・・・は？」 「やっぱり！！やっぱりいたんだ！！」 声を弾ませながら、小さな男の子がジョーに抱きついてきた。 「サンタさんでしょ？よかった！！嘘じゃなかった！！本物だよね？」 慌てて帽子をかぶり、頷いてみせた。 「よかったあ！！みんな・・・信じてくれないんだ。でも・・・ボクは絶対にいるって思ってた。だから・・・ずっと探してたんだよ！」 興奮してきらきら輝く瞳。ずいぶん大きくて、綺麗なマロン色。 「ね・・・おじさん！その袋の中、何が入ってるの？どこへ持っていくプレゼント？」 おじさん！ ジョーは思わずのけぞった。 アルベルトならともかく、自分がおじさん？ 「えっと・・・君には・・・僕が・・・おじさん・・・に見えるのかな？」 「だってサンタのおじさんでしょ？でも・・・変だよね。サンタさんって、もっと年がいってて、太ってると思ってた。おじさんは、ずいぶん若いね」 無邪気な答えに、ほっと安心して、ジョーは笑った。 「うん・・・。僕はまだ・・・見習なんだ」 「ええっ？でも・・・サンタはサンタなんでしょ？」 「う、うん・・・」 この子は本気でサンタを信じてる。迂闊につじつまの合わないことを言えない。 （どうしよう・・・。困ったな） そう言えば、この間、クリスマスの童話をフランソワーズがイワンに読んで聞かせていた。どんな話だったか？ （揺りかごをゆっくり揺らしながら、君は歌うみたいに、あの優しい声でお話を読んでた） 眠ってるイワンに読んでやったってどうせ聞いてないのに、とグレートが笑っても、彼女は真顔で首を振った。 『小さいときに聞かされたお話って、ずっと忘れないのよ。子どもにはとっても大切なことだと思うわ。イワンはとても頭がいいけど、でも・・・ホントはまだ赤ちゃんですもの。たくさん読んであげたいの』 （たとえ、あのねぼすけ王子が聞いてなくても、僕はちゃんと聞いてる） それを聞くたび、自分の中で置き去りにしたままの空白が、１つ・・・１つと埋められていく気がしていた。 「今日はサンタの家族は忙しいからね。息子の僕らも・・・お手伝いしなきゃいけないんだよ」 「おじさん、息子なの？」 「うん。あの・・・その、おじさんって言うの、やめてくれないかな？」 「どうして？」 「何となく、落ち着かないんだ」 うん、わかった、と男の子はこっくり頷いた。 ジョーが再びベンチに腰を下ろすと、寄り添うように隣に座る。小さな手を伸ばし、サンタスーツのほわほわした白いフリンジにそっと触れて。そして満足そうにジョーの顔を見上げ、にっこりした。 「サンタさん、忙しいのに、ここで何してるの？」 ずいぶん人なつっこい子だ。ジョーは思わず目を細めた。 「トナカイとはぐれちゃったんだ。あいつ、道草ばかり食うんだよ。だから迷子になって・・・ちょっと困ってるんだ」 「迷子になってるの？」 大変だね、と心配そうな顔で少年はジョーの顔を覗き込んだ。 肌が抜けるように白い。髪の色も瞳と同じような、薄いマロン色。びっくりするほど整った目鼻立ち。 （この子は・・・どこか彼女に似てる。いや、とてもよく似てる） そう思ってから、ジョーは苦笑した。そんなはずないのに。さっきからずっと彼女のことを考えてたせいだ。 でも、なんだか落ち着く。この子と話しているうちに、さっきまでのイライラした気持ちが、どこかへ吹き飛んでしまった。 「君は・・・まだ帰らなくていいの？もうずいぶん暗いけど。おうちの人が心配してるよ」 無邪気な微笑がさっと翳る。 「いいんだ・・・。今日はたくさんお客さんが来るから・・・」 「お客さんが来るんだったら、君も帰らなきゃいけないんだろ？」 「いいの！会いたくないんだ。いつも・・・来ないような人たちなのに・・・今日だけ・・・」 少年はうつむいてしまった。 「でも、もう遅いから帰らなきゃ。ね、僕が送っていってあげるから」 思わずジョーは、そう口にしていた。もうほとんど真っ暗に近い。こんな小さな子を一人ここに置き去りにはできない。 「ほんとに？！サンタさんが一緒に来てくれるの？」 マロン色の瞳が輝く。 「うん。でも・・・橇は・・・ないから・・・歩かなきゃいけないけどね」 「じゃあ、サンタさんをみんなに見せてあげられる！よかったあ！」 男の子はジョーの手をとると、勇んで歩き出した。 「みんな？」 「他の・・・子たち。ボクと一緒に教会にいる子どもたちなんだ」 「教会？君・・・教会に住んでるの？」 ジョーを見つめる大きな瞳が一瞬揺らぎ、彼は黙って頷いた。 「君の・・・名前は？」 「翔太。みんなからは翔って呼ばれてる」 「そう、いい名前だね。僕はジョーっていうんだ。ちょっと似てるね」 不思議そうな顔で翔太はジョーを見上げた。 「サンタさんに・・・名前があるの？」 しまった。すっかり忘れてた。 「えっとね・・・サンタにはたくさん子どもがいて・・・みんなサンタなんだけど、区別するために・・・一応普通の名前もついてるんだ」 口から出まかせのでたらめばかり。でも―――彼女がそんな話をしてたような気もする。 「ふうん・・・そうだったの。知らなかったよ」 でも、とつないだ手を握り締め、翔太は小さな声で呟いた。 「いいな・・・。サンタさんにはお父さんもお母さんも・・・ちゃんといるんだ」 ジョーはハッと胸を突かれた。 この子は・・・もしかして？ 「翔太くんは、教会で誰と一緒に暮らしてるの？」 「神父さまと・・・あとは子どもばっかり。でも・・・」 あ、あそこだよ、と翔太は、街のはずれの丘に立つ小さな教会を指差した。 「あんな遠いところから、一人で歩いてきたのかい？」 この子の足なら、１時間近くかかるだろう。ずいぶん遅くなってしまう。 今ごろきっと、フランソワーズが心配してるはずだ。 あの3人が無理やりジョーを配達に行かせようとした時の、彼女の顔を思い出す。 一瞬浮かんだ心細げな表情。彼女は何か言おうとしていたのに。不機嫌な顔を見られたくなくて、ジョーはさっさと車に乗り込んでしまったのだ。 「いつもこの辺りまで、１人で遊びに来てるもん。だから、大丈夫。それに・・・わっ！！」 いきなり肩に担がれて、翔太は悲鳴をあげた。 「さて、急がなきゃ。君を先に家まで配達したら、あちこちプレゼントを配らなくちゃならないから」 早足でどんどん歩く。もちろん、加速装置を使うわけにはいかない。 「すごいなあ！空を飛んでるみたいだ！！高くて速い！！」 翔太ははしゃいだ声を出した。小さな温かい手が、ジョーの頭をしっかりつかんでいる。 「サンタさんて、すごいんだ！！！ちゃんと僕の願いをかなえてくれてる！」 「・・・願い？」 そう、と大きく頷いた。 「みんなは・・・サンタなんていないって言って、でもいろいろ・・・プレゼントを頼んでたけど・・・僕は違うんだ。モノなんかいらないから・・・お願いしたの」 「それが・・・空を飛ぶってこと？」 「うん。でも・・・それはどっちでもいいんだ。もう１つはね・・・」 と、とても重大な内緒話をするように翔太は声をひそめた。 「サンタさんに連れて来て、って頼んでるの」 連れて来る？誰を？ そう聞こうとして、ジョーは自分の胸がずきりと痛むのを感じた。 ―――僕の小さいときと同じだ。 何度も何度も願って、がっかりする。それでもあきらめずに祈り続けた。 最初から、決してかなうことのない願い。 なのに大人たちは言った。 『いい子にしてたら・・・きっと迎えに来てくれる』 なんて残酷な言葉だろう。 迎えに来てくれないのは、僕がいい子じゃないから？ 僕のせいなの？ そしていつか、願うことをやめてしまうんだ。 ―――僕はそうやって、絶望を覚えていった。 古ぼけた教会の前で、ジョーは翔太を肩から下ろした。 「ありがとう！ね・・・もうちょっとだけ、待ってて！」 ジョーをその場に残し、翔太は教会の裏手の建物へと駆け込んでいった。 『みんなにちゃんと見せてあげられる』 彼はそう言っていた。仲間を呼びに行ったに違いない。 でも―――。 あの子は何て素直なんだろう。 きっと自分とよく似た境遇なのに。 どうしてあんなまっすぐな目をしてるんだろう。 （僕とは大違いだ） 突然、オルガンの音が聞こえた。賛美歌だ。教会の聖堂で行われているクリスマスのミサ。 いつも来ないようなお客さん―――きっと、幸せな家族連れが、たくさん参列しているのだろう。 （僕もクリスマスは大嫌いだった。誕生日より、ずっと・・・） 『神父さんがね、お前は神さまからクリスマスの贈り物だったんだよ、って言うの』 『クリスマスの贈り物？』 教会へと続く坂道を上っているとき、翔太がぽつんと言った。 『ボクが・・・教会に来たのが・・・クリスマスイブだったから』 『神さまからの贈り物・・・か。そのクリスマスのこと、覚えてる？』 ううん、と首を振り、翔太は肩の上でポツリと呟いた。 『だって・・・まだ・・・生まれたばかりだったんだもん』 ジョーの胸が、また軋んだ音を立てる。 （つまらないことを・・・聞いた） 『でも・・・神父様は、君のこと、大事にしてくれてるんだね？』 『うん・・・みんないい人だよ』 ちょっと寂しげに翔太は笑った。 「ほんもののサンタがいたって？」 「翔、またお前、嘘ついてるだろ！！」 柵にもたれ、ぼんやりと考え込んでいたジョーは、がやがやと近づいてくる子どもたちの声にハッと我に返った。 「嘘じゃないさ！ほら！！ホントにいるだろ？本物のサンタさんなんだから！」 翔太は顔を真っ赤にして、ジョーに駆け寄る。 「やあ、こんばんは！」 ジョーを胡散臭げに見ていた別の子供が叫んだ。 「お前、馬鹿じゃねえのか！こんなのニセモノに決まってるじゃん！コイツ、トナカイ連れてないだろ！」 違うんだよ、と翔太は懸命に反論を始めた。 「あのね、トナカイが道草食って・・・サンタさんを置いてきぼりにして・・・迷子になってるんだ。それでサンタさんは困って・・・」 トナカイが迷子だって、と、どっと笑いが起こる。 「コイツがホントのサンタなら・・・この中・・・」 いつの間にか、ジョーの持っていた袋に、１人の子供が顔を突っ込んでいた。 まずい。これはケーキ配達用の小道具だ。中には新聞紙が丸めて入っているだけ。 「ほ〜ら！！！」 くしゃくしゃの新聞をつかみ出すと、勝ち誇ったように言う。 「やっぱりニセモノじゃん！！プレゼントなんか入ってないぜ！」 「嘘つき翔太だ！サンタも天使も・・・いつもお前の話なんか全部嘘っぱちなんだ！！」 「嘘つきっ！！！翔の馬鹿！！」 しょんぼりとうなだれる翔太を置き去りにして、子供たちはばらばらと去って行こうとした。 「あ、あのね」 ジョーは思わず大声を上げた。 「これは、おっちょこちょいのトナカイが間違っておいていった袋なんだよ。だから・・・」 ほんと？と翔太はじっとジョーを見つめた。 「今、トナカイから連絡が来たんだ。すぐ近くまで来てるって。どうしても先に配達しなきゃいけないところがあるから、行ってきていいかい？で・・・それがすんだら戻ってくるよ。ね、だから待ってて」 「ほんとに？」 うん、約束する、とジョーは頷いた。 「ちゃんとプレゼントのつまった袋を持ってくるから、ね」 「じゃ・・・今度は、僕のプレゼントも持ってきてくれる？ちゃんと僕のお願い、かなえてくれる？」 サンタさんに連れて来てもらう――― この子が会いたがっているのは、きっと・・・もう二度と会うことの出来ない人。 ―――嘘は言えない。 ジョーは地面にひざまずくと、小さな両肩に優しく手を置いた。 そう。これは楽しい夢のサンタのお話とは、わけが違う。 真正面からじっと翔太の瞳を見つめ、ジョーはやがて口を開いた。 「・・・そのプレゼントは難しいかもしれないな」 「どうして？ボク、ずっといい子にしてたんだよ。ずっといい子にして・・・待ってたのに」 涙の粒が、マロン色の瞳の中で見る見る膨れ上がっていく。 「ホントのサンタさんなのに・・・サンタさんがホントにいるのに、無理なの？」 「君がいい子にしてたことは、サンタもよくわかってるよ。でもね、そのプレゼントは・・・すごく特別なんだ」 特別なプレゼント？ 懸命に涙をこらえながら、翔太は鸚鵡返しに言った。 「一生のうちでたった１回だけしか・・・かなうチャンスがない」 たった1回のチャンス。 「でも・・・いつかきっとかなうよ。きっと・・・まだ今はその時じゃないと思うな。サンタはね、ホントに君に必要だと思った時に、連れて来てくれるんだ」 いつか会える。本当に会いたいと思う人に。 この人に出会うために自分は生まれてきた。そう思える人に必ず出会える。 僕でさえ、出会えたのだもの。君ならきっと・・・ 「とにかく、しばらく待っててくれるかい？必ず戻ってくるから」 うん、と頷いた翔太の頭にサンタ帽を被せると、ジョーはカチリと奥歯を噛んだ。 「あ・・・サンタが・・・消えた！！」 遠巻きに様子を見ていた子供たちが騒然となる中、翔太はじっとジョーが姿を消した闇を見つめていた。 『ケーキ、売り切れました』 通りに面したガラスに、大きな張り紙。ケーキ店の中は、夕方にはすっかり空っぽになっていた。 「ったく・・・寒いだろうに。どうして中にはいらないんだろう？」 フランソワーズは、さっきからずっと外だ。花壇の縁に腰を下ろして、落ち着かない表情で、じっと車の往来を見つめている。あのサンタのコスプレを着替えようともせずに。 「彼女は、ああ見えても頑固だからな。俺たちが言ったって聞かないさ。アイツが戻ってくるまではあそこにいる気だ」 そう言うアルベルトの目が鋭く光った。まただ。これで何度目だろう。道行く男が彼女に声をかけている。 （余計な手出しをしたら・・・ただじゃおかないぜっ！） あれ以上しつこく言い寄ったら、飛び出していって追い払ってやる、とアルベルトは左手の指をぽきり、と鳴らした。 「最初から、ピンと来たんだよな。アイツだろう、って」 フランソワーズがまた１つ、小さなため息をついた。 ガラス越しにそんな彼女を眺め、拓人は不満そうに言う。 「でも・・・アイツ、いったいどんな奴なんだ？彼女が片想いしてるなんてさ」 片想いだと！？ ジェットは飲んでいたコーヒーを大きく吹き出した。 「まさか！！そんなわけねえだろ！！もしそうなら、俺がぶっ殺してやる！！」 「え？違うの？さっき・・・彼女はそう言ってたけど」 拓人は、さらりと流れる黒髪を右手でかき上げた。 なかなかの美形。そのことは自分でも十分自覚しているようだ。 （この・・・自信過剰なところが、いかにも青いが。ま、口ほどに悪い奴じゃない） 彼が入れたコーヒーの美味さに、ようやくアルベルトは機嫌を直し始めていた。 「片想いって、フランソワーズがそんなこと言ったのか？」 今まで何度デートに誘っても、色よい返事がもらえなかった。彼女なら、恋人がいたってちっとも不思議じゃない。いないほうがおかしい。でも、相手はいったいどんな奴なんだ？ずっと興味津々だった。 たまたま連れて来た3人の男。この中に恋人がいるのか、と聞くと、彼女は違うと答えた。 『恋人じゃないわ。私の・・・片想いなの』 『片想い？まさか！』 くすっと彼女は笑った。 『彼は・・・私のこと・・・きっとそんなふうには思ってないわ。いい仲間だと思ってる。でも・・・』 そう言うフランソワーズの視線の先に、彼、がいた。 『私は・・・好きなの。だから・・・』 朴念仁！！スカポンタン！！こんな彼女に思われて気がつかないなんて、大馬鹿だ。 ちょっと意地悪してやってもいいだろう。そう思って配達に行かせたんだけど。 何をぐずぐずしているのだろう。夕方になっても一向に戻ってこない。連絡もない。 時間がたつにつれ、だんだん彼女が沈んできた。ため息をついて、心配そうな顔をして。 アイツを懲らしめるつもりが、逆効果だったかな、と拓人はたため息をついた。 「馬鹿な・・・野郎だよ」 アルベルトが呆れたように呟く。 アイツって、と拓人が肩をすくめて言った。 「もしかして・・・ものすごく鈍感、とか？」 ああ、確かに、とジェットとアルベルトは同時に頷いた。 「で・・・やっぱり優柔不断？」 うんうん、とまた2人は大きく頷いた。 「じゃあ、まるで良いとこなしじゃないか。あんなガキみたいな甘い顔して。ったく、一発殴ってやりたいよ。喧嘩なら・・・自信があるんだけど」 ２人は慌てて首を振った。 「確かにどうしようもないほど優柔不断で・・・鈍感で・・・ぐじぐじしてるんだが・・・」 「アイツと喧嘩して勝てる奴は・・・世界中探しても・・・」 たぶんいない。 いや、いるとしたら・・・・・・ 突然、彼女が立ち上がった。 向こうから、派手な軽ワゴン車が近づいて来て、店の前で停まる。 ドアが開き、出てきたジョーにフランソワーズが飛びついた。 「ジョー！！」 おわわわっ！！！ 店の中の3人の目が、彼女の後姿に釘付けになる。 つま先立ってジョーの首に抱きついたフランソワーズのワンピースの裾・・・。 「フランソワーズ・・・あ、あの・・・」 真っ赤になってどぎまぎするジョーに、フランソワーズは慌てて腕を離した。 「あ・・・ごめんなさい・・・心配・・・だったの」 「ごめん、遅くなって」 「ううん、私こそ・・・ごめんなさい。こんな遅くまで、あなたに仕事させちゃって・・・」 いいんだ、とジョーは優しい目で彼女を見下ろした。 ほら、見てみろよ、とアルベルトが呆れたように顎をしゃくった。 「あれの・・・どこが・・・片想いだ？」 「あ〜あ、せっかくのイブだってのにさ、俺たち何やってるんだ？」 拓人は天井を仰いだ。 「ま、最後にいいもの、拝ませてもらったけどよ」 ―――今日は、白、か。 しみじみしたジェットの呟きに、アルベルトは思わず真っ赤になって咳払いをした。 「じゃあ、俺とフランソワーズは車ですぐ追いかける」 袋に入りきれないほどのお菓子やおもちゃを買い込んで、4人は教会に向かうことにした。 「トナカイがいなきゃだめだろ？ちょうどいいじゃないか。ジェットがあの着ぐるみを着て、ジョーを乗せて飛んでいけばいい」 「そうね、さすがアルベルトだわ！トナカイが空を飛べば、きっと子どもたちも信じるわね」 フランソワーズは目をきらきら輝かせて頷いた。 2人はさっそく車に乗り込む。 （あ・・・れ？） その姿を空から見下ろしながら、ジョーは首をかしげた。 「車って・・・アルベルト・・・免許証・・・は？」 ぼそぼそと呟くジョーに、ジェットは笑いを噛み殺した。 「さあ着いた！降りるぜ！」 ジェットトナカイは華麗に空を舞うと、教会の前にぴたりと停止した。 「わああああ！本物だ！本物のサンタだ！！！」 さっきあれだけ胡散臭げにジョーを見ていた子どもたちも、お菓子とおもちゃの山に大はしゃぎだ。 「ちゃんと・・・来てくれたんだね！ありがとう」 翔太はジョーに抱きついた。 「うん。もちろん。でも・・・」 「あ、サンタさんに帽子返さなきゃ。はい、これ！ないと困るでしょ？」 ジョーがしゃがみこむと、翔太は栗色の頭にそっと帽子を被せた。 「あのね、翔太くん・・・」 やっぱり今日は連れて来られなかったよ、とジョーが言おうとした、その時。 翔太が大声で叫びながら駆け出した。 「あ！天使だ！！天使さんだ！！！」 「えっ？」 彼がとことこと駆けていく先をじっと見つめる。 ―――天使？ 向こうからやってくるのは、フランソワーズとアルベルト。 闇にぼんやりと浮かぶ彼女。白いその衣装のせいで、彼女は本当に空から舞い降りてきた天使みたいだった。 「僕のところに、来てくれたの？サンタさんが連れてきてくれたんだ！」 いきなり飛びついてきた子どもに、フランソワーズは驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの笑みを浮かべて優しく言った。 「メリークリスマス！」 「すごい！サンタさん、ちゃんとわかったんだね？」 意気揚揚と彼女の手を引いて、翔太はジョーに近づいてきた。 「え・・・？わかった・・・って？」 「僕、信じてたんだ、天使もサンタも！天使に会えたら幸せになれるんだって。だから・・・」 そういうことだったのか。 （僕は・・・てっきり・・・自分と同じだと思い込んでいたけど・・・） ふう、っとジョーはため息をついた。考えすぎだったのだろうか？ 「でも・・・天使さんて・・・こんなに綺麗だったんだね！」 お話の中の絵よりも、ずっと可愛い、と翔太は恥ずかしそうに言った。 「うふっ、ありがと・・・。えっと・・・・あなたは・・・」 フランソワーズはちらっとジョーを振り返る。 ”翔太くんだよ” 「翔太くん、ね」 「そう！ちゃんと判るんだね！ほら！！みんな、ちゃんと天使さんだっているんだから！！」 トナカイジェットとプレゼントに夢中になっていた子どもたちが、一斉にこちらを振り向いた。 一瞬の沈黙。そして・・・ため息。次の瞬間には大騒ぎになっていた。 「きゃあああ！天使ってほんとにいるんだあああ！」 「可愛い！！」 口々に叫びながら、子どもたちはフランソワーズに駆け寄ってきた。 みんな大喜びで彼女に纏わりついている。 しかし――― しばらく、その光景を目を細めて見ていたジョーの眉が、次第につり上がってきた。 「ね、天使さん！！今度はボクと手をつないで！！！」 「ねえ、抱っこして！！」 だめだ！！そんなに抱きつくんじゃない！！ 「天使さんていい匂いがするね」 こらっ！！そんなに触るなっ！！ だんだん険しい顔つきになっていくジョーを見やりながら、ジェットは肩をすくめた。 「アイツ、マジで子どもにヤキモチ焼いてるぜ」 「フン。アイツには子どもぐらいが、ちょうどいいライバルだろう」 アルベルトは薄く笑った。 「さて、サンタさんのお手並み拝見、といくか」 しかし子どもの方がよっぽど積極的だ。いい刺激になるかもしれない。 「ね・・・天使さん、僕のお嫁さんになって！」 「え？そ、そうね・・・考えておくわ」 馬鹿ッ！！！近頃の子供は何てマセてるんだろう！ずうずうしいぞ！！ ジョーの頬が怒りで高潮してきた。 子ども相手に怒っても仕方ない。それはわかってる。でも――― 「ねえ・・・チューして！！」 キスだって？！ 「え？キス？・・・そうね・・・じゃあ、ほっぺに」 「ええええ！ほっぺじゃ嫌だよ！！僕のお嫁さんになってくれるんだろ。だったらここにチューして！！」 「ボクにも！！！」 いったい子どものくせに何考えてるんだ！！ 「あ・・・ま、待って！！」 1人の子どもがフランソワーズに飛びついて、キスしようとした。 次の瞬間。 思わず加速装置で、彼女を子どもたちの輪から連れ出し、そして―――ジョーは叫んでいた。 「だめだ！！彼女は僕の・・・」 ―――僕の？ ちらり、とジョーに視線を送り、ジェットとアルベルトが繰り返す。 「僕の・・・」 ジョーは完全に言葉につまったまま、フリーズした。 腕の中の彼女が、目をまんまるに見開いて彼を見上げる。 しばらく、沈黙が流れた。 「ねえ・・・サンタさん」 いつのまにか目の前に翔太が立っていた。 ハッと我に返ったジョーは、真っ赤になって、慌ててフランソワーズの体を離した。 あの柔らかなマロン色の瞳で、かわるがわる2人の顔を見比べながら、彼はジョーに尋ねた。 「な、何だい？」 「天使さんて、サンタさんの恋人だったの？」 「えっ？」 思わず２人は顔を見合わせた。 「あ・・・あのね・・・」 さっき、抱きしめたばかりのフランソワーズの柔らかい感触を思い出し、ジョーはいっそうしどろもどろになって、必死に何か言おうとした。でも、言葉が出ない。 「違うの？」 黙ったまま頬を染めて見つめ合っている2人に、翔太は首をかしげた。 ちが・・・わ・・・ない ジョーの、蚊の鳴くような声。 ぷっ、とジェットは吹き出し、アルベルトはため息をついて天を仰いだ。 「ジョー・・・」 フランソワーズの瞳が星のように輝く。 「やっぱり！そうじゃないかと思ってたんだ」 じゃあ、ボクからのクリスマスプレゼント、と言って翔太はジョーに何か熱心に耳打ちをした。 「う・・・うん・・・。ありがとう」 「しっかりね！」 真剣に見つめる翔太の言葉に、ジョーは真っ赤になって頷いた。 「その場所、もうすぐなのかしら？」 「うん・・・この辺だって翔太くんは言ってたけど・・・」 ジェットとアルベルトは、とっとと車で帰ってしまった。置いてきぼりを食った２人は、街まで歩いて、タクシーを拾うしかない。おまけにジョーはサンタルックのままだ。着替えはあの店に置いてきてしまった。 研究所のディナーの時間もとっくに過ぎている。いい加減、早く帰らなければ、みんな待ちくたびれているだろう。 でも、その前に――― ２人は、翔太がぜひ見て欲しい、というものを探して、教会の裏山を登っていた。 「あの子・・・とっても可愛かったわね」 うん、とジョーは頷いた。 「・・・ジョーに似てた」 「え？」 「きっと・・・小さいときのジョーって・・・あんな感じだったのね。そう思ったわ」 じっと彼を見つめて彼女は微笑んだ。 「フランソワーズ・・・僕は・・・」 あんなに可愛いい子じゃなかった。全然素直じゃなかったもの。 「僕は・・・君に似てるって思った。そっくりだと思ったよ」 「ほんと？・・・どこが似てた？」 よくわからない。 具体的にどこが似てるって言うんじゃない。でも―――そう、あの目。 あのまっすぐな目が、君に似てた。 「どこかで・・・会ったような気がするんだ」 そんなはずはないのに。でも、どこか懐かしい感じがした。あの子と話していると、君と一緒にいるような気がした。 「そう・・・。私もそんな気がしたわ。不思議ね」 山道が急になる。 そっと彼女の手をとった。何も言わなくても、伝わってくるぬくもり。優しく握って確かめ合う。 「あ・・・ここだ！」 斜面を登りきったところに、小さな空き地があった。街の夜景が眼下に広がる。 まるで宝石箱をひっくり返したような輝き。 しばらく見とれていた彼女がつぶやく。 「その木は・・・どこにあるのかしら？」 『枯れてるのに葉っぱのついてる木。そこへ行けば、ちゃんと目印がつけてあるから』 翔太はそう言っていた。 「あった！あれだ！」 すっかり裸になってしまった木々の中で、なぜか青々と葉を茂らせている１本の木。その下に２人で駆け寄る。 「この木が・・・プレゼント？翔太くんから、ジョーへ？」 「うん・・・この木の・・・葉っぱのほうだ。寄生してるんだよ」 頷きながら、翔太の言葉を思い出す。 『しっかりね！』 子どものくせに。でも・・・あの子は決してからかってる風ではなかった。 とても熱心に、一生懸命に、彼にこの場所を教えてくれたのだ。 「君は・・・この植物の名前、知ってる？」 「ううん、わからないわ」 「ヤドリギって言うんだって。あの子が教えてくれたんだ」 「ヤドリギ・・・。そう言えば・・・」 「クリスマスに・・・この下に立ってる人には・・・」 「ジョー？」 「フランソワーズ・・・目を・・・つぶって・・・」 「え？」 ジョーは意を決して、そっと彼女の両頬に手を添えた。 目の前を舞う白い妖精。次々と空から落ちてくる。 「このままだと・・・明日はホワイトクリスマスになるかしら？」 彼の腕の中で、フランソワーズは夢見るように呟いた。 「・・・だといいね」 ジョーは亜麻色の髪に積もる雪を払いのけると、またそっと彼女の体を引き寄せた。 「ねえ・・・目印・・・は？」 そうだ。あの子の言っていた目印。すっかり忘れていた。 「どこに・・・あるのかしら？」 「わからない。どこだろう？」 雪のちらつく闇の中、２人は木の周りを探し始めた。 「あ！！」 しばらくして２人は同時に声を上げた。 木の根元に埋めるように置かれていた１枚のカード。 色とりどりのクレヨンで書かれた幼い字が躍っている。 ぱぱとままへ あいをこめて メリークリスマス |
| Fin |