サイボーグ００９　短編小説

　修学旅行シーズン、ここ札幌の大通公園も制服を着た学生たちで一層賑やかになる。
テレビ塔やＪＲ札幌駅側に向かって歩くと見えてくる時計台などはその制服で溢れかえり、毎度毎度地元の会社員やＯＬたちを辟易させている。
・・・定番の観光スポットなのだから仕方ないのだが。


「中島公園に行きたい」と彼女は言った。
ったく、と面倒そうにこぼしながら島村ジョーは彼女に「連れ出されて」来たのだが、実は本心は楽しんでいた。クラスの野郎共といるより、彼女―――フランソワーズと２人きりでいる時間の方がどんなに貴重か。少しでも一緒にいたい、と思うのはジョーも同じだった。
夕刻のボート乗り場に来たところで、フランソワーズは彼を振り返った。
「ボートだって」
まさしくデートの典型。気恥ずかしくなってジョーは心中を悟られまいと仏頂面をした。
「んなもん乗れっかよ、今時」
わざと彼女の前を歩く。その彼の制服の袖をそっと掴み、フランソワーズはニコリと微笑んだ。
「良かった」
「・・・？」
「ここのボートに乗ったカップルは絶対別れるってジンクスがあるんだって。・・・乗るなんて言われたらどうしようかと思ってたの」
「馬〜鹿」
そんな彼女に、ジョーは思わず笑みをこぼした。


　いつしか２人は豊平川へと来ていた。
既に日は落ち、見渡す限り人の姿はない。背後の道路を途切れることなく車が通り過ぎてゆく。
「・・・やっぱり寒いわね」
ジョーは肩に掛けていたリュックから彼女のコートを取り出してそっと掛けてやった。石段に並んで腰を降ろす。
「昨夜とどっちが寒い？」
ジョーは悪戯っぽい顔でフランソワーズを覗き込んだ。
もう、と彼女が可愛らしく唇を尖らせた。

―――昨夜・・・非常階段で一夜を過ごした。今と同じようにこうして寄り添い、・・・とりとめのない話をして・・・沈黙さえ心地良くて・・・。
不意に、膝に掛けたコートの中で、ジョーの手がフランソワーズの脚に触れた。思わず彼女はビクッとして俯いた。その拍子にコートがずり落ち、ジョーはバツが悪そうに再び膝に掛け直した。

「・・・ホテルに帰ろうか？」
フランソワーズは首を振った。
「嫌――それは・・・駄目。ジョーは・・・帰りたいの？」
「まさか」
顔を見合わせて２人は微笑んだ。
暫く川の流れを眺めていたフランソワーズは、膝を抱えて短くため息をついた。
「・・あさってには旅行も終わり。またいつもの生活に戻るのね」
帰りたくないな、と彼女は呟いた。
懲りずに自分に遠慮なく触れてくるあの手。虫酸が走る。
もし再びジョーが「あの男」を殴ったら―――今度こそ彼は退学。それだけは絶対に嫌だ。
・・・でも、やはり「あの男」の顔は見たくないし・・・近付いて欲しくもない。
フランソワーズはジョーの横顔を見やった。一点を凝視して動かない鋭い瞳。彼もまた「あの男」のことを思い出しているのだろう。
フランソワーズは彼の腕にすがり、頬を寄せた。ハッとしてジョーが彼女を振り返る。
「寒い？」
彼女はゆっくりと首を振った。
「ううん・・・こうしてると、暖かい」
互いの体温が染みてくる。本当に、このままでいたい。時間が止まってくれればいいのにと思う。
「ねえ、ジョー」
彼に身を寄せたままでフランソワーズが口を開いた。
「でもね、私は・・・クラスのみんなは大好きよ。それに小林先生だって・・・。先生はちゃんと考えてくれてるもの。みんなのことも、私のことも、・・・あなたのことも」
ジョーは答えない。何か考えているようで・・・けれど、優しく微笑ったように彼女には見えた。
「逞しいヤツだよな」
と、それだけ呟いた。
―――そうよね、それくらいの事・・・判らないあなたじゃないわよね。
「お前と似てるんじゃないか」
ジョーが笑みを含んだ口調で彼女を見た。
「ええっ？私、あんなに口達者じゃないわ」
「うわ、ひでー奴」
「そういう意味じゃなくて！もう！」
膨れっ面でプイと顔をそむけるフランソワーズを、ジョーはこれ以上ないくらいの優しい瞳で見つめた。おそらく、こんな表情の彼を知る人間は皆無だろう。いつもは何者も寄せ付けない、冷たくて孤独な光しか見せない茶の瞳。それとは全く違う熱さの視線に気づき、フランソワーズはドキリとした。
「来月、ホワイトイルミネーションが始まる・・・冬休みに入ったらまた来よう」
２人で？と彼女は彼の視線を受ける。当たり前だろとジョーは頷いた。
「でさ」
「？」
「明日の自由時間・・・今度は俺に付き合ってくれないかな」
フランソワーズは小首を傾げた。
「い・・・いいけど・・何処に行くの？何するの・・・？」
彼は口元を緩ませた。
「・・・想い出づくり、ってやつ」
「え？」
怪訝な顔をする彼女の耳元にジョーは顔を寄せ―――ひと言、囁く。
途端にフランソワーズの頬が真っ赤に染まった。
彼は意味深な笑みを浮かべた。折角のススキノだぜ、と。

　
　翌日、ジョーは、何でこんな場所に歯医者があるのかと文句を言う羽目になった。
だからといって、自分たちの行為に後悔などは、決してしなかったが。


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